2020/03/16『毒』『冷たい』『メモ』
日が沈みゆく。
それを見ていた。
真新しい駅、三階テラスで。
――いちばん星、みーつけた。
隣で幼子が空を指差す。
橙、黄色、黄緑、水色、青、藍色…………あった。
冷たい風が吹き抜けて、揺れる髪が頬を撫ぜる。
身震いしてから、ため息をひとつ。
――結局、あの子は来なかった。
鞄の中から、メモを一枚。
『たなべ様』で始まる手紙。
『改まった調子でごめんね。
やっぱり、書き方がよく分からなくって。
ねえ、久々に会いたいな。
新しい駅が出来るって知ってる?
三階テラスで、待ってるね いけだより』
便箋でなく、メモ帳で、手紙。
やっぱりあいつは変わってる。
でもそれも含めて、好きだった。
友達として、好きだった。
――ああ、もう藍色が、紺色になった。
夜がゆっくり、始まろうとしてる。
星がいくつも、瞬いている。
……もう帰ろうか。
テラスを降りる。改札に入り、一階のホームへ。
外回り電車に乗り込もうとする。
その時降りてきた、少女が一人。
――手紙をくれた、あの子だった。
「遅くなってごめん。待っててくれて、ありがとう」
隣で立ち止まり、微笑んだ。
「――池田」
思わず、名を呼んでいた。
動かないわたしに、後ろの人が舌打ちした。
「なあに、田辺」
あの子は笑って、首を傾げる。
「……やっぱりわたし、おかしいみたいだ」
「どうしたの、突然」
「――池田がここに、いるわけがないんだ」
メモ帳に書かれた、短い手紙。
あれが偽物であることぐらい、気付いていた。
だって、筆跡が違うから。
あの子のじゃなくて、わたしのもの。
『友達として』、好きだった。
ずっとそう思い込んでいた。
でも、きっとそうじゃなかったんだ。
だから、まだこんな、一人芝居を。
池田が死んだ、五年前から。
――わたしの中で、あの子は生きてる。
死んでいることは分かってるけど、けれど生きている『芝居』をしてた。
『あの子は引っ越した』、そんな設定で。
時たま偽物の手紙を書いた。そして、自分で返信をしていた。
そんなことをずっと続けるうちに、だんだん分からなくなり始めた。
これが『芝居』か、『現実』か。
だからこんなことが起こるんだ。
自分で書いたものを『本物』にして、『本当』にあの子を待ってしまう。
そして最後に、気が付くのだ。
『偽物』の手紙、『嘘』の待ち合わせに。
……いつかわたしは狂うだろう。
ずっと、どこかでそう感じていた。
初めて、死後のあの子に会った。
ついに、幻を見聞きした。
多分わたしは、これから、きっと、静かにおかしくなるのだろう。
ゆっくり、歯車が狂っていくように。
……出来ることならば、わたしは。
「最期に会えて、嬉しかった」
まだ少しでも正気でいられるうちに、あの子に会って、死にたかった。
正気でなくて、でも狂いきれない、その時に。
それが叶うと分かったからいいのだ。
――鞄の中に、いつも持っていた。
いつこの時が来てもいいように。
「何飲んでるの?」
「ん? 内緒」
最期に交わした会話は、幻とだった。
「えー、ずるいって。教えてよ」
「――池田と一緒に、いられるようになる薬」
この話で「宝箱のタペストリー」は十万文字を迎えました。
これからもよろしくお願いします!




