2020/03/01『雪』『占い』『理想』
雪山登山に行くことにした。学校では禁止されているが、大丈夫だろうと高を括っていた。
だって、近所にある、見慣れた雪山だ。そこまで危険なものだと思えなかったのだ。
だから、まさか自分が遭難するとは思っていなかった。
完全に雪に閉ざされた、銀世界。いくら歩いても同じ景色。もう下に向かっているのか、上に向かっているのか、分からない。
寒いし、疲れたし……ああ、眠いなぁ。
少しだけ、ほんの少しだけ。
そう思って、目を閉じた。
「――こら、起きなさい」
突如響いた、鈴のような声。
びっくりして目を覚ますと、目の前にいたのは……。
「妖精……?」
周りと見分けがつかないのではと思うほど白い肌。緩く巻かれた茶色の髪。冬に咲く花で彩られた服。そして、氷のように透き通った羽。自分の掌ほどの背丈の彼女は、その羽で目の前を飛んでいる。
口紅を塗ったかのような、真っ赤な唇を、開く。
「そうよ、ここに住む雪の妖精」
鈴のような声が、また聞こえた。
彼女は「ここで眠るなんて『死にたい』って言っているようなものよ」と言って笑い、こう問いかけてきた。
「ねえ、あなた街に帰りたいの?」
「……もちろん」
そう言ってうなづくと、彼女は微笑んだ。
「いいわよ、道を教えてあげる。その代わり」
ぴん、と人差し指を立てる。
「ちょっとだけ、私に付き合って」
彼女は魔法で雪を操りながら、地面にいくつもの模様を描いた。
「これは一体……」
「私たち雪の妖精に伝わる、占い。でも、長いこと占う相手がいなかったものだから……あなたのことを占ってみせるわ」
不意に指を止めると、その上を飛び回る彼女。最後に、完成した模様の中央に着地した。
すると模様は――魔法円は、眩い光を放ちはじめた。
「ま……眩しい!」
「ふーん……見えたわ、あなたのことが」
光の中で、彼女は語った。
「あなたには叶えたい夢がある、そうでしょう? 夢の実現のために、あなたは長くもがき苦しむことになるわね。現実と理想の狭間で、自分の目指すべき道を見失いかけることも、何度もある。だから……最終的に、あなたは夢を諦めてしまうの。夢は叶わない」
「……それなら、諦めなければいい」
思わず、そう言っていた。
「君の言葉を聞いて、決めたよ。夢を、絶対に諦めないって。どんなにもがき苦しんだって、目指すべき道を見失いそうになったって、理想を捨てるものか」
「……そうしたとしても、夢は叶わないかもしれないわよ? 私には、そういう未来しか見えないもの」
もう光が消えた魔法円の中央で困った顔をした彼女に向かって、笑いかけた。
「諦めなければ未来が変わるのか、それは分からないけど、少なくとも諦めてしまったら、未来は変わらないからね? いつか、理想を現実にしてみせるよ」
「……そういう考え方、嫌いじゃないわ」
彼女は微笑むと、羽ばたいて宙に浮いた。
「今日はありがとう。さ、帰り道を教えてあげるわ」
こっちよ、と道案内をする彼女の後を追いかけて、この雪山を後にした。




