2020/04/19『色欲』『酸っぱい』『恋人』
隣のデスクに座っている錦城さんに、好きな人がいるらしいと噂を聞いた。
私はふと気になって、訊いてみることにした。
難しいことじゃない。紙に手紙代わりの付箋を貼り付けて、書類に紛れ込ませてまわせばいい。彼女と私で何度も使ってきた、秘密の会話の方法。
『好きな人がいるって聞いたけど、ほんと?』
しばらくしてから、返事が来た。
『うん 社内の人なんだ』
『誰?』
そう書いて、書類に不備があると指摘するフリをしながら付箋を渡す。
しばらくすると、不備を直したという体で彼女が返事をよこした。
『広報の弘中さん』
まさかの元カレの名前に、どきりとする。
酸っぱいものが、胃から込み上げてくるような気がした。
『やめといたほうがいいよ 絶対後悔する』
その文面を見た錦城さんは不思議そうに首を傾げるが、私は彼に裏切られたことがある。あんなに辛い経験を、彼女にはして欲しくない。
昼休憩。
私は錦城さんとコンビニ弁当を食べながら、元カレについて話すことにした。
「実は、弘中さんと昔、付き合ってたんだけど……最初は優しかったんだよ」
「うんうん、弘中さんは素敵な人だよ!」
「だけど……ある日の夜、突然……。あの人、色欲が強くて……私、嫌だって言ったのに、無理やり……」
酸っぱいものが、またこみ上げてきそうになって、なんとか堪えながら話す。
言葉が、うまく出てこない。
けれど、錦城さんは察してくれたらしく「それ以上は言わなくていいから」と言ってくれた。
「そっか、そうなんだ……私、ちょっと考える」
彼女は俯き、そう呟いた。
数日後、付箋のやり取りで彼女は『他に好きな人ができたからって言って振った』と教えてくれた。




