2020/02/21『聖剣』『未来』『魔王』
――ある晩のこと。
とある乗合馬車が、森の中を駆け抜けていた。
馬車の中には、父子が一組、聖剣を持った男が一人、商人と婦人が数人。隣町へ向かうために乗っていた。
森の中には、霧が漂っている。
「お父さん、魔王がいるよ」
不意に、子供が言い出した。
「どこにいるんだい」「あそこ」
しかし、そこにあるのはただの霧。
「見間違いだよ、大丈夫」
「でも怖いよ」
「怖くないさ、父さんが一緒だろう?」
こくり、子供は頷いた。
そのうち、風も吹きだした。
「お父さん、やっぱり魔王がいるよ」
子供はそう言って震えだした。
「どうしたんだい」
「魔王の声が聞こえるもの」
しかし、耳を澄ませても、風の音以外聞こえない。
「聞き間違いだよ、大丈夫」
「でも怖いよ」
「怖くないさ、父さんが付いてる」
そのとき、一人の男が動いた。
「坊や、これを持つといいよ」
彼が渡したのは聖剣だった。
「これを持っていれば、魔王も怖くないからね」
そして、彼は御者に言った。
「済まない、急ぎの用ができた。申し訳ないが、馬を速く走らせておくれ」
そのうち、霧が馬車を包み込み、風もさらに強く吹いた。子供は怯えたような顔をしながら、聖剣をぎゅっと握りしめた。
『くそ、聖剣には敵わない』
その時、誰もが間違いなく聞いた。
魔王の悔しそうな声を。
瞬く間に霧は晴れ、風はすっかり止んでしまった。
そして、馬車は隣町についた。
「これ、ありがとうございました。お返しします」
子供が彼に聖剣を差し出すも、男はそっと首を振って微笑んだ。
「この剣はあげよう。大切にしておくれ」
子供は、聖剣に見合った人になろうと努力した。
大きくなった子供は、自分を襲おうとした魔王を倒し、やがて勇者と呼ばれるようになったという。




