2020/03/18『菓子』『少女』『魔法』
ことり、家の外にお皿を置く。
それの上には、親指の爪ほどの大きさをした、クッキーがたくさん。
扉を閉めれば、外からさえずりが聞こえだす。
ぴちち、ちちち。
小鳥が高らかに歌っている。
きっと、今日も来たのだろう。鳥用のクッキーをついばみに。
楽しげな声を聞いていたら、ちょっとだけ口角が上がった気がした。
――さて、わたしもお茶にしようか。
ぱちり、指を鳴らす。次の瞬間、現れたのはマカロンだった。
そうそう、これが食べたかったんだ。
わたしは紅茶を用意して、ゆったりと一人、お茶を楽しむ。
窓からは、家を囲む森が見える。
こんな森の奥に住むのは、わたしだけ。
人目を避けて暮らしている。
嗤われることがないように。
……つい、考えてしまう。
どうしてわたしは、こんなにも中途半端な力を持って生まれることになったのだろう、と。
わたしの父は、名高い魔法使いだった。
わたしの母は、才能と知恵のある魔女だった。
そんな二人が産む子供は、さぞかし素晴らしい力を持つ子なのだろう、と、皆がわたしに注目していた。
けれどわたしは、一つしか魔法が使えなかった。
たった一つ、『無からお菓子を作り上げる魔法』だけしか。
両親は『無から何かを作り上げるということは、とても凄いことだ。私たちにもそれは出来ない』と、褒めてくれた。そして、わたしを大事に育ててくれた。
けれど、周囲はそうではなかった。
お菓子を作ることしかできないのか。つまらないな。そんなこと、誰だってできるだろう。
そう言って嗤い、蔑ろにした。
……自分でも思う。
なんて中途半端な力なんだろう、どうして両親のように何でもできる力を得られなかったんだろう、と。
こんな力じゃ、出来ることなんて、ほんのわずか。
自分のお茶菓子を用意すること、近くに住む動物のために食料がわりのお菓子を置くこと。それぐらいしか、できないのだ。
こん、こん、こん。
ドアが小さく、叩かれる。一体誰が来たのだろう。
開けてみると、そこにいたのは小さな少女。
「君は誰? どうしてここに?」
「あたし、スゥ。迷子になったの」
可愛らしい声で言う彼女は、転んだのかあちこち怪我をしていた。服もボロボロで、なんだか痛々しい。
「中に入りなよ。お菓子はどうだい」
そう声をかけると、ぱあっと少女は明るい表情になって、こちらにやってきた。
「……美味しい!」
「そうかい、それならよかったよ」
風呂場を貸して体を洗わせ、怪我の治療をしてやってから、少女と一緒にお茶を始めた。本当は服も新しいものを着せてあげたかったが、子供服はこの家にないから、仕方ない。
「ねえ、これ、どうやって作るの?」
ふと、スゥちゃんは、マカロンを片手にそう問いかけてきた。
「わたしも作り方を知らないんだよ。魔法だからね」
「えっ、魔法⁉︎」
彼女は、目を輝かせ、問いかけてきた。
「そうだよ。見せてあげようか?」
「見たい!」
食い気味に答えた少女のため、指を鳴らす。すると、机の上にビスケットが現れた。
「うわぁ、すごい!」
興奮したのか、頬を染めながら、彼女は叫ぶ。
「まあ、わたしはこの魔法しか使えないんだけどね」
つい、自嘲気味に呟いた。
「他の魔法は、使えないの?」
真っ直ぐな目で見つめられる。
「うん。何にもないところから、お菓子を作るだけ」
わたしは、そう答えることしかできなかった。
「でも、それって、すごいよ」
彼女は言った。
「えー、いいなぁ。時間とか材料とか、何にも気にせずに、いつでもお菓子が作れるんだ。羨ましいなぁ」
――両親以外で、この魔法を褒めた人は、彼女が初めてだった。
「……もしお菓子が気に入ったんなら、持って帰るといいよ。ああ、わたしのことは気にしないで。いつでも、食べたいだけ作れるからね」
嬉しくてつい、そんな言葉を口にしていた。




