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32.王立アカデミー編入騒動2

 御者が告げたアカデミーの到着に、仕方無しに馬車を降りることにした。出来ることなら、このまま引き返して部屋に籠りたいと思っているのだけれど、もう引き返せないのでしょうね。


 それにしても何だか外が騒がしい。何かあったのかしら。


 開かれた扉を潜ると、ワッと歓声が上がった。目の前に広がる光景に、クラリと倒れそうになるのを両足で堪えることができたことを褒めてくれる人は誰もいない。


 馬車は門の前で止められていた。ビクトリア調の美しい装飾が施された門は、私達を歓迎してくれているようだ。その先に続く道に、歓声の元がある。夜会を思わせる美しい装いの同じ年頃の少年少女が花道を作っている。


 冬だというのに、そこは春の様だったわ。


 ここを歩け、と言うのね。夜会はそう言うものだと聞いていたから心の準備もしていたけれど、今回は違う。


 ここは力の見せ所だわ。病み上がりでダラけた気持ちに鞭打って、私は『クリストファー』の仮面を付ける。


 きっと、『クリストファー』はこんなことでは動じないわね。颯爽と馬車から降りて、周囲を見渡す。一人一人に視線は合わせられないけれど、合わせた気持ちでゆっくりと見渡すのよ。


『クリストファー』なら、きっと馬車を降りたら、冗談めかしてエスコートの為に手を差し出すわ。そして、それを見た殿下がちょっと嫌な顔をするのよ。殿下は絶対エスコートを無視して降りるでしょうね。


 男の人に触れられない癖に、賭けみたいなことをする。手を差し出された殿下は、予想通り、いや、それ以上に嫌な顔をして私を見下ろしたわ。


 また歓声が上がる。女の子の黄色い悲鳴も広がった。


 殿下は勿論私のエスコートを無視して、馬車から降りて、私の横に立ったわ。とっても不機嫌そうな顔で。この待遇は殿下の予想を遥かに超えていたのでしょうね。


 さあ、花道を通れと言わんばかりの視線と歓声。殿下が私の方を見た。「ここを歩くのか?」とでも言いた気な視線を貰ったので、私は肩を竦めてみせた。「それしかないでしょう?」と伝わればいい。


 諦めたのか、殿下は一歩目を踏み出した。私は彼の数歩後ろを歩く。その後ろには、殿下の護衛官が続いたわ。


 殿下の表情は見て取れない。ただ、背中だけで不機嫌が伝わってくる。こういう感情を隠さないのは彼の良いところでもあり、悪い所でもある。


 近くを通れば、名前を呼ばれる。私はその声の方を見て、微笑んだ。本当はとても恥ずかしいのだけれど、それを悟られないようにするには、笑うのが一番。私の伝家の宝刀になりつつあるわね。


 色々な所から悲鳴じみた声が聞こえるけれど、大丈夫かしら。


 長い花道の先には、老齢の男性と同じ歳の頃の少女が立っていた。次は何があるのかと、身構えてしまうのは仕方のないことだと思う。


「お待ちしておりました。アレクセイ王太子殿下、クリストファー・ウィザー様。アカデミーを管理させて頂いております。イーサン・シーガーと申します」


 礼をしたシーガー氏に、殿下は「ご苦労」と簡単に返事した。


「本日はよろしくお願い致します。それにしても、少し仰々しい出迎えですね」


 殿下の後ろから、私はにっこりと笑ったわ。今の内に釘を刺しておかなくては。毎回のようにこんなことされたら私の心臓が持たないのよ。


 後ろをそっと振り返れば、また声が上がる。これは振り返らない方が良さそうね。


「申し訳ありません。皆、お二人の編入を心待ちにしておりましたもので」


 シーガー氏は、ポケットからハンカチーフを取り出して、流れる汗を何度も何度も拭っていたわ。


 それまでジッと黙っていた、シーガー氏の後ろに控えていた少女は、腰の低いシーガー氏の前に出て、にっこりと笑った。


 彼女は腰の低いシーガー氏とは反対に、堂々と胸を張っていた。鮮やか紅色をしたドレスを見に纏い、艶やかな金髪は後ろで緩やかに纏められている。


「お久しぶりでございます。アレクセイ王太子殿下」


 淑女の手本の様な礼を披露した彼女の視線は、最初から、一度もこちらには向けられない。その理由は簡単。


「久しいな、レジーナ嬢」

「本日の案内は、わたくしがさせていただきます」


 彼女の名前から察するに、リーガン侯爵家のご令嬢ね。リーガン侯爵といえば、騎士団長様。何度か王宮でお会いしたことがあるわ。武で王家を支えるリーガン家は、文で支えるウィザー公爵家とは対のような存在。


『ロザリア』が殿下の婚約者候補と言うのなら、一つ年上の彼女もまた婚約者候補の一人なのでしょう。恋敵の兄である『クリストファー』を敵視しないわけないわね。


 こんな時にも役に立つ参考書。頭の中の小説を探すのも手馴れてきたわ。


「アレク」

「どうした?クリス」

「どうか私に、こちらの美しい女性を紹介して頂けませんか?」

「ああ、そうだな。彼女は、レジーナ・リーガン嬢だ」

「レジーナ嬢、はじめまして。クリストファー・ウィザーと申します。リーガン侯爵とは一度、ご挨拶させていただいたことがあります。挨拶に厳しい謹厳実直なお方でしたね。さすが、彼の御息女なだけあられますね」


