2020/03/15『サバンナ』『時間』『星』
何もない場所で、私は生まれた。
真っ暗闇の中で、誰かが泣いている声を聞いた。
誰か助けて。その人はそう言った。
――なら、私が助けてあげる。
私の思いに呼ばれたように、誰かが暗闇に飛び込んできた。
「あなたはだあれ?」
「……はる。そっちは?」
名前なんて、知らなかった。
だから、自分でつけることにした。
「私は、あき」
そう答えて、はるがやってきたところから、外に飛び出た。
「私が、はるを助けてあげる」
それだけ、言い残してから。
それからというもの、私は暗闇と光の間を行ったり来たりして過ごした。そして、あれ以来はるには出会えていない。私が暗闇に行けばはるは光に行ってしまうし、逆も然り。同じ世界に、いられなかったのだ。
光の世界で初めて見たものは、星だった。
初めて聞いたのは、波の音だった。
私には、はるが家に帰りたくなくて、それで海にいたのだということが分かった。帰りたくない理由も、なぜか分かってしまった。はると私は記憶を共有できるのだと、その時知った。
私は家に帰る代わりに、はるの友達の家に駆け込んだ。そして、はるの身に何が起こったのかを語った。
そして、気付いたときには暗闇に戻っていた。
暗闇には時間の概念がなかった。光の世界でどれだけ時間が過ぎようと、暗闇の世界ではいつも一瞬だ。
だから、いつも暗闇から光に戻ったときに確認するのが時間だった。
前に光の世界にいた時から、どれだけ経ったのかを知りたいから。
私が生まれてから、長い長い時が経った。
私が光の世界に行くことは少なくなり、もし行くことがあっても、いつの間にか数年の時が経っていて、光の世界で過ごす時は一瞬だった。
はるが私を呼ぶ声が聞こえた。
光の世界に飛び出すと、そこに広がっていたのはサバンナだった。
「――どうして、こんなところに?」
「人がいない場所に来たくてね」
振り返る。誰もいない。……当たり前か。
「久しぶりだね、あき」
隣で響く、はるの声。
「久しぶり」
二度目に交わした会話だった。
「ねえ、覚えてる? 初めて会った日のこと」
「うん。……あの日、はるは泣いていたね」
「そう。僕はあまりに辛くて、逃げたくて、いつの間にか、あきのことを創り上げていた」
――どこかで気付いていた。私が作られた存在であることを。
分かっていたのだ。私とはるが記憶を共有している理由も、同時に同じ世界にいられない理由も。
「あきは、約束を守ってくれたね。いつでも、僕を守ってくれた」
「もちろん。そのために生まれたのが、私だから」
光の世界に行かなくなった理由も、はるが今私を呼んだ理由も、なんとなく想像がついている。
「……はるはもう、大丈夫なんだね」
「うん。だから……お別れだね」
ゆっくりと、意識が薄れていく。でも、それでいい。
私は、消えるために生まれてきたのだから。
「また辛いことがあったら……呼んでね」
「うん。それまでは……さよなら」
さらさら、私の意識は消えていく……。
――はるの姿は、一度も見ることがなかった。
2020/03/15 21:17
誤字があったので訂正しました。




