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閑話4.シシリーの恋のお相手2

 私のよりもちょっと冷たい手が、優しく手を包み込み、彼は私の隣を歩く。背の低い私の為に、歩幅を合わせる辺りが、女性に人気が出る理由かもしれません。


 女性だからこそ、女性のことが良くわかっているのは百も承知ですが、優しくされて嬉しくないわけがありません。


 隣を歩くクリストファー様の顔に視線を向ければ、すぐに気づいて、気遣わし気に小首を傾げるのです。


 その一つ一つの動作に、世の女性は吸い込まれてしまうのでしょう。私は彼が、いいえ、彼女がどんなに麗しい貴公子に見えていても、本当は女性だと知っておりますから、ドキドキはしても恋は致しませんとも。


 だから、こうやって手を繋いでいるからと言ってた、困ることはないのです。女の子同士で手を繋いでいるのと変わらないのですから。


「馬車だとすぐなのに、歩くと結構かかるんだね」


 屋敷の抜け道を使い、私達は表へと出ました。貴族街の中でも、王宮に近い所に土地を持つウィザー家から、市民街はあまり近くはありません。


 しかし、ウィザー家の馬車を使うわけにはいきませんから、私達はただ歩きます。私は外出の度にこの道を歩いているのですが、普段馬車を使うクリストファー様には少し大変かもしれませんね。


「疲れましたか?」


 帰りましょうか?と言いたい気持ちを抑えて、声を掛けると、クリストファー様は首を横に振りました。


「全然。それよりもワクワクしているよ。冒険に出ているみたいだね」


 そういえば、最近クリストファー様は、冒険小説にも手を出していらっしゃるみたいなのです。何でも、「男の子なら誰しも読むものだから」と仰っておりました。


 まあ、冒険ではなくてただ街に出るだけなのですが、未知の領域に足を踏み入れる感覚は、確かに冒険なのかもしれませんね。


 はしゃぐ姿は子供の様で、私まで顔が綻んでしまいます。街に着いたら、初めての景色にどんな顔をするのでしょうね。







 王都は王宮を中心に円状に広がっております。もし空を飛ぶことができたなら、白亜の城を貴族街がぐるりと囲み、その周りを市民街がぐるりと囲んでいるそうです。残念ながら羽を持ち合わせておりませんので、見たことはございません。


 貴族街と市民街の境目には、大きな煉瓦造りの塀で絶たれ、東西南北四つの門からしか行き来ができません。


 その門は、別段兵士が出入りを管理しているなどということもないのですが、緊急時には門が閉ざされることになっております。緊急時とは、戦争などで攻められた時などでしょうか。


 近年は、戦争などもない平和な世が続いておりますから、貴族街から市民街の行き来は、実に簡単でございます。ただ、市民が貴族街にいるのは少しばかり目立ちますし、逆もまた然りです。


 ウィザー公爵家からは南門が近く、私も南地区で休暇を過ごすことが多くあります。


 市民街の中でも、南地区はとても治安が良いことで有名ですので、その影響もあって活気付いております。


 南門をくぐると、そこは一変。大小様々な店が立ち並び、人が行き交う繁華街となります。


 門の周辺は時々貴族も立ち寄ることが多いことから、多くの商人が店を並べます。市民には少し敷居は高いけれど、貴族には手の出しやすい物が多く並べられているのが、南門周辺の特徴です。


「これは、凄い」


 クリストファー様はいつもの澄まし顔すら忘れて、建ち並ぶ店を楽しそうに見ております。


「さあ、リスト様、迷子にならない様に気をつけて下さいね」

「そうだね、私が迷子にならないように、絶対に手は離さないでね」


 私を見て含みのある笑いを見せると、ギュッと手を握られてしまいました。ああ、まだ『シシリーに片想いしている商人の息子』の設定を引きずっていられるのですか。


 既に弄ばれている気すら致します。


「先日お話ししたカフェはこの先にございます。結構歩きましたし、まずはお休み致しましょう」

「そうだね。楽しみだ」


 クリストファー様と一本道を歩く。右手はしっかりと握られております。いつもの調子を取り戻したのか、優雅に街並みを見始めた頃、私は今まで感じたこともないような視線を感じてしまいました。


