2020/02/23『希望』『恋人』『氷河』
――氷河の上に、立っている。
「そんなもの、君には要らないよ」
そんな声が聞こえる。
「さあ、落としてしまいなよ。そうすれば君は楽になれる。そうだろう?」
甘く、そっと囁く声を、私は知らない。
けれど、その声の言う通りだと思わせる何かがある。それだけは確か。
落としてしまおう。そう思って手を伸ばすけど、手は震えていうことを聞いてくれない。
「ほら、どうしてそんなに迷うんだい。あの月のない夜、約束しただろう?」
月のない夜――ああ、そうだ。
あの日、私はこの声を聞いた。
思い出した。そうだった。
月のない夜、海辺で死を考えていた私に、この声は言ったのだ。
『君に希望をあげよう』と。
男の声でも、女の声でもない、不思議な音で。
『言う通りにしてくれれば、君は必ず幸せになるから、だから何も心配しなくていい』と。
「……それは要らないよ。君を幸せになんかしないからね。ほら」
私は、目の前にいるのに動きも喋りもしない、そんな恋人のことを、氷河の割れ目に突き落とした。
「――おはよう」
彼の声で、目が覚めた。
そこにいるのは、私の恋人。
「おはよ。今日は早いね、いつも寝坊するのに――」
私のことをぎゅっと抱きしめる彼。
「やっと君のそばに来れたよ。大丈夫、君のことは必ず幸せにするから」
耳元で囁かれた言葉は、その声は、そして私のこれからの人生は、この夢の続きだった。




