2020/03/29『冷たい』『緑』『戸惑い』
――黄緑色のイヤリングが、風で揺れる。
それを身につけた女性は、きた西口から駅に入ると、北改札に定期券を押し付ける。
「早く大学に行って、鹿子先生にこれを読んでもらいたいな」
『これ』――夏季休業中に書き上げた小説を手に、彼女は上りホームへの階段を駆け上がる。
通常の8両編成電車が止まらない位置にある階段から上がってきたため、周囲には誰もいない。彼女は近くの自販機で飲み物を買ってから、ふと、転落防止用柵のガラス越しに、下り電車が通る線路に目を向けた。
「……あれ?」
彼女が見つけたのは、落下物。これでは、危ない。
荷物を下ろし、自分の身長と同じぐらいの高さのある柵を、彼女はよじ登った。幸か不幸か、手がかり足がかりになる場所は複数あったため、乗り越えられてしまったのだ。
線路が引かれているその空間は、思いの外涼しかった。コンクリートの壁や地面も、金属のレールも、ここにあるもの全てが冷たいからかもしれない。
彼女は落下物を拾い、下りホームへと放り投げる。
「あとは、私がホームに上がるだけ……」
――唐突に鳴り響く、電車の接近を知らせる音。
想定外のことに、彼女は戸惑い、混乱する。
慌ててよじ登ろうとするも、彼女が降りた部分は線路の下が掘られており、ホームとの高低差が大きかった。もっというと、最近設置されたホームドアのせいで、もしよじ登れてもホームには人ひとり立てるスペースがなかった。
辺りを見回すと、北側にホームとの高低差が少ない部分があった。人ひとり立てるスペースもある。そちらへと急いで向かい、手をかけ、よじ登ろうとした。
――冷静になれば、分かったはずだった。
彼女がいた場所は、線路の下が掘られている。つまり、そこに潜り込んでさえいれば安全だったことが。
しかし、焦っている時はそんなことに気付けない。
――北側から、何も知らない下り電車が、ホームに滑り込んできて……。




