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52.三通の招待状1

「お茶会?」


 私が小首を傾げると、お兄様は大きく頷いた。まだ夢の中かと思って何度か目を瞬かせ、頬をつねってみたけれど、しっかりと痛覚はある。夢というわけでは無さそうだ。


「そう、お茶会。さすがに夜会に出歩くのはまだ難しいとお医者様に言われてしまったわ」


 肩を竦めて、心底残念そうにお兄様は言った。


「私、大分良くなったのよ」

「毎日熱を出していたのに?」


 にっこりと笑うお兄様に、私は顔を歪ませた。辛そうに熱と戦うお兄様の姿を、私は毎朝見ている。秋に比べて頻度が増えたよう思えた。到底「良くなった」とは思えない。


「お兄様、ごめんなさい。昼間はお母様に女性としての所作を教えていただいたり、沢山練習していたから、疲れが出てしまっていたみたいなの。いつも、少し休めば治るのよ」


 私の心情に気づいてか、お兄様がそっと私の両手を握った。お兄様の手の温もりが、じんわりと伝わってくる。


「……本気?」

「ええ、勿論。このお茶会が終われば、噂は一度落ち着く筈よ。もう、お兄様一人で戦わなくて良いの。私も仲間に入れてくださる?」


 お兄様の握る手が強くなる。お兄様は殿下の恋文の噂も、『クリストファー』が双子の妹を心配しているという噂も、全部知っていた。それどころか、レジーナがロザリアの入れ替わりを疑っていることまで知っていたのだ。


 なぜそんなことを、と問いただせば、お兄様は悪戯っ子みたいに笑った。


「ウチには、情報収集に長けた優秀な侍女がいるじゃない?」


 シシリーのことだ。私が忙しく動いている間に、優秀なシシリーは、外で様々な情報を得ていたようだ。それを聞いたお兄様が、今回のお茶会を思い至ったという。


「昨日、レジーナ嬢に肩の傷を見られたかもしれない」

「やっぱり、昨日の大雨はレジーナの仕業だったのね?」


 頷けば、お兄様は顎に手を当て考え始めた。


「肩の傷自体は『クリストファー』が負ったモノということになっているから、真実を知っているアレクセイ様にバレなければ、問題ない筈だわ」

「見えたかどうかは定かではないけどね。今思えば、彼女は酷く驚いていたから、多分見られたと思うよ」


 目を大きく見開いて、私を見たレジーナの顔を思い出す。あの顔は驚きに満ちていた。まるで、見る筈のないものを見つけたかのような。


「問題は、レジーナがそれで納得するかね。レジーナを納得させる為にも、お茶会は早い方が良さそうね」


 お兄様の真剣な横顔を、まじまじと見つめた。チェスをしている時と同じ顔だ。久しぶりに見た気がする。


 私の視線に気づいたお兄様は、真剣な顔を崩して、にっこりと笑った。


「妹の友達になってくれそうな……そうね、噂が大好きな女の子三、四人に声をかけて欲しいの。その子達がきっと『ロザリア』の話を広めてくれるわ」


 約一年、男として生活してわかったことがある。女の子と言うのは、噂話が好きらしい。この条件で頭に浮かぶ令嬢など沢山いた。


 さて、誰を呼ぼうかしら……。


「お兄様、アレクセイ様には絶対に秘密よ。彼が来たら話がややこしくなってしまうもの」


 お兄様、それは無理難題だわ。


 私はお兄様の笑顔に、頭を抱えた。噂話が大好きな口の固い令嬢なんてこの世界に存在するのか。この条件は正に盾と矛だ。


 楽しそうに笑うお兄様に、私は「無理」とは言えなかった。















 用意した招待状は三通。その一通を胸ポケットにしまって、私は夜会に参加した。


 色とりどりドレスを身に纏う淑女を目で追う。彼女達は、チラリチラリとこちらの様子を伺っている様だった。


 どの子にしようかしら。


 まるで、悪いことを企んでいる様で気が引ける。年の頃が近い方が良いとは思うのだけれど、それでも数は大分いる。悩みに悩んだというのに、決められない。


 仕方ないわ。五人目に踊った人にしましょう。


 私は運命に身を任せることにした。ダンスが始まれば、いつもの様に声をかける。最初は、偏りがない様に気を使っていたけれど、途中で面倒になった。最近は目についた子を誘う様になった。


 一人目の令嬢と他愛もない話をしながら、一曲踊る。すぐに二人目の令嬢に声をかけた。いつもの様に、三人目、四人目とダンスを踊った。そして、四人目の令嬢から離れた時に、近くにいた少女に声をかける。


「レベッカ嬢、お久しぶり。良かったら一曲いかがですか?」

「クリストファー様……! よろこんで」


 レベッカに手を差し出すと、可愛らしい笑顔で私の手を取った。比較的緩やかな音楽に合わせたダンスは、会話がしやすい。


「クリストファー様、最近お忙しそうですね。ウィザー公爵夫人から、王太子殿下の手伝いをしたいるとお聞きしました」

「そうだね。一年前は毎日暇だったのに、驚いているよ」


 寝て、起きて、お兄様とチェスをして。読書をしたりお勉強をしたり。緩やかな一日だったことを思い出す。


 レベッカは、少し不安げに私を見上げた。


「お体の方は、大丈夫ですか?」

「実は昨日、熱を出してしまったんだ」

「まあ! 大丈夫なのですか?」

「大丈夫。すぐに良くなったよ」

「良かった……」


 心底安心した様子のレベッカに、私は思わず笑ってしまった。まるで自分のことの様だったんだもの。


「クリストファー……さま?」

「ああ、ごめんね。そんなに心配して貰えるなんて思ってもみなかったから」


 笑うのを止め、微笑んで見せると、レベッカは恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「ありがとう」