 街行く女性や、店先にいる女性の視線が刺さるのです。痛い程の視線ですが、クリストファー様は気にしていないご様子。


「リスト様は凄いですね」


 思わず呟いた言葉の端が、クリストファー様の耳に届いたのでしょう。首を傾げて、聞き返してきました。こともあろうか、私の口元まで耳を近づけて。


 より一層の視線を頂戴したのは言うまでありません。


「リスト様はよくこの視線に耐えられますね」


 耳元で思ったことをそのまま伝えると、困った様に眉を下げて、肩を竦められてしまいました。もしかして、クリストファー様もこの視線は辛いのかもしれません。


 突き刺さる視線から逃れる様に一本道を抜けると、少しだけ辺りが静かになりました。


「あちらが目的地です」


 先に見えるお洒落な朱色の屋根の建物を指して、クリストファー様を見上げると、笑顔を返されました。


「季節の果物を使ったケーキが美味しいカフェですから、楽しみにしていて下さい」

「それは楽しみだな」


 まだ早い時間でしたから、すんなりと席に着くことができました。


 普段と違ったことと言えば、入った瞬間、視線がクリストファー様に集まったことでしょうか。ただそこに存在しているだけで視線を集めるのはさすが、と言うべきでしょうか。


 席に着いた後も、視線が集中しておりましたが、クリストファー様はどこ吹く風。周りの視線など物ともせず、にこにこと私を見ています。


「シシリーの好きなものを頼んで」


 女性が言われたい言葉をさらりと言う辺り、さすがクリストファー様と言いたいところですが、どうせ何が何だかわからないから私に任せようという魂胆なのでしょう。


 しかしながら、そんなことなど知らない周りの女性達は、「いいなぁ」と口々に囁いております。


「そんなこと言ってると、一番高い物を頼みますよ?」


 メニューを見ながら、口角を上げて見せれば、逆に笑顔を返されてしまいます。


「今日は私の支払いなんだから、遠慮しなくていいんじゃないかな」


 そうですよね。クリストファー様の支払いなら、この店の物を全て注文しても痛手にもならないでしょう。何てったって公爵令息。しかし、そんな事情など知らない少女達は、彼の太っ腹な物言いに羨望の眼差しを向けるわけでございます。


 悔しいかな、私にはクリストファー様が『リスト役』を楽しんでいるようにしか見えません。いいえ、きっと楽しんでいるのでしょう。仕方ない。私もクリストファー様が勝手に付け加えた『商家の次男リストに気に入られて困っているシシリー役』を演じるといたしましょうか。


 私は二人分のケーキと紅茶を注文させて頂きました。クリストファー様がお好きなプラムを使ったケーキを注文したのは、私の優しさです。


 店の女性達がクリストファー様をチラチラと見ては、連れとコソコソとお喋りしています。ちょっと髪色を変えて、眼鏡を掛けたくらいではクリストファー様の美しさは隠せませんよね。次出かけるときは頭巾でも被ってもらいたいものです。


「お待たせ致しました。プラムのケーキとポワールのケーキでございます」


 私達に挟まれたテーブルに、二つの可愛らしいケーキが置かれました。旬の果物を使ったケーキを二種類。紅茶と一緒に運ばれてきました。


 教育された侍女とは違いますから、給仕の所作は褒められたものではありません。クリストファー様が不快にならないか心配だったのですが、杞憂に終わりました。


「ありがとう」


 いつもの特大級の笑顔で、店員の頬を赤くさせているのですから。


「リスト様はどちらがよろしいですか?」


 プラムとポワール。私の予想ではプラムです。大好物ですから。毎年秋になると、プラムを口いっぱいに入れて幸せそうに微笑む姿を十五年見てきましたから。


 しかし、クリストファー様は即決などせず、少し悩むそぶりを見せました。そして、何か思いついた様に、少しだけ口角を上げたのです。


「一口づつ、頂戴」


 クリストファー様はそれだけ言うと、私をジッと見ております。テーブルの上にはナイフもフォークもあるというのに。


 まさか!


 しかし、時既に遅し。私が()()()()()()()()()と口を開く前に、クリストファー様の口が開きました。


 クリストファー様は、何かを伝えるために口を開いた訳ではございません。待ちの姿勢。


 力無く睨んでも何のその。開けた口を閉じてはくれない様です。


 意を決して、一口大に切り取ったポワールのケーキを、口に放り込めば、満足気に咀嚼しております。


 周りからは騒めきが起こりました。ああ、穴が有ったら入りたい。その上に土をかけて貰いたい。


 しかし、まだプラムのケーキを食べさせると言う試練が残っております。ですが、ここで負ける私ではございません。


 私はプラムのケーキを一口自分の口に放り込むと、残りの皿をクリストファー様に渡しました。


「リスト様はプラムがお好きでしょう?私は一口いただいたので、残りはお食べ下さいませ」


 にっこりと笑って見せました。私の勝ちですよ、と言う意味を込めて。


 目を丸くしたクリストファー様を見たときは「勝った」と素直に思いましたとも。しかし、一筋縄ではいかないのがクリストファー様です。


 目を丸くしたのは一瞬。すぐにニヤリ、と口角を上げました。


「嬉しいな。シシリーは私の好みまで把握してくれているんだね」


 そして、クリストファー様は上品にプラムのケーキを食べ始めました。


 正に試合に勝って勝負に負けたとはこのことです。


 クリストファー様は、今後参考書の利用を控えて貰いたいと思うシシリーでございました。


 その後? そうですね。私がカフェを出ても尚『シシリーに片想い中のリスト役』に徹したクリストファー様によって、大いに振り回されたお話はまた後ほどと致しましょう。


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