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25.約束のダンスは二人きりで

 久しぶりに夢を見た。小さな頃の夢。まだ私が『ロザリア』で、お兄様が『クリストファー』だった頃の夢。私達が元気だった頃の思い出。


「ここで、ターンッ、わっ」


 ターンをしようとして、盛大にバランスを崩した私は、お兄様の方へ転がってしまった。お兄様は私のことを上手に受け止めると、「大丈夫?」と声を掛けてくれる。身長も見た目も殆ど変わらないお兄様に、私を軽々と受け止められるのは、あの頃、何だか納得がいかなかった。だけど今ならわかる。あの時からもう男と女の差は出ていたのだと。


 二人でする秘密のダンス練習。お母様にバレないように、執事のセバスチャンや、侍女のメアリーに助けて貰いながら、何日も練習した。お母様が忙しくしていらした時に、ダンスの先生に教えて貰ったステップを、何度も何度も練習する。


「このダンスとっても難しいわ」

「うん、そうだね。今まで習っていたダンスよりも随分難易度が高いね」


 私達は小さな頃から貴族に必要な沢山のことを学んできた。ダンスもその内の一つ。お兄様も私も運動は得意な方。ダンスは、どちらかと言うと得意だったの。だから、今度のお母様の誕生日パーティでは、お父様とお母様の初めて一緒に踊ったという、思い出のダンスを二人で披露すると決めていたのよ。


「あと十日しかないわ。お兄様、頑張りましょう!」

「そうだね、頑張ろう」

「完璧に踊って、お父様とお母様をびっくりさせたいもの」

「うん」


 私達は顔を合わせて笑いあった。私とそっくりの顔が破顔する。同じ顔なのに、同じように笑えないのは何故なのかしら? お兄様みたいに綺麗に笑ってみたい。


 私達はまた手を取り合ってダンスの練習を始めた。最初から。カウントを始める。いつも同じところで失敗するから今度こそは失敗しないように。と、ここで、ターン。できた! 嬉しくなってお兄様を見たら、お兄様も嬉しそうに笑った。


「できたね、ロザリー」

「ええ! 良かった」


 これでお母様にダンスを披露できる。ホッと肩をなで下ろした。やっぱりダンスはとっても楽しいわね。


「ねえ、お兄様」

「何?ロザリー」

「デビューする時は、最初は私と踊ってね」

「うん、一番は二人で踊ろう」

「うふふ、約束よ」


 デビューはもう少し先、早い子で十三、四歳くらいだという。まだ先の約束に私はとってもワクワクしている。お兄様も楽しそう。


「あと一回練習したら、今日はおしまいにしようか」

「ええ」


 お兄様が私に手を差し伸べて、余所行きの顔で微笑んだ。


「ロザリー、一緒に踊ってくれますか?」

「ええ、よろこんで」


 私は差し出された手に、手を重ねた。お兄様の手がいつもよりずっとずっと暖かくて、胸まで暖かくなる。







「お兄様、お兄様」

「ん……」


 優しく、肩が揺さぶられる。あれ、なんで「お兄様」って、呼ばれているのかしら? ああ、そうだ。私は『クリストファー』になったのだったわ。


「お兄様、こんな所で寝てはいけませんよ」


 重たい目を開けると、すぐにお兄様の顔が映った。心配そうに覗く表情に、少し罪悪感が湧いてくる。


「ああ、寝てしまったのか」

「ええ、私に用があるのなら起こしてくれれば良かったものを」


 ロザリアのベッドの端で、私は眠ってしまったみたい。外を見ると月が部屋を照らしていた。


「ちょっと顔を見るだけと思っていたんだけど、ごめんね」


 私はお兄様の頭を優しく撫で、微笑んだ。この微笑みも板についてきたと思う。毎日鏡の前で何度も練習したんだもの。シシリーにもお墨付きを貰っているのよ。もう、ずっと昔からこんな風に微笑んでいたような気持ちさえしてくるもの。


「用事があったのではないのですか?」

「いや、明日は準備で忙しくなりそうだから、今日の内に顔が見たかっただけだよ」

「明日は、とうとうデビューの日ですものね。お兄様、頑張って下さいね」


 お兄様がにっこり笑った。そうだ、明日私は初めて夜会に出る。『クリストファー』として。デビューの前日だからあんな夢を見たのかしら。


「ありがとう、ロザリー。ロザリーの分も頑張ってくるよ」

「そうね、私の気持ちも、連れて行って下さいね」


 本当なら二人で行った夜会。お兄様に手を取られて、回るはずだったダンスホール。明日は、一人なのね。


「お兄様、覚えておりますか?」

「ん?」

「『最初のダンスは二人で』って約束」

「覚えているよ、勿論」


 もう叶わなくなった約束だけれど。お揃いの衣装で、初めて踊る曲まで二人で想像してはしゃいだりした。懐かしい思い出。こんな風に入れ替わることになるなんて、想像もしてなかったわ。


「お兄様の初めてのダンスは、誰かに譲ることになってしまうのね」


 お兄様が肩を竦めた。お兄様も残念がっているかしらね。私も二人で踊れないのが本当に残念だったの。残念なのに、お兄様も同じ気持ちだと思うとちょっと嬉しい。


「ねえ、ロザリー。今日の調子は良い方?」

「ええ、とっても」


 お兄様と私は、顔を見合わせると、にっこりと笑った。お兄様も私と同じ気持ち。きっとそう。私は立ち上がると、お兄様に手を差し出す。


「ロザリー、私と一曲踊ってくれませんか?」

「ええ、よろこんで」


 お兄様は、私の差し出した手に手を重ねた。あの日、私がしたように。月明りの下、くるくる回る。それにしても、お兄様はいつの間に女性パートも踊れるようになったの?


「驚いた?」


 お兄様の顔は、悪戯っ子みたいにキラキラしている。


「とても」

「お兄様が忙しくしていらっしゃるから、こっそり練習したのよ。シシリーが教えてくれたの。時々セバスチャンも手伝ってくれたわ」


 外に出ることのないお兄様が、『ロザリア』として頑張っていることに、私は素直に驚いた。名前や話し方だけではなくて、私が『クリストファー』になるよに、お兄様も『ロザリア』になろうとしてくれている。なら、私ももっと頑張らないといけないわね。負けてられないもの。お兄様が楽しそうに笑う。肩まで伸びた飴色の髪の毛がひらひらと舞う。


 今のお兄様は、私よりもずっとずっと女性らしい。所作も雰囲気の一つ一つさえも。『クリストファー』だった頃には感じなかったことだわ。お兄様は、『ロザリア』のことを見捨てずに大切にしてくれているのね。


「ねえ、ロザリー」

「何かしら?」

「私達が元に戻った時の最初のダンスは、二人で踊ってくれる?」

「勿論よ。私も最初は『ロザリア』が良いもの」


 お兄様が楽しそうにくるりと回った。久しぶりのお兄様とのダンスは、とても楽しい。ピアノもヴァイオリンもない。けれど、衣擦れと、ステップの音、私達の息遣い。それらが奏でる音楽は、何よりも心地よかった。

 それから私達は、お兄様の息が切れるまで踊った。なんだかとっても気持ちが楽になった気がするわ。


 明日は、とうとう社交のシーズンが始まる。私が本当の意味で『クリストファー』になる日よ。

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