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64.アレクセイ・セノーディア1

お待たせしました!

アレクセイ編。

アレクセイ視点です。

 満月の夜は、決まって昔のことを思い出す。初めて恋した少女の、少し困惑した顔を。


 私は、いや……俺は、六年前から変わらず輝く月を見上げて、大きなため息をついた。華やかな場所は好きになれない。必要以上に飾り付けられた頭も、動きにくそうなドレスも、今着せられているこの衣装も。どれも俺には大袈裟に感じた。


 母親から「頭を冷やせ」と会場を追い出された時には、正直安堵した程だ。キツい化粧の香りが混じり合う会場は、息苦しささえ感じるのだから。


 ロザリーが近くに居たならば別かもしれない。今日の為に着飾り、笑顔を見せる彼女が隣にいたならば、あの苦痛しかない会場も楽園に感じただろう。


 しかし、彼女は今ここにはいない。部屋の窓から同じ月を見ているかもしれない。同じ月を見上げることができる幸福を、今はただ噛みしめるしかなかった。


 俺はまた、彼女との約束を守ることができなかったのだ。彼女は俺が約束を破ったことをクリスから聞いて、落胆するのだろうか。胸がギュッと詰まるようだ。


 果たした約束の数より、やぶった約束の数の方が多い。これでは、彼女の理想の王子様には程遠いのだろう。


 冷えた風が頬を撫でる中、スノードロップが揺れる花壇を横切り、俺は庭園の奥へと歩いた。


 春を待つ庭園の物悲しさと、雪解けへの期待を教えてくれたのは、他でもないロザリーだった。


 漏れ聞こえる楽器の音色も、春の訪れをいち早く祝う声も、ここまでは届かない。


 誰もいない静かな庭園、優しい月明かり。冷え切らない頭の中。昔の記憶に縋るには、充分な程条件が整い過ぎていた。



 俺は、クリストファー・ウィザーが苦手だった。



 素直に言えば、嫌いだった。しかし、今となっては良い友として付き合えていると思う。


 あれはまだ、俺たちが幼い日のことだ。


 勉強だ鍛錬だマナーだ何だと、机に縛られている毎日に辟易していたころ、母の鶴の一声で、その日の予定が全部中止になった。


 人に会うのだという母の言葉に、正直勉強よりはマシだと、安堵した。


 久方ぶりに母に手を取られ、歩いた先で待っていたのは、母と同じ年くらいの女性と、俺と同じくらいの歳の男だった。


「アレクセイ。クリストファーとロザリアよ。仲良くして頂戴ね」

「アレクセイ王太子殿下、クリストファー・ウィザーです。よろしくお願い致します」


 クリストファーと紹介された男は、マナー講師と同じように礼を取る。母がそれを見て手放しで褒めた時は、少し気にくわないと思い、小さく唇を噛み締めた。


 クリストファーがこの男なら、彼の隣にいる女性がきっとロザリアなのだろうと、一人納得していると、クリストファーの横から、ひょこっと同じ顔が現れた。


 驚くと、声は出ないものなのかもしれない。何も言えずに少しの間見つめてしまった。飴色の髪が不安げに揺れる。長い睫毛を瞬かせると、またクリストファーの後ろに隠れてしまった。


 クリストファーは守るように後ろに右手を回す。


「ロザリア。ちゃんと出てきてご挨拶なさい」

「はぁい」


 クリストファーの背中から、小さな口を突き出して出てきたのは、クリストファーそっくりの女の子だった。


 クリストファーの横に並ぶと、恥ずかしそうにスカートの端を掴む。


「ロザリア・ウィザーと申します。よろしくお願い致します」


 大人と遜色ない挨拶に、また母が手放しで褒めている。俺はその姿をただ見つめることしかできなかった。


 真っ白な肌に、少しだけ上気した頰。クリクリと大きな瑠璃色の瞳。まるで人形のような女の子は、ドレスのスカートを握りしめる。


 不安げに揺れる瑠璃色の瞳を守りたくて、俺は一歩、二歩と近づいた。二人の間にそんなに距離は無かったと思う。手を伸ばせば届く距離だったのだ。だから俺は、彼女の緊張をほぐすのだと、自分自身に言い聞かせて、彼女の手を取ろうと、右手を伸ばした。


 しかし、それも未遂に終わる。代わりに隣に立っていたクリストファーが、俺の手を取りにっこりと笑った。


 ロザリアと寸分変わらず同じ顔。真っ白な肌も、長い睫毛も、飴色の柔らかそうな髪の毛も。


 けれど、俺はあの日、コイツは嫌いだと、思ったのだ。


 その直感は間違いではないと、今でも思っている。クリストファーはあの日から、いつもいつも邪魔をするのだから。


 俺は手をクリストファーから無理やり引き抜いた。すると、なんと忌々しいことか。彼は俺にだけ見えるように、わざとらしくズボンで手を拭いたのだ。


 クリストファーの隣では、意味も分からず瞬きを繰り返すロザリアがいる。そのせいで、俺はクリストファーを睨むことすらできなかった。


「さあ、子供は元気に庭園で遊んできなさいな。アレクセイ、二人を案内してあげて」


 母の号令で、気持ちを持ち直した俺は、ロザリアに向かって手を差し出した。父が母にしているのを見たことがある。見よう見まねだった。


 けれど、ロザリアは母のようにすぐに手を掴んではくれない。唇を噛み締めて、瑠璃色の瞳を揺らすだけだ。


 父と母のように普通は手を繋がないのか?


 俺にはわからない。


「ロザリー、殿下が庭園を案内してくれるって。綺麗なお花がたくさん見れるよ」


 クリストファーが優しくロザリアの顔を覗き込んだ。すると、ロザリアのしっかりと閉じられていた唇は、すぐに和らいだ。先程まで不安に揺れていた瑠璃色の瞳はキラキラと輝いている。


「本当?」

「さあ、いこ?」


 クリストファーが俺と同じように手を差し出す。するとロザリアは、「うんっ」と大きく頷いて、嬉しそうに彼の手を取った。


 俺は、虚しく浮いた手をギュッと握った。


「殿下、お待たせしました」

「……ああ」


 クリストファーのにこやかな笑顔がこれ程までに憎いと思ったことは、この時程……いや、この先も何度もあったから、この時が特別とは言えないか。


 俺は先導する為に数歩前を歩く。背中からはロザリアの楽しそうな声が聞こえてきた。時折「危ないよ」と嗜めるようなクリストファーの声が聞こえる度に、眉間に皺が寄った。


 この時程、先を歩いていて良かったと思ったことはない。でなければ、酷い顔をロザリアに見せてしまっていただろうから。


 庭園には、春の花が咲いている。勉強ばかりで庭園に来ることなんて、なかった俺は殆ど始めて見る花ばかりだ。


「わあっ! すてき! お兄様、沢山咲いているわ!」


 ロザリアは、ずっと握っていた手を、するりと離すと我先にと庭園に走った。淡いピンクのドレスがひらりと舞う。くるりと振り返ると、両手を大きく上げて手を振ってきた。


「おにーさまー! 早くー!」


 ロザリアの笑顔はとても眩しくて、俺は一人目を細めた。この時、胸に渦巻くものに名前がついていることを、俺は知らなかった。

















いつもありがとうございます。



64話目にして初めてのアレクセイ編。

もうすこし続きますので、アレクセイの昔語りにお付き合い下さいませ。


久しぶりにロザリアが女の子で、楽しいです。

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