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7.初恋の花3

一部残酷な描写があります。

お気をつけ下さい。

 どのくらい、アレクセイ様の紫水晶を見つめていたかしら?だって、アレクセイ様ったら、まるで物語の王子様みたいなことを言うんですもの。

 優しい月明かりと、花が咲き乱れる庭園。今ここには二人だけ。物語に描かれるには充分な条件。ただ、少し残念なのは、私の格好ね。

 物語だったらこの後、二人寄り添ってダンスを踊るのよ。でも、残念ながら私の格好は男の子。なんだかそう考えたら、とっても滑稽ね。


「クリストファーと本当に似ているんだな」


 すっかり現実逃避していた私の意識を引き戻したのは、優しく頬に触れるアレクセイ様の長くて綺麗な指先だった。あまりにもびっくりして、私は一歩後ろに引いた。

 だって、突然目の前に綺麗な紫水晶の双眸が現れたんですもの。多分私が好きな小説の一ページを思い浮かべてる間に、歩み寄ってきたのだと思うけれど、不意打ちはダメよ。


「……わ、私にご用があったんですよね?」


 頬が熱い。まるで熱でも出たみたいに。お兄様のお熱が移ってしまったみたい。声までうわずってしまった。胸の辺りがドキドキしているわ。


「ああ、前に約束しただろ?庭を案内してくれるって」


 アレクセイ様がぐるりと庭園を見渡す。そう、確かに約束したわ。以前王妃様のお茶会に参加した時に、アレクセイ様に王宮の庭園を案内していただいたことがあったの。その時に『我が家の庭園も素敵な花が咲くのよ』ってアレクセイ様に自慢したら、『次はロザリーの家の庭園を案内してくれ』って言われたんだったわ。


「今……ですか?」


 案内するには暗すぎた。欠け始めた月は、まだ丸々として輝いていたけれど、月明かりだけでは心許ない。それに、お兄様は部屋で熱を出して眠っているんだもの。一人で遊ぶなんてできないわ。


 ほんの少しだけ二階に目をやる。お兄様の様子がわかるわけでもないんだけれど。アレクセイ様はその視線に気づいたのだろう、少しだけ悩むそぶりを見せた後、私の右手を両手で包み込んだ。


「じゃあ、そこで話をしよう? それなら大丈夫だろ?」


 彼の目線の先には椅子が二脚。私は小さく頷いた。アレクセイ様は、まるで王子様みたいに、私を椅子までエスコートしてくれたの。あら、アレクセイ様はれっきとした王子様だったわ。とてもドキドキしてしまったけれど、アレクセイ様にとっては、これが普通なのね。アレクセイ様の手は私のより暖かかった。お兄様もいつも暖かいし、私が特別冷たいのかしら。


「今日はロザリーに会えると思っていたから、別邸で休んでるって聞いた時は、本当に残念だったんだよ」

「私もお兄様からアレクセイ様が来るかもしれないってお聞きしていたので、残念でしたわ。まさか、こちらまでいらっしゃるとは思いませんでしたけど」

「もしかしたら会えるかなって、賭けだったんだけどね」


 アレクセイ様は、悪戯っ子みたいに笑った。

 庭園に椅子とテーブルはあったけれど、紅茶もお菓子も今はない。シシリーにお願いしようとしたんだけど、アレクセイ様が不要だと首を横に振ったの。

 とても心苦しいかったけど、私達は何も用意のない椅子に座ってお話しをした。でも、お茶もお菓子も用意しなかったことに、すぐに後悔したわ。だって手持ち無沙汰なんですもの。お茶にもお菓子にも逃げられないから、ずっと膝の上で手をギュッと握っていたわ。


「それにしても、どうしてその格好なんだ?」


 上から下まで見られると、とても恥ずかしい気持ちになった。だってドレスと違って足の形が出るんだもの。こんなことなら、早く着替えるんだった。


「お兄様のお洋服を着て遊んでいましたの。だから、その……あまり見ないで下さいませ」

「そう言えば妹も私の服を着たがっていたな」

「あら!王女様も?想像できないわ」


 まさか、同じ様にお兄様のお洋服を着ようと思う女の子がいたなんて。お母様には『そんなことするのは貴女だけよ』ってよく叱られるのだ。王女様もなさるのなら、私がやっても良いじゃない?

