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15.開幕宣言は晩餐の後で

 戦々恐々とする私を他所に、お父様達ったらさっさっと帰ってきたの。いつも忙しそうにしているのに、今日に限ってこの仕打ち。私の胃が痛くてキリキリしているわ。


 不安でいっぱいの晩餐だったけれど、とても和やかな雰囲気で始まったの。今日あったことを話したり、いつもの四人の晩餐と何ら変わらなかったわ。緊張していた私が馬鹿みたいだったわ。


 お兄様もとっても体調が良くて、楽しそうだったの。四人での晩餐は久しぶりですもの。私だってとっても嬉しいわ。だから、私も最後の方にはすっかり緊張もとけていたの。そう、お父様が「さて」と言うまではね。


 お父様の短い一言で、部屋中に緊張感が走ったわ。空気がピーンッて張り詰める感じ。ヴァイオリンの弦みたいに弾いたらきっといい音が鳴ったわね。お母様も小さく息を吐いていたし、メアリーとシシリーの背筋もほんの少し伸びた。さすが親子ね。同じタイミング。そっくりだわ。

 お兄様はいつも通り、とはいかないみたい。少しだけ緊張してる。私にはわかるのよ。双子だからかしら?


「クリストファー、ロザリア。もう一度だけ、お前達の覚悟を聞かせてくれるかな?」


 真っ直ぐ向けられるお父様の瞳。とっても真剣な瞳に、背筋が伸びる。でも、決して怖気付いたりなんかしないわ。


「父上、私はもう、あの日からずっと『クリストファー』です。ロザリアに戻るのは病気が治ってからと決めています」


 私が言えるのはこれだけ。今なら心から笑えるわ。大丈夫、お父様。


「お父様、私も異存はありません。『クリストファー』はお兄様に預けてあります。今のお兄様はウィザー家の嫡男として申し分ないと思っております」


 お兄様の援護。真っ直ぐ前を見るお兄様の横顔は凛としていて綺麗だった。お兄様がいてくれるから、私は今まで頑張れたのよ。そして、これからと頑張れるの。お父様は困ったように肩を竦めた。


「お前達が少しでも躊躇ったら、クリストファーのデビューも、全部やめさせるつもりだったんだけどね。本当に頑固な子達だ。誰に似たんだか」


 お父様とお母様が目を合わせて笑ってる。お父様がお母様に頷くと、お母様は私をしっかりと見たわ。


「クリストファー、貴方が本当に『クリストファー』として生きるのなら、どんな困難も乗り越えられるわね?」

「はい」


 私は大きく頷いた。だって、私にはお父様もお母様もお兄様もシシリーだっている。皆が支えてくれるのだから頑張れる。そして、私が皆をまもるの。


「いいわ、クリストファー。では貴方には、五日の王妃様主催のお茶会に参加して貰います」

「……は?」


 思わず変な声が出たわ。だって、予想だにしていなかったのだもの。お茶会って、あのお茶会よね?


「本当は、冬のデビューまで貴方を出すつもりはなかったわ。性別を変えるのはそんなに容易くはないものね。沢山の準備がいるのはわたくしも、わかっています。でも、噂が王妃様の耳にも入ってしまったのよ」

「噂、ですか?」

「ええ、貴方もシシリーから少しは聞いているでしょう?」


 私がシシリーに視線を送ると、シシリーが瞼だけで頷いた。つまり、レベッカに会った日のことを言っているのね。


「ええ、父上や母上にもご迷惑をお掛けしているようで、申し訳ありません」


 私が素直に頭を下げると、お父様もお母様も、首を横に振った。


「別に構わないさ、それに悪い噂ではないしね。クリストファーは隅に置けないね」


 お父様が意味深にウィンクを投げてきたわ。楽しそうに笑っているから、本当に悪い噂ではないのね。それは良かったのだけれど、どんな噂だっていうの?


「ただ、問題があってね」

「問題、ですか?」

「ああ、実はね、この五年間、お前達を守るために、二人はウィザー公爵領で療養していることになっていたんだよ」


 つまり、いる筈のない『クリストファー』が王都に居たことが問題なのかしら。もしそうだとしたら、私はとても大きな失敗をしたことになるわ。

 お父様やお母様が嘘をついていたことになるのかしら?そうだとしたら辛いわ。


「父上、申し訳ありません」

「いや、いいんだ。これは、この年まで一切の誘いを断る言い訳に過ぎなかったんだよ。居ないのならどんなお茶会も参加はできないからね。ただ、クリストファーが今、王都に居ることは貴族中に知れ渡っただろうね。デビュー前とは言え、断れない誘いは多い」

「それが、王妃陛下のお茶会というわけですか」


 お父様が、大きく頷いた。宰相という立場は貴族の中ではとても高いけれど、王妃様の招待を無下にはできないことくらい、屋敷に五年引き篭もっていた私でもわかるわ。そう、お父様とお母様は五年間も私達を守っていてくれたのね。

 お父様が口を開く前に、お母様が口を開いた。私はお母様に目を向ける。


「王妃様は五年前からずっと、貴方達のことをそれはもう、大変心配していたのよ。あの時はロザリアが人に会えるような精神状態ではなかったし、ちょうどクリストファーの病気も重なったから」


 五年前の事件の時、パーティ会場には王妃様もいらしたのよね。なのに私はお会いした記憶がないわ。優しい王妃様は心を痛めているかもしれない。


「王妃陛下にはお礼とお詫びを申し上げなくてはならないのですね」

「ええ、今日王妃様から招待状が届きました。クリストファー、貴方とそして、ロザリアにも」


 お母様はテーブルの上に招待状を置いた。白百合の描かれた封筒は正しく、王妃様の物である。


「母上、ロザリアは……」

「ええ、ロザリアはさすがに連れて行けません。返事にはクリストファーのみ連れて行くと書くつもりです。そして、ロザリアが病に伏せっていることも」


 お母様がゆっくり息を吐いた。きっと、お母様はまだ迷われている。私を『クリストファー』とすることを。

 お母様は待っているのかしら?私が「やっぱりやめます」って言うのを。


「わかりました。五日後、失敗しないように準備をしておきます」


 私はにこりと笑って見せた。私に迷いがないことを、どうか理解して欲しい一心で。


「五日後、貴方は本当の意味で『クリストファー』になるのよ。それと同時に、『ロザリア』は縁遠くなってしまうわ。それは分かっているの?」

「母上、ロザリアは『お兄様とずっと一緒に居る良い言い訳ができた』くらいにしか思っていません。だから、安心して王妃陛下の前にお連れ下さい」


 お母様は、私の目を見て笑った。瞳には涙が溜まっていたわ。また、お母様を泣かせてしまうのかしら。


「仕方のない子ね、本当に。誰に似たのかしら?」


 お母様が涙を拭うと、お父様が優しくお母様の頭を撫でた。お兄様の頭を撫でる癖はお父様から来ているのね。ふふ、なんだか面白い。

 お父様と目が合うと、気まずそうに、咳払いをしたわ。


「さて、これからが本番だ。皆で『クリストファー』と『ロザリア』の設定を考えようか。この設定はここの全員が記憶していかなければならない。ウィザー家を守る大切な設定だよ」


 誰かの喉がゴクリ、と鳴った。お父様は今日一番の笑顔で部屋中を見回した。

 長い長い夜の始まりだった。

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