 伝家の宝刀、『クリストファー』の微笑みを見せれば、レジーナは顔を真っ赤に染めた。シーガー氏も今の状況を瞬時に理解したようで、彼女の後ろで顔を青くしているわ。そのハンカチーフではそろそろ汗を拭き取るのは難しそう。


 レジーナの反撃を想定していたけれど、少し怯んだ後、何事もなく挨拶をされた。


「殿下、クリストファー様、早速ご案内させていただきます」


 ようやく、背中に突き刺さる視線から解放されると思うと、少し安堵したわ。


 レジーナは歩きながら、殿下に向けてアカデミーの説明を始める。それを耳に入れながらも、廊下から見える風景や、教室の作りなどを丹念に観察していた。


 学校というのは初めて入る。一生入ることはないと思っていたわ。貴族の殆どは、家庭教師を雇い、必要な教育は家で受ける。だからこそ王立アカデミーは、学び舎でありながら社交の位置付けが、大きい。だから、どちらかというと、次男や三男など爵位を継ぐことがない子息だったり、婚約者のいない令嬢が通うことが多いのよ。


 それこそ、レジーナは殿下の婚約者候補でしょうから、こんな所に通う必要は無さそうだけれど。


 私は一人首を捻ったけれど、答えは直ぐには出てこなかった。


「それにしても、殿下やクリストファー様が編入するとは思っておりませんでしたので、皆驚いておりますのよ」


 長い廊下にレジーナの笑い声が響く。殿下は少し居心地が悪そうね。それもその筈、だって出会いを求めてアカデミーに入って早々に婚約者候補に案内をされているのですものね。


「ええ、私も驚きました。私も編入を今朝知りましたから」


 殿下の代わりに、私が答え、肩を竦めてみせると、レジーナは形の良い眉を上げた。


「今朝、ですの?」

「ええ、気づけば馬車で連れ去られていました」


 事実なのだけれど、意味がわからないわよね。


「まあ、そうですの?わたくしの方が先に知っていたのですわね」

「ええ、本人だけ蚊帳の外だったようですね」


 困った様に眉を下げて笑えば、レジーナの楽しそうな笑顔を見ることができた。横目で殿下を見れば、あからさまに安堵しているのがわかるわ。もう少しだけ、感情を表に出さない練習をした方が良いと思うの。


 それから、雑談を交えながらアカデミーの説明を受けたわ。結構広いのね。途中他の生徒に会ったけれど、遠目で見られるだけだったわ。殿下のお陰かしらね?


 殿下にとっては針のむしろとなった説明も、無事に終え、私達は現在王宮の馬車に乗っている。今朝程の緊張感はない。どちらかと言うと、殿下は精神的にお疲れの様子だわ。


 帰りこそ、ウィザー家の馬車を呼ぶと言ったのに、殿下は送ると言って聞かなかった。


「アレク、何の話があるんですか?」

「え?」

「いえ、どうしても二人きりになりたかったみたいですから。何かあるのかと」


 あら、当てが外れたかしら?小首を傾げると、殿下は気まずそうに頷いた。


「なんでしょう?」

「ロザリーのことだ」

「はい」

「私は「待つ」と言った」

「ええ、そうですね。覚えています」


 夜会で聞いたあの言葉は夢でも何でもない。彼は確かに「待つ」と言った。


「クリス、お前はそれで良いのか?」

「良いのか、と言われましても」


 駄目だと言えば何か変わるのかしら。『ロザリア』のことなんて忘れて新しい恋を探すのかしら。彼は、『クリストファー』にどんな返事を期待しているのかしら。


「『兄』として、良いのか?と聞かれているのだとしたら、人の恋路に足を突っ込む程馬鹿でもありませんしね」

「昔、ロザリーに構う度に良い顔をしなかったお前が言う言葉か?」


 殿下の眉の間に皺が寄る。その情報は知らなかったわ。お兄様ったら、殿下にどんな態度で接していたのかしら。兎に角、話を合わせた方が良さそう。


「あの頃はまだ子供だったんです」


 しれっと言えば、殿下は少し疑いつつも、納得したようだ。


「『臣下』としては、いつ治るかわからない者など忘れなさい。と諭すべきなのでしょうけど、生憎私は、ただの『御学友』らしいので、友人でいる間は、友の恋を応援しています」


 ちょうど良く、馬車が止まった。御者がウィザー家に到着したことを告げる。


「では、また明日」


 私は殿下の方を見ずに、馬車から降り、すぐさま屋敷にも入らず、別邸へと逃げた。


 きっと、今私の顔は真っ赤だ。恋を応援するなんて、馬鹿なことを言ってしまった。


 私の中の『ロザリア』はまだ『アレクセイ様』に恋をしてる。


 この頬の熱はなかなか取れなさそうだわ。 

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