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49.噂の真相

 今日もお兄様は熱を出した。寒くなれば寒くなる程、ベッドに縛り付けられるような生活をしている。「昼間は元気なんですよ」というシシリーの言葉が、ただの慰めにしか聞こえない。


 後ろ髪引かれる中、私はアカデミーの門を潜った。いつも通り、王室専用サロンに迎えに行くと、二人の護衛官が迎えてくれる。


「おはようございます。クリストファー様」

「おはよう。アレクは中?」

「申し訳ありません。アレクセイ王太子殿下は、本日御休みです」


 そういえば、昨日、今日はいないと殿下から聞いていた。すっかり忘れていた。


「ああ、そうだった。忘れていたよ。アレクがいなくてもここに立っていないといけないなんて、ご苦労だね」


 主人が来ることのない部屋を守ることにどれ程の価値があるのか。殿下が休みの日くらい休みにすれば良いのに。


「ありがとうございます。アレクセイ王太子殿下の不在時も、クリストファー様はご自由に使用していただいて構いません。中で休まれますか?」


 護衛官が、扉に手をかけた。私は慌てて首を大きく左右に振って、その手を制した。


「ありがとう。今日は遠慮しておくよ」


 殿下がいないのなら、ここに来る必要もない。私はその足で、教室へ向かった。


 教室に行けば、昨日の夜会に招待されていた令嬢達に囲まれた。昨日話したばかりのことを、復習するように話す行為には、何か意味があるのか。それは未だにわからない。


 昨日は、ゴードン伯爵家の夜会、その数日前には、エーデル伯爵家の夜会に参加している。本当は参加するつもりなんてなかったのだけれど、お父様の仕事が忙しくて、なかなか社交の場に顔を出せていない。そこで白羽の矢が立ったのが私だ。お母様も昼間のお茶会など、忙しくしている。私ばかり、家でゆっくりしている訳にもいかなかった。


 正直に言えば、できるだけお兄様の側についていたかったのだけれど。


 お父様の仕事が忙しくなるのと比例して、殿下も忙しくなった。目の下に隈など作ってくるものだから、心配してみれば、あれよあれよと言う間に王宮に連れて行かれ、気づけば私も少しずつ、執務を手伝うようになっていた。


 結果、私はアカデミーと王宮、そして社交と忙しく飛び回り、毎日、お兄様が眠りについた頃に屋敷に帰る生活をしている。


 私は、漏れ出そうになった欠伸を噛み殺しながら、隣の令嬢の話に耳を傾けた。


「ロザリア様はお花が好きだとお聞きしましたので、よろしかったら、こちらを差し上げてはいただけませんか?」


 取り出したのは、押し花で作ったしおり。可愛らしいささやかな贈り物に、胸が温かくなる。私は、にっこり笑って受け取った。


「ありがとう。ロザリー……妹は本を良く読むから、きっと喜ぶよ」


 最近『ロザリア』の話題が良く出る。やはり、恋文の影響が大きいのかもしれない。


 そういえば、先日のエーデル伯爵邸で行われた夜会でも、『ロザリア』の話を持ち出されたわ。


「ロザリア様の体調、早く良くなると良いですね」

「ありがとう。そうだね」


 窓の外、そのずっと先、ウィザー家の別邸に想いを馳せる。


 お兄様はまだ眠っているのかしら?


 窓の外では、雪がはらはらと降り始めていた。







 静かな図書館の光も届かない様な書庫。奥の奥のそのまた奥。殆ど誰も足を踏み入れない場所がある。光の届かない書庫の中で、唯一光り射す庭。私はそこを密かに「楽園」と呼んでいる。年代物の絨毯と長椅子が鎮座する光り射す楽園は、アカデミーの中で私のお気にりの場所となった。


