2020/03/23『甘い』『犯罪』『黒』
とある大学の、文芸部室。
日めくりカレンダーに赤字で書かれた『恋愛小説読みあいっこ企画』の文字。
そして、パソコンを持った女性と紙の束を持った青年。
「こ、これは……」
「?」
パソコンの液晶を見ながら、わなわなと震える女性。
「これは犯罪だろっ!」
「犯罪じゃないから落ち着け、稲生」
一人で騒ぎ立てる彼女をなだめているのは、一人の青年。
彼がいくら落ち着かせようとしても、彼女――稲生は黙ろうとしない。
「だって! こんなに甘々で読む人を虜にするような恋愛小説……これのどこが犯罪じゃないっていうのさ!」
「全部だよ」
すかさず入るツッコミ。しかし、彼女は聞いていないらしい。
「と、とにかく! 安西君のこれはほんとうによかった! なんかもう、こんなに甘くて上手くいく恋愛は実際にはないかもしれないけど、でも読んでいる間はこれが本当に現実に起こってることのように思えたし、あちこちに紛れ込んでる風景とか、登場人物とか、そういう描写もすごく綺麗だった!」
「まあ……その感じだと、さっきの『犯罪だろ』発言も誉め言葉として受け取っていいんだな。ありがと」
そっけない彼――安西の言葉に、稲生は「まっ、まあ、そうだけど」と頬を染めた。
「ほら! 今度は安西君が私の小説の感想を言う番だからね!」
そう言って彼女は、彼が手に持つ紙の束をべしべしと叩いた。
「はいはい。タイトルは『黒い糸』だよな。まず……恋愛小説らしからぬ名前だな」
「別にいいでしょ!」
「んで、これは恋愛小説じゃなくて、恋愛小説の顔をしたホラーだろ」
安西の指摘に、稲生は痛いところをつかれたような顔をした。
「うぐっ……ばれたかぁ」
「バレバレ。一応、今回は恋愛小説の読みあいっこなんだからな?」
「仕方ないじゃん、私の専門はホラーとミステリなんだし」
淡々と諭す青年と、もはや開き直る女性。
「まあ、ストーリーは面白かったからな……リアリティーのある話の作り方だし、伏線もちゃんと生きてる」
「な、ならいいじゃない」
「これがホラー小説の読みあいっこ企画に持ち込まれた話ならな。今日は――」
「分かったから! 分かったからもうやめて!」
恥ずかしいのと興奮したのとで、稲生の顔は真っ赤だ。
「稲生……いったん外出てきたほうがいいんじゃないか? 暑そうだしさ」
「安西君のせいだからねっ! ……まあ、ちょっと頭冷やしたほうがいいかなとは思うけどさあ……」
――二人ぼっちの文芸部は、今日も元気に活動中だ。




