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13.伯爵令嬢は恋をする

レベッカ視点です。

 私は、レベッカ・レガール。レガール伯爵家の末娘。花の十二歳よ。デリカシーの欠片もない七つ上のお兄様と、良い男を見つけるのだと、夜毎、夜会に参加する五つ上のお姉様が一人づついるわ。


 私は今まで、男の人なんてどうせお兄様みたいにデリカシーの無い猿みたいな生き物なのでしょう。そう思って生きてきたわ。だってお父様もお兄様のようにデリカシーが無いんだもの。

 だから、お姉様が連日『良い男』を探しに夜会に出掛けて行くのが不思議でならなかったの。


 でもね、今日私は王子様に会って、わかったの。お父様やお兄様みたいな男もいるけど、この世には物語に出てくるような優しい方もいるのだと。

 きっと、お姉様の言う『良い男』なんだと思うわ。


 飴色の柔らかそうな髪の毛。少し癖のある髪の毛だったわ。きっと触ったら猫のようにフワフワなのね。

 そして、宝石みたいに綺麗な瑠璃色の瞳。透き通るような肌はとっても滑らかで、毛穴一つ見当たらなかったわ。

 心地良い声色で、私のことを「妖精さん」って呼んでくれたの。「妖精さん」なんて、お父様に呼ばれたことないんだから。


 思い出しただけでもドキドキしちゃう。


 クリストファー様……


「いいえ……、クリス、さ・ま……」


 私が瞼の奥のクリス様に話かけると、クリス様は優しく微笑んで下さった。甘いマスク。近づくとふわりと薔薇の香りが漂うのよ。手はほんのり冷たくて、まるで陶器の人形みたいだったわ。私が暖めてあげたいわ……


『レベッカ嬢の手はとても暖かいんだね』


 クリス様手を優しく包んであげたら、とびきりの笑顔を向けてくださって、私の手を持ち上げて、唇を落とすのよ。


「レベッカ嬢なんて、そんな畏まった呼び方じゃなくて、レベッカって……いいえ、ベッキーって呼んで下さいませ」


 ああ、駄目。クリス様の口から私の名前が紡がれるなんて、考えただけでも心臓が破裂しそう。







「なぁ、ベッキーの奴、さっきから何独り言ブツブツ言ってるんだ?」


 私が夢心地でいると、お兄様が横槍を入れてきた。ああ、お兄様のせいでクリス様が消えちゃったじゃない!


 クリス様のことばかり考えていて、料理はどんどん冷えていく。でも、クリス様のことを考えると胸がいっぱいで何も食べられない。


「うるさいわ!お兄様は黙ってて!」

「ベッキーは、今日のお茶会で恋をしちゃったみたいなのよ。もうそんな歳なのねぇ」


 お母様が嬉しそうにお父様やお兄様、お姉様に報告しているわ。そう。これは恋なの……ああ、クリス様。私の愛しい人。


「ふーん。今日のお茶会って、ウィザー公爵夫人のだろ?あの双子の?」

「あらぁ、お母様とベッキーは、あの噂の双子の片割れと会ったのぉ?あの事件があってから、部屋から一歩も出てこないって話じゃない」


 お兄様とお姉様が思い出した様に話をしている。私は不穏な言葉を耳にして、テーブルに手をつき、思わず前のめりになった。


「じ、事件って?」

「あー、そっか、ベッキーはまだ小さかったから知らないか。襲われた王子様を庇ってウィザー公爵家の嫡男が怪我をしたんだよ。十歳の時に。それから双子揃って屋敷からは出てこない。本当はあの怪我で亡くなったんじゃないか、なんて噂まであったよな」


 クリス様が怪我?大丈夫なのかしら……もう五年も前だから治っているわよね?でも五年も外に出ていないなんて、きっと深く心も体も傷つかれたのだわ。私が傷ついた心を癒して差し上げたい。


「あらぁ、私は公爵夫妻に似つかわしくない不細工だから隠したって聞いたわよぉ?」

「クリス様は不細工じゃないわ!とってもとっても素敵な方よ!」


 クリス様が不細工だったらこの世の男の殆どは不細工になってしまうわ。


「まあまあ、確かに美男子だったわね。エーデル伯爵夫人なんて、見た瞬間に頬を染めてらしたものね。バートン侯爵夫人なんて、五歳の娘の縁談を申し込もうとしていたわよ」


 お母様が私の言葉に頷いた。私がいない間に、クリス様に何があったっていうの?