「い、いえ……」


 レベッカは顔を下に向けてしまったけれど、耳まで真っ赤だった。


 きっと、笑われたのが恥ずかしかったんだわ。申し訳ないことをしたわね。次は笑わないように気をつけなくちゃ。


 そろそろ一曲分のダンスが終わる。ダンスが終わる前にレベッカを会場の外に誘わなくてはならない。


「ねえ、少し休まない?」


 気を配りながら、そっとレベッカの耳元で囁いた。レベッカは、体を強張らせたけれど、すぐに私の方を向いて、目を見開いた。


 ダメかしら?


 小首を傾げて見れば、赤くなった頬のまま、コクン、と一つ頷いた。


 私は、レベッカを誘導しながら、ダンスホールを抜けて、庭園へと出た。冬の庭園に先客はおらず、レベッカと二人きりだ。


 今ならこっそり招待状が渡せるわ。


 レベッカを見ると、少し寒そうに身を震わせていた。この寒空だ。ドレスでは流石に寒いのだろう。私は、上着を脱ぐと、そっと彼女の肩に掛けた。


「ごめんね、寒い?」

「い、いえっ! でも、クリストファー様の方が……」

「私は大丈夫だから。ね?」


 心配そうに見上げるレベッカに、私は頭を横に振った。折角掛けた上着を外そうとするものだから、私はもう一度、彼女の肩にしっかり掛けて、にっこりと笑った。


「……ありがとうございます」


 レベッカは、白い息を吐きながら、肩から掛かった上着の襟の部分をギュッと握りしめた。


 用件をさっさと伝えて、暖かい所に行きましょう。


「実はね、レベッカ嬢にお願いがあるんだ」

「お願い……ですか?」

「そう、聞いてくれる?」

「勿論です!」


 強く頷いたレベッカの琥珀色の瞳は、頭を撫でた時のマリーの瞳に似ていて、とても可愛い。思わず笑みがこぼれて、頭を撫でてしまった。


「ありがとう。とりあえず、座ろうか」


 私は庭園に備え付けられたベンチに視線で促した。


 二人がけのベンチに並んで座ったけれど、レベッカは下を向いたままだった。こちらを向くまで少し待とうかと思ったけれど、その間にも冷たい風が二人を取り囲む。


「実はね、うちでお茶会をしたいなと思っているんだ」


 仕方なしに話を切り出せば、レベッカは視線を私に移した。ちょっと驚いた様子だ。


 それもそうね、突然だもの。


「お茶会ですか? ウィザー公爵夫人の?」


 レベッカは、小首を傾げた。それもその筈だ。彼女は、レガール伯爵夫人とお母様のお茶会に来ている。けれど、招待されているのは夫人であって、レベッカではないのだから。


「いや、母上ではなくて、私がね」

「クリストファー様が、ですか?」


 レベッカは、大きな瞳を何度も瞬かせた。


「そう、ロザリー……いや、妹の調子が最近良いんだ。さすがに外には出られないから、うちでお茶会でも……と思って。良かったら来てくれないかな?」

「そんな大切なお茶会に参加してもよろしいのですか?」

「勿論、妹と友達になってくれる?」

「はいっ!」


 元気の良い返事が返って来て、本当に良かった。もし、断られてしまったら、別の女の子を外に連れ出さなくてはいけなくなるもの。


「そうだ、招待状」


 招待状は、左の内ポケットにしまってある。私は自らの左脇に手を差し入れた。しかし、宙をきってしまう。


「ごめんね、そっちだった」


 上着はレベッカの肩に掛かっている。その左の内ポケットにしまってあったのだ。


 私は、レベッカの羽織る上着のポケットから封筒を取り出した。レベッカは、恥ずかしそうに、肩を震わし、目を潤ませている。


 ああ、やってしまった。そうよね、男が突然近づいて来たらびっくりするわ。


「ごめん、軽率だったね」

「いえ、ちょっと……びっくりしただけで……クリストファー様なら……」


 最後の方は声が小さくて聞き取れなかったけれど、大丈夫だという旨が言いたかったようだ。


 私は改めて、彼女の目の前に招待状を差し出した。レベッカは、おずおずと、その招待状を受け取ってくれた。


「あ、そうだ。この事はお茶会が終わるまで秘密にしておいて欲しいんだ」

「へっ?! ふ、二人だけの、秘密……ですか?」

「ん? うん、そうだね?」

「は、はい……」


 レベッカは、唇をギュッと噛み締め、頷いた。そこまで重要な秘密というわけではないのだけれど、この様子なら、他に口外することは無さそうだ。


 わたしは、ホッと胸を撫で下ろした。






いつもありがとうございます。


あと二人の招待状の行方はいかに……!


明日も更新する予定です。

よろしくお願いします。

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