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番外編2.ハロウィンの悪戯3

 今日のお兄様は少し変。

 

 会場で女の子に囲まれるお兄様をじっと見つめる。やっぱり変。様子がおかしいと言ったほうが正しいかも。

 

「なによ、そんなに真剣にお兄様を見つめちゃって」

 

 隣でアンジェリカが不思議そうに首を傾げる。

 

「なんか変なの」

「なにかって? いつも通り涼しい顔していると思うけど」

「いつもだったら、もっとうまく女の子をあしらっているよ。今日は逃げるに逃げられない雰囲気を感じる」

「そう? そう言われればそんな気もするわね……? 疲れているんじゃないの?」

「そうかも。最近忙しいから。無理させちゃったかな?」

 

 普段とは趣向の違う夜会が気になって、エスコート役をお願いしてしまったのだ。お兄様は二つ返事で了解してくれたけど、我慢すべきだったかも。

 

「なーに落ち込んでるの。彼だって大人なんだし、辛かったら辛いって言うわよ。気にしないほうがいいわ。殿下が来てくれたら一番よかったんだけろうけど」

「今日は王族だけの大切な行事があるって言っていたから、わがままは言えないよ」

「死者が戻る日だものね。仕方ないか。それで、お兄様が心配なあなたは困っているクリストファー様を助けに行ってあげたら? ついでにダンスでもしなさいよ。あなたたちがダンスをすると会場が華やかになるのよ」

「うん、そうしようかな。アンジー、ありがとう」

 

 私はお兄様のもとへと向かった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 令嬢たちはクリストファーの側から離れない。

 

 仮面の奥の瞳はキラキラと輝いていて、クリストファーに恋をしているのがわかる。そんな令嬢を無下にすることができず、彼女の言葉に耳を傾けてしまった。

 

 それからずっと長い話に付き合っている。彼女が早口になるのは、クリストファーを前に緊張しているのだろう。中身は本人じゃないからどんなに話しても意味はないのだが。

 

 ただ、相槌を打つ人形になっていたところ、突然彼女たちの視線が俺の後ろへと向けられた。振り返ればすぐ側でロザリーがふわりと笑う。

 

 肩までの飴色の髪が揺れた。

 

「みなさま、ごきげんよう」

「ロザリア様、ごきげんよう」

「とても楽しそうにお話しているみたいだったから、うらやましくて。私も仲間に入れていただけますか?」

「もちろんです。ロザリア様とはもっとお話ししたいと思っておりましたの」

 

 ロザリアは自然に俺の隣に立つと、令嬢たちの視線を集めた。

 

 そんなこと、前にもあったな。まだロザリーが『クリストファー』になっていたときだ。あれは、アカデミーだったか。令嬢たちに囲まれて困っているところでよく助けてもらっていた。

 

「今日はお兄様とダンスの約束をしているの。お兄様を借りてもいいかな?」

「もちろんです!」

「ありがとう。またあとでお話してね」

 

 ロザリーの言葉に彼女たちはキャアキャアとはしゃぎながらも頷いた。ロザリーは嬉しそうに笑うと、俺の手を引く。そして、会場の真ん中まで歩く途中、彼女はそっと耳打ちした。

 

「ダンスが終わったら、食事をもらいに行こう? じゃないとまた囲まれてしまうし」

「ロザリー……」

 

 彼女はわずかに口角を上げるとともに肩をすくめた。

 

 大勢に交じってダンスを踊る。ロザリーがいつもより無邪気に感じるのは、相手が双子の兄ゆえか。少しばかり羨ましいと感じる。

 

 ダンスの最中、ロザリーが肩を揺らして笑った。首を傾げると、目を細める。

 

「なんか変なの」

「何が変?」

「アレクと踊っているみたいな気分になる。なんでだろう?」

 

 その笑顔が可愛くて、抱きしめたい衝動に駆られる。今はダンス中だし、突然兄が妹を抱きしめるのはおかしい。

 

 今日のように側にいないときでも俺を思い出してくれているのではないかと思うと、嬉しさがこみ上げた。

 

 ダンスを踊ったあと、今日の参加者と挨拶を交わしながら、軽食をつまんだ。普段みないような食べ物ばかりなのは、ハロウィンをイメージしているらしい。

 

 食欲をそそらないような、おどろおどろしい食べ物が多いわけだ。周りに人がいなくなると、ロザリーは俺にそっと耳打ちする。

 

「ちょっと早いけど、今日は早く帰ろう?」

「いいのか?」

「うん、充分楽しんだし明日も殿下のお手伝いでしょう? 遅くまで遊んだら疲れてしまうもの」

 

 気遣われている。正確には体の弱いクリストファーを気遣っているのだ。心配そうに俺の顔をのぞき込む目は、兄に向けるものだった。

 

 俺たちはアンジェリカやミュラー家の面々に挨拶をすると、早めにミュラー家の屋敷を出た。並んで馬車に揺られる。

 

「今日は楽しかった。一緒に来てくれてありがとう」

「ロザリーが楽しめたならよかった」

「アレクも来られたらよかったのに」

「……殿下もいて欲しかった?」

「お兄様だけでも楽しいよ。でも、三人だったらもっと楽しかったかもって思って」

 

 ロザリーは少し肩を落とす。その姿がやはり可愛くて、抱きしめたい気持ちがまた顔をだした。代わりに頭を撫でる。クリストファーがロザリーの頭を撫でている姿は時折見るから、これくらいはよくあることだろう。

 

 二人きりなのに抱きしめられないとは、なんともどかしいことか。俺は彼女の婚約者で抱きしめる権利はあるはずなのに。

 

「殿下も一緒に来たかったと思っているはずだ」

「うん。今日は大切な行事だって言っていたから、次は一緒に行けるといいな」

 

 ……まずい。ロザリーの言葉で思い出したのだが、今日の行事のことをクリストファーに伝えていなかった。……あいつならどうにかしているか。

 

 ウィザー家の屋敷に到着する頃にはすっかりと月は雲の後ろに隠れ、強い風が吹いていた。


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