2020/02/15『強固』『神話』『病』
「俺さー、もう分かってるんだよ」
単調な部屋の中で、彼は言った。
「――俺、もうすぐ死ぬんだなーってさ」
いつもと変わらず、へらへらと笑って。
彼は、大学の同級生。自分と同じ、創作執筆コースに所属している。良き男友達だ。そして、自分ならば踏み込まないような世界のことを沢山知っていて、よく教えてくれた。例えば、神話とか。
そんなものに興味はなかったのだが、彼から話を聞くと、案外面白く、創作のネタとしては読んでみるのもありかと思えた。
他にも、自分が好きなアニメのことを話すと「ああ、それ世界観の元になってるの、旧約聖書だな。そっくりそのまんま」と、自分では気付けなかったこと、知らなかったことを教えてくれた。
彼と自分とでは、見てきたものがあまりにも違いすぎた。けれど、そのことがお互いの刺激になった。
それが関係しているのか、同じコースの他の男子よりも、彼と話す時間は自然と長くなった。
だから、彼が突然倒れて病院に運ばれた時には、動揺が隠せなかった。
彼自身には知らされなかったが、彼は重い病にかかっていた。余命は長くないと、そう彼の母親から聞かされた。
それからは、頻繁に彼の病室を訪れた。
一緒に今までのように喋ったり、時間があるときはリレー小説を書いてみたり。
彼自身は「そんなに来なくていいのに、大変だろ?」という割には、嬉しそうに、へらへらと笑っていた。母親とも顔馴染みになり、疲れの見える顔で「いつもありがとね」と笑顔を向けてくれた。
そんなある日、病室で二人きりの時だった。
「俺さー、もう分かってるんだよ」
唐突に彼が言い出したのは。
「――俺、もうすぐ死ぬんだなーってさ」
いつもと変わらず、へらへらと笑って。
「だって、日に日に苦しくなっていくんだもんなー。これで軽い病気ですとか言われても納得できねえよ」
笑顔が、だんだん歪んでいく。
「俺、正直言うと怖いんだよ。まだ死にたくねえよ。創作でならいくらでもひとの死を書けるんだけどさ、いざ自分ごととなるとな……」
「こっちだって。まだ死んで欲しくないよ。もっともっといろんな話をしたいよ。だから、病気なんかに、あと自分の弱さにも、負けないでほしい」
思わず、言い返していた。
不意をつかれたような顔をした彼は、いつものようにへらへらと笑い「おう、負けるもんか」と言った。
――それが、もう何年も前のこと。
彼は、今も生きている。
たまに会って、ご飯を食べたり飲んだりするような関係。今でも彼は男友達だ。
病気はもう、完治している。
「あの日、まだ死んで欲しくない、病気や自分の弱さに負けるなって言われた日、絶対に死なねえ、絶対生きてやるんだって、固く強く決めたんだよな。お前のおかげで、俺は今ここにいるのかもしれねえ」
いつだったかに飲んだ時、酔った彼はそう言って、へらへらと笑っていた。




