89.適材適所2
新しい演目の参加者を募る。私からしたら、途方も無い要求に感じたけれど、滑り出しは好調だった。令嬢達が有力な情報から、些細な噂話までどんどん提供してくれる。
カフェテリアを出て、一部屋に人を集めた時には、どこから情報を得たのか、多くの令嬢が集まってくれた。
「今年は多くの人に活躍の場を。というのが殿下の願い。その為にも、演劇以外の演目を増やしたいと思っているんだ」
新しい演目追加について、掻い摘んで説明すれば、令嬢達は「素敵」と目を輝かせた。女の子が数人集まれば、アカデミーの情報など簡単に集まるのかもしれない。
歌が得意な者、楽器が得意な者、多くの情報が寄せられる。その場で挙手してくれる令嬢もいた。彼女達の勢いはとどまらない。気付けば、彼女達の手に寄ってある程度、参加者を選出されていた。私が情報に耳を傾けて、頷いている内に。
私は殆ど何もしていなかった。この人数をどう纏めようかと思案していると、どこからとも無く現れた令嬢が書記を始める。そして、我も我もと情報を寄せる令嬢を、一人がまとめ始めた。その時から、私は笑顔を見せながら頷く置物になっていたのだ。
短い時間でまとまった情報を書き留めた紙をひらひらと揺らしながら、私は感嘆のため息を吐いた。
「ありがとう。皆のお陰だよ」
集まった令嬢達に、精一杯の笑顔を向けた。感謝の言葉くらいしか返せないことに、少しの不甲斐なさを感じる。けれど、彼女達は、「手伝えることがあれば、何でも仰って下さい」と言ってくれた。
「私は歌や楽器が得意ではないので、お力にはなれませんが、裏方としてならクリストファー様のお力になれると思うのです」
一人の令嬢が、真剣な表情で私のことを見つめる。彼女の言葉を受けて、「私も!」と数名が声を上げた。
全員が舞台に立つのは難しい。新しい演目や展示を二、三増やしただけでは、皆が活躍できる芸術祭には遠いのかもしれない。彼女達一人一人の顔をゆっくりと見渡しながら、私は新しく作る芸術祭に想いを馳せた。
多くの令嬢の支えによって、一通りの情報を集めた私は、一度サロンに戻ることにした。殿下とレジーナとの話し合いが終わっていなければ、どこかで時間を潰すことも考えている。けれど、扉の前の警護を任せられている従者に声を掛ければ、レジーナとの話し合いは既に終わっているらしい。重い扉が開かれると、腕を組んで窓の外を見渡す殿下の姿が目に入った。
「早いな、クリス」
すぐに殿下の視線が私の手元に移った。私は、手に持つ資料の束を持ち上げながら、微笑んだ。
「粗方選出はできました。あとは、交渉次第ですね」
「さすがだな。一日で思った以上の成果だ」
「親切なご令嬢達のおかげです」
殆ど私の功績ではない。私は殿下に褒めて貰う程のことは、何一つしていなかった。後ろめたい気持ちを込めて、私は小さく肩を竦める。もっと私に力があったなら、胸を張って殿下の前に立てたかもしれない。今は多くの人の手を借りなければ何もできないのだ。私は自分の非力さを実感した。
「クリスだから令嬢達が動いたんだろう? なら、それはお前の力だ」
殿下は口角を上げると、窓辺から離れ椅子に座った。先の会議で使われたテーブルは、綺麗に片付けられている。私は殿下の目の前に、纏められた資料を置いた。殿下はすぐさまそれを手に取ると、真剣に資料に目を通していく。
新しい演目の為に選んだ人物は、十数名。爵位問わず、家柄も様々だった。貴族社会、家の名前はどうしても影響してしまう。身分の上下を気にする者も出てくるかもしれない。全員が引き受けてくれるかが問題だった。それに、令嬢達とは面識がある子も多いけれど、男性と関わる機会と言えば、夜会で会った際に会話をする程度。簡単な会話程度しかしたことの相手に、どう切り出したら上手くいくものか。私にとって、今の大きな問題でもある。
「人選は問題無さそうだな。あとは交渉次第だが、お前達二人なら大丈夫だろう。クリス、任せた」
私の悩みを余所に、殿下はぽんっと資料を置いてしまう。今までなら、殿下が一人でどうにかしてしまいそうな内容なのに、あっさりと私もに投げた。私が上手くできるかという心配はある。けれど、それ以上に信頼されているようで嬉しかった。「任せた」のたった一言で、できる限りのことをしようと、思ってしまう位には。
「ええ、お任せ下さい」
恭しく胸に手を当て、礼をすれば、殿下の口角が少しだけ上がった。胸に擽ったいものを感じながら、自らの資料を手に戻す。資料に目を向けながら、私は思わず「ああ、そうか」と、声を上げた。
全て私の力でどうにかする必要はない。参加者の選出だって、殆どがこのアカデミーを知り尽くしている令嬢達の功績だ。ならば、交渉だって全て私が請け負う必要はない。適任者に任せれば良いのだから。
新しい芸術祭、きっとまだまだやるべき事が沢山出てくるだろう。だったら、一人でどうにかしようとしていては、すぐに駄目になる。
私がやるべきことは、より多くの情報を集め、手足を増やすこと。殿下の理想の芸術祭に近づける為に。
答えを見つけて、思わず笑みが零れる。ふと、殿下を見てみると、怪訝そうな顔を向けられていた。
「こちらの話ですから、お気になさらず」
笑顔で誤魔化したけれど、殿下はまだ気になっているようだった。ただ、この話を説明するのは少し恥ずかしい気がして、私は慌てて新しい話題を探し出す。
「そういえば、レジーナ嬢との話し合いは上手くいきましたか?」
少し無理矢理過ぎたかしら?
わざとらしい話題の変え方をしてしまい、不安になった。けれど、殿下は気にした様子もなく、満足そうに頷いた。
「ああ、上々だ。協力の約束も取り付けた。明日からはレジーナ嬢にも話し合いに入って貰うつもりだ」
レジーナの会議の参加は、大きな進歩だ。アンジェリカと並んで、彼女もまた、このアカデミーに君臨する女王様の一人なのだから。けれど、二人が仲良く話したところを見たことがない。ミュラー家とリーガン家の仲があまり良くないという話はよく耳にするので、致し方ないとも言える。この先どうなるのか、少しの不安が残った。
「演劇の大きな役どころは埋まっていますが、結局レジーナ嬢には何をして貰うことになったのですか?」
殿下は、意地悪そうにニヤリと笑った。もしもアンジェリカがこの顔を見たら、絶対に片眉を上げているだろう。
「一番最初に、歌を披露してもらう」