「へぇ、かっこいいんだぁ……王太子殿下と同じお年よねぇ? 十五歳だったかしらぁ? 一、二、三……四歳差かぁ〜」


 お姉様が指折り数える。お姉様の目の色は完全に獲物を見つけた猫と同じ目だわ。


「お姉様にはあげませんわよ!」

「別にベッキーのものじゃないんでしょう?良い男は、早い者勝ちだわぁ。クリストファー様と結婚できれば、未来の公爵夫人よ? お父様だってウィザー公爵家と繋ぎができて幸せでしょう?」


 お父様は笑って肯定した。私はお家のことはよくわからないけど、ウィザー公爵様の方がお父様より随分偉い人なのは私も知っているわ。たしか、宰相様っていってたかしら。

 でも、クリス様は私の王子様なんだから! お姉様には渡せないわ。


「ねぇ、お母様。次は私もウィザー公爵夫人のお茶会に参加したいわぁ!」


 お姉様がお母様に甘い声でおねだりしている。駄目、絶対駄目よ。お姉様は出るところは出てて、引っ込むところは引っ込んでる、妹の私から見ても魅惑的な身体をしてるし、美人なの。私のクリス様がお姉様にクラリときてしまったらどうしよう?


「ウィザー公爵夫人のお茶に参加しても会える可能性は低いわよ。ベッキーだってたまたま庭園で迷子の所を助けて貰ったんだもの。ねぇ?ベッキー」


 お母様の言葉に私は何度も頷いた。だから、お姉様諦めて。一生のお願い。


「お茶会に参加してなくても、庭園を探せば会えるかもしれないじゃない」


 お姉様が楽しそうに笑う。


「あら、そう言えばベッキー、あの時クリストファー様は何をしていたの?」


 お母様が思い出したように私に尋ねた。お父様とお兄様は私達の話には興味無いみたいで、二人で領地の話をしているわ。


「人を探していたみたいよ。妹がいるんでしょ?」


 すっかり忘れていたけれど、あの時クリス様は『マリアンヌ』を探していたわ。


「確かロザリア様だっかしらぁ?王太子殿下のお妃様候補の。どんな子なのかしらぁ?」

「え……?」


 クリス様の妹はマリアンヌ様じゃないの?

 マリアンヌって誰?私の王子様はもう誰かのものなの?


 私は居ても立っても居られなくて、食事の席を飛び出して自室に逃げてしまった。

 背中に家族の大きな声を受けたけれど、それどころではない。部屋に入ると、涙がポロポロと溢れて落ちた。頬を伝い、足元の絨毯に染みを作る。


 ポケットから、ハンカチーフを取り出して、握りしめた。クリス様のハンカチーフ。涙を拭くために貸してくれたの。ハンカチーフを鼻先まで近づけて、ゆっくり息を鼻から吸い込んだ。ああ、ほんのり薔薇の香りがするわ。クリス様の香り。


 マリアンヌってどんな人なのかしら。クリス様の恋人なのかしら。どんなに考えても答えは出ないわ。だって、マリアンヌって人に会ったこともないんだもの。まずは、調べないと。マリアンヌって人がどこの誰なのか、クリス様の何なのか。


 私はハンカチーフを見つめた。真っ白なハンカチーフの右端に『C.W』の刺繍。クリス様の瑠璃色の瞳みたいに綺麗な青い薔薇が散りばめられていて、とても凝っていた。私じゃこんなの作れない。


「負けないんだから……」


 私はもう一度力強くハンカチーフを握りしめた。そうよ、私も刺繍が上手くなればいいのよ。明日から刺繍もお勉強も頑張るわ。クリス様に相応しい淑女になるの。

 だから神様、お願いします。今日はクリス様と夢の中でも会いたいの。そしたら、明日からとっても頑張れる気がするのよ。


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