2020/03/24『絶望』『高層』『本』
……ぷあーっ……。
突然ホームに響き渡る警笛。
あまりに音が大きかったから、思わず肩をすくめて「うわっ」と叫びかけてしまった。
……なんか、田舎者みたいな反応しちゃったなぁ。いや、東京に住んでる人からしたらきっと、そうなんだろうけど。
ひとつ、ため息をついて電車に乗り込み、空いていた席に座る。本を出そうとしたが、たかが十五分ほどなのだから、別にいいかと仕舞い込んだ。そのかわりに取り出したのは、イヤホンだ。
使い慣れないJR。地元にもないわけではないが、本数が少なくて不便なため、私鉄ばかりを使ってしまう。
『次は、飯田橋、飯田橋……』
……なんで新宿に行こうとしてるんだっけ。
そう考えて、ああ、と思い出した。
大学の友達と一緒に、ご飯に行くのだ。で、友達がみんな東京住みだから、こうなってしまったんだっけ。
いけない、いけない。ぼんやりしてる場合じゃない。頑張ってお洒落もしてきたし、慣れない化粧もがんばったのだ、ぼけっとせずに、楽しまなければ。
明るい曲を流そう。気分が上向きになるように。
特に今日は、落ち込みやすい日なのだから。
新宿駅は、まるで迷路のようだった。
迷子になりながらも、なんとか集合場所にたどり着く。十四階建ての、煌びやかな大手百貨店。高層ビルに紛れ込んでいて、どこにあるのかが全く分からなかったが、なんとか見つかった。
その二階入口で、友達は待っていた。
「待たせてごめんっ!」
「平気平気!」
「うちらも今来たばっかりだし。ねー?」
「うんうん」
みんなはニコニコ笑い、そして私の手を引いた。
「ほら、行こっ!」
「今日はひよりの誕生日会なんだから!」
……そうだ。今日は私の誕生日。
一年で一番、自分が嫌になる日。
私が、人を殺した日。
普段の私ならば決して訪れないような大人びた店で、みんなは私が生まれたことを祝福してくれた。
その時だけは、自分の罪を忘れていられた。純粋に、この世に生まれたことを祝うことができた。
けれど、誕生日会が終わり、みんなと別れてしまうと、もう駄目だった。
私を産んで死んだ母のこと、顔しか知らないその人のことで、頭がいっぱいになる。
電車に乗り込んだ私は、明るい音楽と好きな本で、脳内の女性を追い出しにかかった。
家に着く。
父親も、私の誕生日を祝ってくれた。プレゼントやケーキ、豪華な夕食。
なのにちっとも嬉しくない。
理由は分かっている。
――本当には祝福してくれないから。
愛する人を殺した人なんて、本当は憎いから。
だから父は嘘のお祝いをする。
そんなの、嬉しくなくて当然だ。
けれど、無理やり笑って「ありがとう」と返す。
嘘には嘘で返すのが妥当だろうから。
誕生日がやってくるたび、夜には悪夢を見る。
身近な人が全員、私のことを責める夢を。
お前がいなければ彼女は生きていられたのだと、お前は母親殺しだと、生まれながらの咎人だと、誰もが私を糾弾する。
この夢を見るたび、絶望が私を襲う。
生まれなければよかった、私なんていなければよかったと、思ってしまう……。
……寝たくない。
布団の中で、震えていた。
今年もあの夢を見てしまうことは、分かりきっている。夢の中の絶望も、あの目覚めの悪さも、もう味わいたくない。
目を閉じるのが怖くて、結局私は、ネットの世界へ羽ばたいた。
寝不足による明日への弊害よりも、今日の絶望の方が恐ろしいから。




