2020/03/14『伝説』『青』『時間』
――もしも、時を巻き戻せるのなら。
少女はそっと願う。
――出来ることなら、私をあの時に戻してください。
――どうか、あの時間に。
その願いが叶わないことを、少女は知っている。
けれど、祈ることしかできなかった。
ビルの隙間から見える空は青く澄み渡り、狭い代わりにどこまでも高かった。
人混みの中で待ち合わせをした日のことを、少女は今でも覚えている。
待ち合わせ場所の目印が、見たことのない植物――キブシというらしい――の銅像だったこと。その人に会えるまでの時間が、どうしようもなく長かったこと。音楽を聴いてごまかそうとしても、逆に時間がゆっくりとしか進まないことを意識してしまったこと。待ち人を見つけたときの喜び。近寄って肩を叩いた時の悪戯心も。
――なんて楽しいひと時だったんだろう。
少女は過去を想い、にっこりと微笑んだ。
しかし、その頬には、涙が一筋。
笑みが、歪んだ。
――もう会えない。
――二度と会えない。
――戻りたい。
――戻れない。
少女はそっと、掌を見つめる。
――私にはもう、時間が存在しない。
頼りないその手は、透き通っていた。
――自分がこんなに早く死ぬなんて、思ってもみなかった。
少女は佇んでいた。
あの日と同じ、待ち合わせ場所に。
――分かっている。
――ここにいたって、あの人には会えない。
――もし会えたとしても、私に気づかない。
死者である少女の姿は、誰にも見えない。
――あの人は知らない。
――私の死を知らない。
――もう一度だけ会いたかった。
――別れを告げたかった。
それが叶わないと知っているから、祈ってしまう。
――どうかあの時に、戻してください。
それすら叶わないと分かっているのに。
「――さん」
驚いたような声が聞こえた。
少女が振り返ると、そこにいたのは。
「お会いしたかったです」
優しい笑みを見せる、待ち人だった。
少女の目から、再び涙がこぼれ落ちる。
どうして姿が見えるのか、声が聞こえるのか。
そんなことは、どうでもよかった。
「どうして、こんなところに?」
「私、どうしても……さんにお会いしたくて。
お別れを、したかったんです」
待ち合わせ場所にある、キブシの銅像。
キブシの花言葉は、『待ち合わせ』。
だからだろうか。『この銅像の前で待てば、必ず待ち人に会える』という伝説がある。




