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閑話3.シシリーの恋のお相手1

書きたかった閑話を挟ませていただきました!

時期は少し遡ってデビュー前、秋頃の話です。


シシリー視点です。

 清々しい朝。高い高い空が秋を思わせる。連日王宮に通われるクリストファー様も、今日はお休みのようで、朝からゆったりと過ごされておりました。


「久しぶりにシシリーの話がゆっくり聞きたいな」


 なんて、他の女性が聞いたら卒倒しそうな甘いお茶会の誘いを断れる訳もなく、私はクリストファー様とのお茶会を始めたのでございます。


 お気に入りの茶葉と、バターがふんだんに使われている甘いクッキー。侍女である私は、仕事中ですので本来ならば頂けないのですが、クリストファー様はそれを良しとは致しません。


 私がクッキーを断れば、どこで覚えてきたのか、綺麗な長い指でクッキーを掴み、私の口元に持ってきてにっこり笑うのです。


「ほら、お食べ?」


 そんなことを一度されてからと言うもの、私は心を無にしてクッキーを頂くことにしております。これも仕事。そう、仕事の内なのですから!


「この前の休みは何をしていたの?」


 クリストファー様は私の話を聞きたがります。しかも聞き上手でして、クリストファー様と話しをすると、私は冗舌になってしまいがちなのです。


「先日は市民街で、友人とカフェに行ってまいりました」

「カフェ?」

「ええ、最近できたのですけれど、紅茶やお菓子、ケーキが楽しめるお店です」

「へえ、店で?」

「はい。クリストファー様には珍しいかもしれませんけれど、市民街にはそういうお店で食事が楽しめる所は多くございますよ」


 貴族は腕の良い料理人を屋敷にかこっておりますから、あまり外での食事には馴染みはございません。外に食事に行くと言えば専ら他家に招待された時でございます。


 市民街で有名になれば貴族の家に呼ばれたり、専属の料理人として契約していただけたりということもありますので、市民街の料理店はなかなかに多いのでざいます。


「へえ、カフェか」


 クリストファー様が紅茶を一口飲み、物思いに耽ってしまわれました。これはマズイ。私の第六感が警笛を鳴らします。


「シシリー」


 ティーカップを静かに置くと、クリストファー様はとても良い顔でにっこりと笑いました。立っていたならば、私は後退りをしているところでしょう。悲しいかな、私は背もたれのある椅子に座っております。


