2020/02/09『晴天』『会社』『魔法』
更新は日付を超えてしまいましたが、書き始めたのは2月9日です。念のため。
どんよりとした、雨の日のこと。
その日、とある会社の職場内は重々しい空気に包まれていた。さらに、なぜか皆仕事が進まないようだった。
単純に気圧の関係で頭が痛くなるなどの体調不良を引き起こしたから、という人もいたが、そうではない者もいる。
「先輩、どうして今日はこんなに雰囲気悪いんですか?」
「ああ……お前新人だから知らないのか。去年のこの日、社員が一人死んでるんだ。車に轢かれて、な。運転手によると、雨のせいで視界が悪くて見えなかったんだとさ」
「――それは」
気まずそうな表情の新人。それを見て、先輩は苦笑いした。
「――あいつ、同期だったんだけどさ、なんか不思議な奴だったんだよな。休憩中に突然手品を始めて『実はおれ、魔法使いなんですよ』なんて言ったりしてたな。雨野晴夫って名前だったんだけどよ。雨野がいなくなってから、少し雰囲気が暗くなったような気はするな。なんだかんだ言って、みんなに愛されるキャラだったからな。特に今日は命日だ、お通夜みたいにもなるさ」
特に、あの日みたいに雨が降ってるとなあ。先輩はそう呟いた。
「――そんなこと……、……雨野さんも、望んでいないのでは?」
新人の指摘は、正しかったのだろう。そして、そんなことは皆分かっていたのだろう。
でも、それだけで元気になれるわけがない。
「――あはは。今日で、変装も終わり、ですかね」
ぽつり、新人が呟いた。
先輩がその言葉の真意を聞く前に……新人は立ち上がり、大声をあげた。
「さて、雨野晴夫の命日に、死亡の要因となった雨が降って、重い雰囲気を作り出している皆様」
全員の注目を集めた彼は、ひょこり、一礼した。
そして頭をあげた時には――顔が、変わっていた。
あちらこちらから、戸惑いと驚きの声が上がる。
「さて、皆様には雨野晴夫の最期のショーをご覧いただきましょう」
新人は――否、死んだはずの雨野晴夫は、にっこりと笑った。
そして窓ガラスをこんこん、と叩くと言った。「一瞬ですので、お見逃し無いように」
そして、彼は、指を一つ、パチリと鳴らした。
気が付くと、雨野晴夫はいなくなっていて。
そして、窓の外に広がる晴天に、大きな虹に、誰もが言葉を奪われた。
なぜか、あの新人のことは、誰も覚えていなかった。
新人の仕事場も、荷物も、記録も、何もかも残っていなかった。