 ここにいると、誰も私には声を掛けないのだ。いや、一部の人を除いてではあるけれど。


「貴方、うまくやったわね」


 優しい光りに照らされながらの読書を邪魔したのは、数少ない友――アンジェリカだ。腕を組んで見下ろす様は、正に女王様の名に相応しい。思わず最上の礼をする所だ。


 半分程読み終えていた本を、パタンと閉じる。彼女の言葉の意味がわからなくて、私は小首を傾げた。返事よりも早く、眉がピクリと反応する。


「夜会のことよ」


 何やら話は長くなりそうだわ。


 ここには、残念ながら長椅子が一脚しかない。私は、右側にずれて、アンジェリカの場所を作ると、アンジェリカは当たり前の様に隣に座った。


「夜会?」

「ええ、皆さん随分貴方に肩入れしているじゃない?」


 私はもう一度小首を傾げた。何の話をしているのか、私にはよくわからなかった。予想していた反応と違ったのか、アンジェリカの眉間の間に今にも皺ができそうだ。


 これは、まずい。


「貴方の策略じゃないの……?」

「何の話?」

「貴方の妹の話よ」

「ああ、たしかに、最近皆ロザリーの話ばかりだね。そんなに殿下の恋文の相手が気になるのかな?」


 私が顎に手を当てて考えていると、隣から大きなため息が襲ってきた。


「感心した私が馬鹿だったわ。まさか偶然だったなんて……」


 それは正に、飽きれていると言わんばかりの声色だ。その後も、ブツブツと何やら言っている。


「アンジェリカ嬢、わかりやすく言って欲しい、な」


 にっこり笑って誤魔化せばどうにかなると思ったけれど、彼女は天下の女王様だ。他の令嬢の様にはいかない。彼女はわかりやすく顔を歪ませた。


「つまりよ。貴方は、エーデル伯爵邸の夜会で、うまく令嬢に『ロザリア・ウィザー』の話を振らせたのでしょ?」


 アンジェリカは、まるで物語でも語るかの様に、話始めた。


 曰く、かのクリストファー・ウィザーは、エーデル伯爵邸の夜会の最中、美しい花を見ながら、その麗しい顔に憂いを浮かべた。近くにいた、とある令嬢は、クリストファーに想いを寄せていた。何とか一言でも話を、と思った彼女は、決死の覚悟で、憂い顔のクリストファーに声を掛けた。


『クリストファー様、そのお花が好きなのですか?』


 彼女が問えば、クリストファーは花から目を離し、少しだけ困ったように笑ったという。


『ああ、私ではなくてロザリー……妹のロザリアが好きなんだ。見せてあげたいな、と思ってね』


 寂しさの混じるその笑顔は、きっと病気の妹のことを思い出しているのだろう。と、周りにいた誰もが想像できた。


『ロザリア様は……その、ご病気だとお聞きしましたが……』


 一人の令嬢が遠慮がちに聞くと、非難する様に周りは騒めいた。けれど、それを制するように、クリストファーは静かに頷いた。


『そうなんだ。今日も熱を出して部屋で寝込んでいる』


 そっと瞼を閉じるクリストファーの長い睫毛は、哀しさに震えていた。その日、エーデル伯爵邸の夜会に参加した皆が、クリストファーの妹、ロザリアの快方を願った。


「……どこから突っ込みを入れればいいかな?」


 私は、アンジェリカの語りに、片眉を上げざるを得なかった。彼女は、まるで見てきたかのような口ぶりだ。


「君はあの夜会にはいなかった筈だけど……」


 何故、そこまで詳しく知っているのか。一語一句間違っていないとは言わないけれど、会話の内容はそんなものだと思う。間の描写説明が少し不可解だったけれど。


「あら、皆さんが教えてくれたわ。女の情報網を舐めない方が良いわよ。特に貴方の情報は、誰もが狙っているんだもの」


 ふふふ、と笑うアンジェリカの顔は、可憐な令嬢の物ではない。なんと悪役の様に笑うのか。まるで悪事がうまく行ったかのようだ。


「それで、これのどこがうまくやったって?」

「この日を境に、貴方達双子を擁護する意見が増えたのよ。だから私はてっきり、その綺麗な顔を使って女を味方に付ける作戦に出たかと思って、貴方の腹黒さに感心していたの」


 まさか、偶然だったなんて。と、彼女はもう一度ため息をついた。


「それに最近夜会で、手当たり次第に声を掛けているそうじゃない。声を掛けられた方は、満更じゃないって感じで、完全に『クリストファー様親衛隊』よ」

「何その親衛隊っていうのは」

「さあ? 誰かが言っていたわ。影ながら応援する会があるそうよ」


 これ以上、話を掘り下げたら大変なことになりそうだ。と、本能が叫んでいる。とりあえず、親衛隊というのは忘れよう。私が小さくため息をつくと、またもや悪役みたいな笑みで私を見た。


「まあ、せいぜい妹の為に親衛隊を増やしておきなさいな」







いつもありがとうございます。


明日の更新は時間がズレるかもしれません。


2018.03.29付けの活動報告にブックマーク100件お礼の小話を投稿しました。


1000文字程度のさらりと読める内容となっておりますので、暇で暇で仕方ない方は是非のぞいてやってください。


よろしくお願いします。

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