 王女様は、アレクセイ様の二歳下の可愛らしい方なの。可憐で妖精さんみたいなのよ。初めてお会いした時に、花の妖精だと思ったんだもの。


「ロザリー、次は庭園を案内してくれる?」


 目の前には庭園が広がっている。可愛らしいお花も、美しいお花も咲き誇っているの。次は是非この庭園をゆっくり見てほしい。


「ええ、次は案内させていただきますわ。王宮の庭園にはない珍しいお花もあるのよ」

「へぇ、どんな花?」

「牽牛花って言うの。東の国から取り寄せた朝に咲く花なのよ。私はそれが一等お気に入りなの。アレクセイ様、朝に咲く花を見に来てくださる?」

「ああ、約束だ。その牽牛花を見せてくれ」

「ええ、『約束』ね」


 牽牛花の季節は、もうすぐやってくる。


「それで、牽牛花はいつ頃咲くんだ?」

「あの月が三回程、満ち欠けしたくらい、かしら。夜空に星の河が出来る頃よ」


 月は欠け始めている。あと三回、この丸い月を見たら、本当にアレクセイ様は来てくれるのかしら。


「ロザリーは星が好き?」

「星も花も大好きよ。きっと女の子は皆好きだわ。可憐な花も、美しい星も、沢山の物語を持っているもの。牽牛花にも、とても素敵な物語があるのよ」

「へぇ…教えてくれる?」

「そうね、牽牛花と一緒に教えて差し上げますわ」


 にっこり笑うと、アレクセイ様も笑った。お兄様とは違って元気な笑顔。お兄様の笑顔はもう少し優しいの。お兄様とは違う笑顔にまた胸が高鳴ってる。夜の庭園は静かだから、アレクセイ様に聞こえないか心配。


「あ、アレクセイ様は、星や花はお好きではないの?」

「いや、好きだ。でも月の方が気になるかな」

「月?」

「ああ、月はどうして形を変えるんだろう?月は満ちて、欠けて、隠れて、姿を現わす。誰が本当の姿なのか」


 アレクセイ様が月を見上げた。綺麗な横顔。スッと鼻が高くて、サラサラのプラチナブロンドが風に靡く。

 あまり見つめてはいけないわ。私も月を見上げた。いつもより月が綺麗になってる気がする。不思議。


 月はどうして形を変えるのか。彼の声が、私の中でずっとグルグルと回っている。


「そろそろ、行くよ。母上が心配してるかもしれない」

「ええ、途中まで、お送りします。近道があるんです」


 私は椅子から立ち上がると、アレクセイ様にそっと手を差し出した。アレクセイ様は、目を丸くして、私を見る。やだわ。お兄様にするみたいにしてしまった。恥ずかしい。

 慌てて手を下ろすしたけれど、アレクセイ様は、下ろした私の手を取って、立ち上がった。こちらに顔も向けずに本邸に向かった。アレクセイ様の表情はこちらからは見て取れない。でも、良かったわ。きっと今、私の顔は熟れた林檎の様に真っ赤だもの。


 私は本邸にの近くまでアレクセイ様をご案内した。アレクセイ様がリードしてくれていたから、これを案内と言って良いのかはちょっと難しいところだけれど。

 こんな格好だから、中までは入れないの。だから、近くまで。アレクセイ様は、お兄様のふりをすれば大丈夫だとおっしゃったけど、お母様にバレたら叱られてしまうもの。


 でも、アレクセイ様と別れる前に、本邸の方から男の人が歩いて来た。ここからでは、顔ははっきりと見えない。きっと、アレクセイ様を捜しに来たのね。私は慌てて、アレクセイ様から手を離す。だって、男の子同士で手を繋いでるのは、ちょっと変だもの。


 アレクセイ様のは男の人を見つけると、私の方を見た。


「じゃあ、また」

「ええ、『約束』ね」


 アレクセイ様の背を見送る。ちょっと寂しいけれど、次の約束が楽しみだった。


 男の人は、アレクセイ様を見ると、腰を折り礼をした。アレクセイ様は彼の元に歩いて行く。侍従かしら?


 でも、ちょうど月明かりで、背中に回された彼の手元がキラリと光った時、思わず私は走っていた。どうしようとか、何をしたらいいのかとか、そんなことは考えられなかった。ただ、必死に、アレクセイ様に向かって走った。

 声を上げてアレクセイ様を呼びたいのに、声は出なかった。

 振り上げられた男の腕、呆然と見上げるアレクセイ様の瞳。私は地を蹴って、アレクセイ様に飛びついた。


 気づいた時には、左肩がとってもとっても熱くなった。どこからか、叫び声が聞こえる。何て言ってるのかはわからなかった。最後に覚えているのは、男の歪んだ顔と、手に握られた短刀。


 次に目を覚ました時には、お兄様の心配そうな顔があって、私の左手を不安そうに握っている。私はその時、ようやく悲鳴を上げたの。


 月は欠けて、隠れて、また満ちた。三度繰り返して、私は約束の花を一人で眺めることになった。きっと、約束を破ってしまったアレクセイ様は、私のことが嫌いになってしまったわね。

 私の大好きな恋愛小説で、ヒロインが言っていたわ。


「初恋は実らない」


 朝露で濡れた牽牛花が、鮮やかに咲いた。

牽牛花…朝顔のことです。

十歳の頃の回想はこれで終わりです。

次からは十五歳に戻ります。

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