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12.第一の試練

「マリー? マリアンヌ嬢ー?」


 ウィザー公爵邸は、王都の貴族街、その中でも王宮近くの一等地にあるにも関わらず、とっても広いの。大きな屋敷と広い庭園。小さな頃は迷子になったこともあるのよ。勿論今なら迷子になんてならないのだけれど。


 マリーは小さい。色とりどりの花々や木々と比べれば真っ白は目立つけれど、小さな彼女を探すのは骨が折れそうだった。少し探して見つからなければセバスチャンに相談して何人かに手伝って貰おう。


 早く見つけないとお兄様が心配してしまうもの。


「マリー、マリアンヌ嬢。私の可愛いマリアンヌ。どこに隠れてしまったんだい?」


 ヒョイっと大きな葉っぱをめくる。うーん、いない。困ったわ。


「マリー?」


 ぐるりと見渡しても白いモフモフは見当たらない。ああ、またどこかで茶色になるまで動き回ってしまっていたらどうしましょう?


 陽当たりの良い所、狭い所、マリーの好きそうな場所は手当たりしだい探したわ。全然見つからなかったのだけれど。


 仕方ない、一度本邸に行こう。と腰を上げ、立ち上がった時だったわ。後ろでカサリと音がしたの。こんな所で草と戯れるのは、マリーしかいないわ。


「マリー?」


 振り向いたけど白いモフモフした猫は見当たらなかった。その代わり、大きな目を目一杯広げて立ち尽くすご令嬢が目の前にいたの。


 ええっ? どうしてここに女の子がいるの? ここ、ウィザー家の庭園よ?


 彼女の瞳はクリクリと大きくて、マリーと同じ琥珀色だったの。もしかして


「……まさか、マリアンヌ?」

「ち、ち、ち……」

「ち……?」


 私は首を傾げる。彼女は口をパクパクさせて何も言わない。やっぱりマリーで、人間の姿になっちゃったけれど、猫だから喋ることができないのかしら。そういう物語、読んだことあるわ。


「ち、違います……!」


 彼女は涙を溜めて私を見上げた。ちゃんと喋れるのね。びっくりしたわ。本当にマリーが人間になってしまっていたら、皆に何て説明しようかと思っていたところよ。


 ああ、でもまずいわ。この子がマリーじゃないってことはどこかのご令嬢よね?だって可愛らしいピンクのドレスを着ているし、うちの侍女ではなさそうだわ。

 お客様……? ああ、忘れていたわ! 今日はお母様のお客様が来ているじゃない! きっとお茶会に参加しているご令嬢よね。


 でも、こんな時どうしたら良いの……? 歩き方や立ち振る舞いは直してきたけれど、女の子との会話なんて、ましてやどこぞのご令嬢とのやり取りなんてわからないわ。私の経験は十歳止まり。その後はほぼ、シシリーが相手だったのよ。


 ええい、昔読んだ小説を思い出すのよ。確か、初めてヒロインが王子様に出逢ったシーンが、こんな庭園だったわね。王宮の庭園で迷ってしまった時に王子様に出会うのよ。それはもう、胸高鳴るシーンだったわ。


 そう、まずは微笑む。ヒロインは王子様の笑顔に胸が高鳴ったと書いてあったもの。


 小説の内容を反芻しながら、私はふわりと微笑んだ。イメージは、お兄様の優しい笑顔よ。私はその笑顔で何度も涙を引っ込めてきたわ。

 涙を溜めた女の子は、何も言わずに私をじっと見つめている。実際笑顔だけじゃ涙は引っ込まないわね。


 さて、次が勝負よ。王子様はヒロインに声をかけるの。


「花の妖精は迷子になってしまったのかな?私はクリストファー・ウィザー。妖精さんの名前も教えてくれる?」


 ヒロインが花のように可愛らしいドレスを着ていたから、王子様は妖精って呼んでいたのよね。この子もピンクのヒラヒラした可愛いドレスを着ているし、妖精って呼んでも大丈夫よね。

 小さい頃ドレスを来てクルクル回ってた私に、お父様もよく「妖精さんみたいだね」って笑ってくれていたもの。「妖精さん」は男の常套句なんだわ。


「わ、わたくしは、レベッカ・レガールと申します」


 彼女はスカートをつまんで、淑女らしく礼をした。とても小さくて、可愛らしい。小説のヒロインみたいね。


 五年ぶりに外の世界の女の子に出会って、私は胸が高鳴ってる。もし順当にいっていれば、『ロザリア』のお友達になれたのかしら?『クリストファー』ではお友達にはなってくれそうにはないわね。