「どうしたのかな? シシリー。そんなに慌て」


 そうですね、クリストファー様は笑顔で私の名前呼んだだけ。しかし、これがどれ程怖いことか、きっと誰もわかっては下さらないでしょう。


「い、いえ。ナンデモアリマセン」

「そうかい?なら良かった。ねえ、シシリー。私もカフェというのに行ってみたいな」


 ほらね。予想通りでございます。私はカフェの話をしたことを大変後悔しております。なぜあの時カフェの話などしてしまったのか。


 そう、彼は物静かで心優しい美少年の仮面を被っておりますけど、ついこの間まで好奇心旺盛でちょっとお転婆な少女だったではありませんか。


 私は封印されていた好奇心を起こしてしまったのです。


「クリストファー様、市民街は貴族の子息が行くようなところでは」

「でもね、シシリー。私が読んだ小説では皆、変装して市民街に出るんだよ?」


 ああ、なんて無慈悲な。まさか、参考書が後押しになるとは思ってもみませんでした。確かに、恋愛小説には良くございますね、お忍びで市民街にデートをしに行くシーンが。


「変装となると準備が必要です。クリストファー様は最近忙しいですし、なかなか」

「ありがとう、シシリー。私を心配してくれて。でもね、今日から七日、アレクは視察で王宮を離れているんだ。つまり?」


クリストファー様のそんな悪い顔、あまり見ることができませんね。私には悪魔の微笑みのようでございます。


「七日間お休みなのですね……。わかりました。腹をくくりましょう」

「さすが、シシリー。大好きだよ。それじゃあ、三日後はどうかな?母上がその日はお茶会に招待されている筈だからね」


 なるほど、奥様に内緒でお出かけをしようというのでございますね。良くわかりました。


「ええ、わかりました。三日後までは大人しくなさってて下さいね」

「勿論」


 クリストファー様はそれはそれは、素敵な笑顔で私を見ました。旦那様も奥様もロザリア様も、クリストファー様には甘い甘いと思っていましたが、どうやら私も甘いようです。






 三日なんて本当にあっという間に過ぎていきます。クリストファー様は私との約束を一切表に出さず、久しぶりの休暇を満喫していらっしゃるご様子です。


 余りにも自然すぎて、もしかしたら約束なんて忘れているのでは?と、思ったこともございましたが、そうは問屋が卸しません。


 本日朝から待っていましたと言わんばかりの笑みを向けられてしまいました。


 私は二人きりの部屋で、用意した洋服をクリストファー様に手渡しました。


「へえ、これが庶民の服?」

「はい。さすがにクリストファー様が庶民の格好をしても違和感しかありませんから、商人の息子をイメージさせていただきました」


 パンツとゆったりとしたシャツ、洒落っ気を出すために今流行りのベストも用意させていただきましたとも。


 楽しそうに洋服を広げるクリストファー様は無邪気そのもの。これくらいなら手伝う必要もなく、難なく一人で着ておりました。


 キッチリと上まで閉められたボタンを敢えて開けて見せると、目を丸くして驚いていらっしゃいます。普段は上品に、着こなしているクリストファー様から見たら少しだらしがない様にも見えるかもしれませんね。


 サラシが見えないようにインナーを用意しておりますから、少し大げさに前を開けていても問題はありません。少し砕けたように着るだけで、いつもよりも色気が溢れているような気がいたします。


 しかし、その飴色の髪の毛はやはり目立ちそうです。私は念の為にと用意していた、とっておきをクリストファー様に差し出しました。


「これは?」

「一日染めです。これを使えば、一日だけ髪の毛が茶色になります。水で洗えば元に戻りますので、ご安心下さいませ」


 されるがままのクリストファー様の髪の毛に、染料を塗り込んでいけば、たちまち飴色の髪の毛が茶色へと変化していきます。


 髪の毛がふわふわなのは変わりませんが、パッと見の印象は随分と変わりました。


 クリストファー様も満足気に髪の毛を触りながら、鏡の中の自分を見ております。


「これでおしまい?」


 小首を傾げるクリストファー様に、最後の変装道具、眼鏡を装着し、私は大きく頷きました。


「こちらで終了です」


 私の目の前にいるのは、流行りの格好をした少し軟派にも見えそうな青年。茶色の柔らかな髪と、少し砕けた着こなしが彼を軟派に見せている代わりに、眼鏡で抑えめにしております。


 気持ち的にはやりきった私は、もう全部脱がせて「おしまい」と言いたいところですが、ここからが本番なのです。


「さて、クリストファー様、今日の設定ですが」

「うん、商人の息子だっけ?」

「はい。ウィザー家に出入りしている商人の次男、久しぶりに父親のいる王都に来たので、縁あってウィザー家の侍女シシリーが王都を案内することになった。というのはいかがでしょう?」


 その目立つ容姿です。髪の色を変えて眼鏡をしたって目立つものは目立ちますから。市民街の誰も彼を知らなくても問題なくて、歩いたことがないのも仕方ない設定を考えさせていただきました。クリストファー様は、素直に私の与えた設定を反芻しております。


「ああ、わかったよ。シシリー。今日はよろしく」

「はい、クリストファー様」

「さすがに『クリストファー様』はまずいんじゃないかな?」

「そうですね、私がウィザー家の侍女であることは皆知ってますし。そうなると『クリス様』も危ういですね」


 でも、間違わずに呼べる名前でないと私が失態を犯しそうですね。


「そうだ、『リスト様』に致しましょう」

「いいね。リスト、気に入ったよ」


 私達は二人で顔を見合わせて笑いました。クリストファー様の笑みがいつもより無邪気に見えるのは、多分気のせいではないのでしょうね。


「さあ、行こうか。シシリー」


 クリストファー様は、さらりと私の肩を抱いてエスコートし始めます。まだ部屋の中とはいえ、これはさすがにやり過ぎでは。


「クリストファー様、さすがにそれは」

「え?今日は好きな女の子に街を案内して貰うんでしょう?」


 クリストファー様は小首を傾げました。誰ですかそんな新しい設定考えたのは!


「クリストファー様、『好きな女の子』とは誰も言っておりません!」

「ああ、そっか。リストの片想いなんだね」


 わかったと言わんばかりに頷くクリストファー様は、真剣そのもの。誰がそんな設定を作ったのでしょうか?


「さあ行こう、シシリー」


 笑顔で差し出された手を跳ね除けることが出来るほど、私は強くありません。意を決して、私はクリストファー様の手を取りました。


 部屋の中でこんな状況。街に出たらどうなることやら。私は頭を抱えてしまいそうです。


 ああ。帰りたい! まだ屋敷ですけど!

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