2020/04/01『退廃』『暮らし』『占い』
一人の青年が、歩いている。
「……なんだか、人が少ない気がする」
ふわふわとした、真っ黒なコート。同じ色のスキニーパンツ、そして革靴。髪は、そこだけ染めたかのように真っ白だ。
「もし、そこのおじいさん。どうして口に布なんてつけてるんです?」
「ああ、マスクのことかの?」
話しかけられたおじいさんは、マスクを指差し、目を細めた。
「ほら、最近、怖い病気がはやっとるじゃろう。それで、予防じゃよ。年寄りはかかったら、みーんなあの世行きの電車に乗ることになってしまう」
「ふーん……そんな病気があるんだ」
「お前さん、知らないのかい? 珍しいねぇ」
ほけほけとおじいさんは笑うと、そのままその場を去ってしまった。
「そっかぁ……みんな、怖い病気が流行っているから、外に出てこないんだ」
彼はまた歩く。
次にやってきたのは、住宅街。
『早く友達に会いたいなぁ』
『仕方ないでしょう、こんなご時世なんだし。大人しく家の中にいなさい』
『人件費削減でシフトが減らされた……学費も家賃も、他にも……払わなきゃいけないものがたくさんあるっていうのに……俺、暮らしていけるのかなぁ……はぁ……』
「みんな、大変そうだなぁ」
青年は、どこの家にも入らず、様々な暮らしを眺めながら、ただただ歩く。
『ママー!』
『はいはい……』
「『まま』か……『かぞく』がいるって、いいなぁ」
――彼は、行く先を知らない。帰る場所を知らない。親も兄弟も、いないわけではないとは思うが、その顔を知らないし、分かったところで『いばしょ』ができるわけでもない。
だから、ひたすら進む。
そうするしかないのだ。
歩いて、歩いて。
歩いて、歩いて。
彼は、みすぼらしい占い屋の前を、通り過ぎた。
「……星も、カードも、何もかも、みんな同じことを示している。未来に訪れるのは、退廃的な時代だと」
占い屋の女性が呟いた言葉を、彼は聞いていなかった。
「どこかにいるんだねぇ、退廃をもたらす存在が」
何も知らないまま、彼はいつまでも、歩き続ける。




