表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/150

71.月夜の誓い

引き続きアレクセイ視点です。

 世界中の音が消えて、色も消えた。ただ一つの答えを導く様に、身体の弱い()()()()()()()のことを心配する幼いロザリーの顔が浮かぶ。


 まるで入れ替わったように、彼女は身体の弱い女の子になった。それが()()ではないのか。


「――か? アレク?」


 消えていた色が瑠璃色に染まる。それと同時に世界は音楽で満ちた。時が動き出した様に人の笑い声が、軽やかな音楽が駆け抜ける。長い睫毛を数度瞬かせ、クリスは俺の顔を覗き込んでいた。


 俺は返事もせずに、見慣れた瑠璃色の瞳に答えを求めるために凝視した。しかし、どこにもその答えは書いていなかった。


「どうしました? こんなところで立ち止まって。邪魔になっていますよ?」

「……ああ」

「具合が悪い様なら――」

「いや、大丈夫だ」


 どうにか首を横に振れば、クリスは安心したように小さなため息を漏らした。しかし、俺は困惑が勝っていて上手く言葉が紡げない。


「クリス……」

「はい?」

「いや、何でもない」

「おかしな人ですね。少し休憩した方が良さそうですよ」

「ああ、そうさせて貰う」


 やっとの思いで父の隣に座しても尚、上手く世界に溶け込めないでいた。母に何度か声をかけられたが、どんな返事をしたのかもよく覚えていない。不貞腐れた母の顔を視界の端で見たような気はしている。


 三人目の令嬢の手を取るクリスを目で追いながら、俺は違和感を整理することにした。


 本当にクリスはロザリーなのか。だとしたら、何故入れ替わる必要があるのか。自問自答したところで、答えが出るものではない。意味もなく苛立ちが募る。


 まるで当たり前の様に令嬢の手を取り、男の様に優しい言葉を掛けるクリスが、本当にロザリーだと言うのか。飴色の髪の毛が揺れる度に、真実が見えなくなっていく。


 この王宮に居る誰がクリストファー・ウィザーを女だと疑うだろうか。


 幼い頃『取り換えっこ』の話を聞いたことがある。実際にクリスの格好をしたロザリーを見たこともあった。だが、今の彼からは双子の単純な遊びの様には感じられないのだ。


 五人目の令嬢から手が離れたクリスは、ウィザー公爵の元に戻ると、貴族達と言葉を交わしている様だった。周りは気軽に握手を交わしているというのに、クリスは一人一人に丁寧なお辞儀を見せる。まるで彼の前にだけ一枚の壁がある様な不思議な感覚にとらわれた。


 潔癖症なのか。いや、男にだけ触れていないのか。クリスは俺に触れたことがあったか?


 いつも、()()な距離を取るクリスは、俺には決して触れてはこない。その割に令嬢にはいとも容易く触れるのだ。


 いや、一度だけ。俺が触れたことがある。あの日以来、クリスにチェスで勝ったことはなかった。


 クリスは、()()()()()()のだろうか。


 愛想笑いを浮かべるクリスの飴色の髪の毛が揺れる。彼は軽やかに男の集団から抜け出し、令嬢の誘いを優しい笑顔で(かわ)すと、王宮の扉から抜け出したのだ。


 俺は、衝動的に走り出した。それに何の意味があるのかは分からない。それでも、追わずにはいられなかった。玉座からの道のりの遠さに、苛立ちを覚える。愛想笑いを浮かべた人を躱しながら、クリスが姿を消した扉を目指した。


 どうにかこうにか扉を抜けると、ひんやりとした空気が、頬を撫でる。幾ばくか肌寒さが増した気がするのは、会場の空気が温まったせいだろうか。


 探すまでもなく、クリスは庭園に備え付けられた椅子に腰を下ろしていた。月明りに照らされた髪は、キラキラと輝いている。まだ、彼は俺には気づいていないようだ。満月を見上げ、手の届かない光に、右手をかざしていた。まるで月に問いかける様に、彼は口を開いた。


「月はどうして形を変えるのか。満ちて、欠けて、隠れて、姿を現す。君の本当の姿はどれなんだろう?」


 春の嵐が吹き荒れる。風は飴色の髪を(さら)う。月明りに照らされた横顔は、俺の知っている少女のそれとは少し違っていた。


 君は、ロザリーなんだな。


 ロザリーは何を背負ってここに立っているのか、俺にはわからない。今、この場で本物以上にクリストファー・ウィザーを演じる理由を問いただすことは簡単だろう。


「クリス」


 クリスは肩を揺らし、振り向くと目を見開いた。何度かの瞬きの後、少しだけ口角を上げる。


「……いつから?」


 少しだけ声が震えている様な気がした。


「今。……今来たばかりだ。捜索隊が出る前に連れ戻してやろうと思ってな」

「それは優しいですね」

「今更か」


 クリスは肩を竦めるとわざとらしく眉尻を下げる。俺はいつもの様に眉間に皺を寄せながら、ため息をついた。


「戻るぞ」

「そうですね。こんな所で王太子殿下を留めておいては、皆さんに恨まれますから」


 楽しそうに笑ったクリスは、風の様に俺を横切り、扉を目指した。いつもは俺の後ろを歩くというのに。俺は慌てて彼の背中に声をかけた。


「今日は私の分も踊って貰わないと困るからな」

「倍はさすがに頬が()りますよ。アレクの分は自分でどうにかして下さい」


 右手を上げてひらひらと返すだけで、振り返りもせずに、クリスは扉の向こう側へと消えてしまった。開かれた扉からは誘う様に音楽が響く。音楽に合わせて早くなる鼓動は、俺の手から離れていってしまったようだ。


 俺は一度深呼吸をすると、ゆっくりと目を(つむ)った。月明りの届かない世界で、最後に見た少女の顔を思い浮かべる。


 どんな理由があるのかはわからない。けれど、俺は次こそ君を守ろう。


 振り返り月を見上げれば、六年前と何も変わらない姿で、小さな春の訪れを照らしていた。

















いつもお読みいただきありがとうございます。



ブックマークや評価ありがとうございます。

次回からアレクセイ視点からロザリア視点に戻ります。


今回も楽しんでいただけましたら、幸いです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