番外編2.ハロウィンの悪戯1
お久しぶりです。
偽りの青薔薇が11月4日に発売となります!
記念と、ハロウィンのネタが書きたくなったので、久しぶりの番外編です。
4話になってしまったので、4日連続更新でございます。
書籍の詳細は、活動報告をご確認ください。
今日はミュラー家でパーティが開かれる。アンジェリカの友人である私とお兄様も招待されていた。男の準備は簡単だからと、お兄様は殿下のところで時間まで執務のお手伝いをするのだとか。私は屋敷で準備に追われている。女はやることがたくさんあるのだ。
「仮面をつけて参加だなんて、変わった趣向ですね」
シシリーが仮面を手に取り、まじまじと見つめる。顔の半分を隠せる仮面は鮮やかな模様が描かれていた。お兄様と色違いの仮面は、今日のために作ってもらったお気に入りだ。
「今日がハロウィンだからなんだって」
きっとアンジェリカの案なのだろう。招待状を渡されたときに楽しそうにしていたから。
「ハロウィンって、死者の魂がこっちに戻ってくる日なんだよね?」
「はい。悪戯なオバケから身を守るために仮装をするそうですよ」
「悪戯なオバケか。どんな悪戯をするんだろうね? シシリーがオバケならどんな悪戯をする?」
「私だったらですか? そうですね……オバケですから、定番は驚かす、とかでしょか」
「暗い部屋にオバケが現れたら絶対叫ぶ自信あるよ」
想像しただけでふるりと震える。今日は怖いから、一人で寝たくないな。お兄様のベッドに忍び込もう。
「ロザリア様ならいかがしますか?」
「私? そうだな~……」
驚かすだけだと、シシリーと同じだし。お父様がこっそり隠しているお菓子を食べちゃうとか。折角だからとっておきの悪戯がしたいな。
……そうだ! いいこと思いついた。
「お兄様とアレクを一晩だけ入れ替えちゃう……なんて?」
◇
月が顔を出した頃、王太子に与えられた執務室――つまり、俺の仕事部屋は静寂につつまれていた。
今は俺とクリストファーの二人しかいないので、会話をしなければ静かなのは当たり前なのだが、そんな簡単な話ではない。
「夢か……? 目の前に俺がいる」
「奇遇ですね。私の目の前には私がいます」
目の前の男は俺にそっくりな姿かたちをしているくせに、クリストファーのような話し方をする。どういうことだ?
「……つかぬことをお伺いしますが、あなたはアレクセイ王太子殿下で間違いないですか?」
「なに馬鹿なことを言っているんだ。そうに決まっている」
自信をもって頷けば、俺そっくりの男は大きなため息をはいた。ため息の吐き方までクリストファーにそっくりだ。まるで俺の中にクリストファーが入ってしまったような不思議な感覚に陥る。
「そうですか。殿下、悲しい知らせと、嬉しい知らせがあります。悲しい知らせから伝えても?」
「そこは希望を聞かせてはもらえないのか? まぁいい。なんだ? 俺が二人になったことか?」
「正確には、私たちは入れ替わってしまったようです。私の目にはクリストファーが見えていて、殿下の目にはアレクセイが見える。窓に映る自身の姿を見てください」
「……何を言って。俺がお前に? 馬鹿なことは休み休み……言……」
窓ガラスに俺は映らない。その代わり、クリストファーがいた。怪訝そうな顔だ。普段はしない表情を見せている。思わず頬をつねる。ぼやけた窓ガラスのクリストファーも同じよう頬をつねった。
「おい……これはどういうことだ? 何をした?」
「さあ? 私は何も。私も驚いています」
「その割に冷静な顔をしているが」
「この顔は表情筋が固まっているのかもしれせんね」
「はいはい。悪口はそこまでにしてくれ。そんな場合ではない。……それで、どうしたらいいと思う? これは俺の見ている夢だと思うか?」
「夢なら覚めるまで付き合えば問題は解決するので、夢であってほしいですね。ただ、あなたと入れ替わるなんて、悪夢にもほどがある……」
「それはこっちのセリフだ」
最近、クリストファーはずけずけとものを言うようになったと思う。俺をなんだと思っているんだ。
思わずこめかみを押さえる。手に触れる飴色の髪に違和感を覚えるばかりだ。思わず何度も触ってしまった。ロザリーよりも少し固いように感じる。双子でも少しずつ違うようだ。
「殿下、嬉しい知らせも聞きたいですか?」
「ああ、言え」
できれば「治し方を知っている」であることを願うのだが。口ぶりからするに、そういう類いの話ではないのだろう。
「今日、私はロザリーとミュラー家の夜会に参加予定です」
クリストファーのいい知らせに俺は眉根を寄せる。そういえば、先日そんなことを言っていた。仮面がどうのという話をロザリーとミュラー家のアンジェリカが話しているのを聞いたこともある。
「つまり……お前の代わりに出ろと?」
「ええ」
「キャンセルすればいいだろう?」
「ロザリーは今日の夜会を楽しみにしていました。その予定をつぶすのですか?」
ロザリーの名前を出されれば、頷くことはできない。彼女の悲しむ顔はありありと想像できる。
「……わかった」
「幸い、顔の半分は仮面で隠れています。愛想笑いしなくてもいいですよ」
かくして、俺は『クリストファー』として、夜会に出ることになったのだ。
夢ならはやく覚めてくれ……。