2020/02/20『過去』『本』『森』
森の中、少し開けた広場のような場所にある切り株に、老婆が腰かけていた。
日の光を受けた白い髪はつややかで、丸眼鏡の縁は金色に輝いている。
ぱらり、垢塗れでボロボロになった本のページをめくると、文字を目で追いながら口を開く。
「ねえ、覚えていますか?」
紙を撫でながら、微笑んだ。
「あなたと昔、二人で図書館を開いたこと」
もう何年も前のこと。
老婆はまだ若かった時に、夫と共に図書館を開いた。
この、こぢんまりとした広場で。
ご近所さんに本をもらい、時には自分たちで書籍を買った。
本棚は大工だった夫が作り、装飾や看板は裁縫が得意な彼女が作った。
布で飾られ、木の香りが漂う図書館は、たくさんの人々に愛された。
歳をとってからは、もう管理が厳しいからと図書館を閉め、本は欲しい人や近隣の学校にすべて譲ったのだが、二人はよくここでお茶をしたり、本を読んだりしていた。さらに時が経ち、数年前に夫を亡くしてからも、老婆はこの場所を訪れ続けている。
この広場が彼女にとって、思い出深い場所だったから。
かさり、老婆は古ぼけた本を閉じた。その本の表紙に書かれた文字は「Diary」。
それは、彼女が今までつけてきた日記帳だったのだ。
――顔をあげる。
老婆は少しばかりびっくりしたような顔をして、すぐに微笑んだ。
「――迎えに、来てくれたんですね」
涙で滲む視界には、透けて見える夫がいた。
彼は老婆に向かって笑いかける。
「連れて行ってくださいな、あなたが住む場所へ。わたし、寂しかったんですよ?」
彼女がそう言って手を差し伸べると、夫は、そっとその手を握り返した。
――金色に輝く光が、森の中で永遠の眠りについた老婆を照らしていた。
2020/02/20 22:12
誤字があったので修正しました。