「レベッカ嬢、この庭園を一人で見て回っていたのかな?」


 一人で見て回るには広すぎるわ。近くに侍女の一人でも連れていればいいんだけど。


「はい、お母様方がお話をしていたので、少し庭園の花を見て回っていましたの。そしたら、帰り道がわからなくなってしまって……」


 レベッカは、話しながらまた目に涙を溜めた。今にも瞳から溢れてしまいそう。私はハンカチーフをポケットから取り出して、彼女に差し出した。


「泣かないで。この庭園は広いからね。よろしければ貴女の母君の所まで、私に案内させて貰えるかな?」


 迷子のレベッカを連れていったついでに、本邸のセバスチャンにマリーのことを相談しましょう。マリーを見つけ出すのは後回しになってしまうけれど、迷子を放ってもおけないもの。


 手を差し出すと、レベッカがおずおずと私の手を取った。頬が少し、赤いみたい。大丈夫かしら?

 結構陽射しが強くなってきているから、体調が悪いのかもしれないわね。

 日傘が有れば良いのだけれど、彼女の手には日傘はない。一人で軽く見てすぐ戻るつもりだったのかもしれないわ。


「あの……」

「なにかな?」

「マリアンヌ様を探されていたみたいですけれど、大丈夫なのでしょうか?」


 レベッカを見下ろすと、不安そうに瞳を揺らして、私を見上げていた。本当にマリーにそっくりな琥珀色の瞳。でも、髪の毛は真っ白ではなくて、亜麻色をしているから、マリーではないのよね。瞳がそっくりだから、勘違いしてしまったわ。


「先程は勘違いをしてごめんね。マリーと瞳がとても似ていたから。マリーなら大丈夫だよ。貴女を届けたらまた探しにくるから」


 それでも不安そうにしているものだから、私はそっと頭を撫でてやった。お兄様仕込みの撫で撫での効果は抜群だと思うわ。私はいつも元気になるわよ。

 それにしても、この子の髪の毛、とってもサラサラ。羨ましいわ。

 あら、顔が真っ赤よ。熱でもあるのかしら?瞳も潤んでるし、お兄様が熱を出した時に似ているわ。


 私はそっと優しく彼女の頬に触れた。ああ、やっぱり熱いわね。


「顔が真っ赤だね。大丈夫?立っていられるかな?」


 レベッカは何度も頭を縦に振った。ああ、辛くて声も出せないのね。お兄様も熱が出るとお話しするのが辛そうだもの。わかるわ。


「私に捕まって大丈夫だよ。ほら」

「きゃっ」


 私は彼女の肩に腕を回して、抱き寄せた。レベッカが、力無く私の胸に抱きつく。さすがに横抱きはしてあげられないから、私を支えにして。って思ったけど、これでは歩き辛いわね……。


「私を支えに……と思ったけれど、これでは歩き辛いね。そうだ、待っていて。誰か呼んでこよう」

「いいえ!あ、あの、大丈夫ですわ。だから、このまま……」


 私からでは、レベッカの伏せられた瞼しかわからないのだけれど、私の服を掴む手に力が入る。本当に大丈夫かしら。


 でも、このまま一人置いておくわけにもいかないわね。屋敷まではそこまで遠くないから、頑張って貰うしか無さそうだわ。


 私はレベッカを支えながらゆっくり屋敷を目指した。もっと早く歩きたかったのだけれど、彼女が辛そうだったの。本当に大丈夫かしら?


 屋敷に戻ってくると、お母様が四名のお客様を招いてお茶会をしていたわ。一番手前に座ってるのが、レベッカのお母様かしら?亜麻色の髪がよく似ているわ。

 お母様がレベッカと私を見つけると、とても驚いていた。瞳が落っこちそうなくらい見開きていたの。そうよね、突然ごめんなさいお母様。


「母上、レベッカ嬢の体調が悪いみたいなんです。熱もあるようですし、医者を呼んであげて下さい」

「まぁ!大丈夫?客室に案内しますわ。さあ、こちらへ。クリストファー、ここをお願いできるかしら?」

「ええ、わかりました」


 お母様は、レベッカと、レベッカの母親を連れ立って退出した。残された私は、好奇な目で見てくるご婦人三人を前にして、微笑むことしかできなかった。


「初めまして、先程は大変失礼致しました。私は、クリストファー・ウィザーと申します」


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