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【WEB版】偽りの青薔薇ー男装令嬢の華麗なる遊戯ー  作者: たちばな立花
芸術祭編

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100.答え合わせ

 なぜ、私達が入れ替わることを決意したのか。それを説明するには、少しばかり昔話をしなくてはいけない。あれは、私とお兄様が入れ替わるほんの少し前の話だ。


 月が姿を隠し真っ暗な中、私は一人暇を持て余していた。お兄様はもう眠ってしまっている。本来なら私も眠らなければならないのだけれど、なぜかそんな気分にならなかった。隣でお兄様が寝息を立てたことを確認すると、私はこっそりとベッドから抜け出たのだ。


 廊下に出ると、お父様とお母様の話し声が僅かに聞こえてくる。起きていることが知れると、きっと叱られてしまう。だから私は、こっそりと声のする方に近づいた。


 もしもこの日、私がお父様とお母様の会話を盗み聞きしていなければ、私達は違った形で今のこの時を生きていたかもしれない。


 扉から光が漏れていた。私はほんの小さな好奇心に背中を押されて、扉の近くまで寄って行った。


「そんなことをしたら、クリストファーはどうなるの? あの子は長男なのよ?」


 お母様の声はいつもよりも荒々しい。その声は、まるで喧嘩をしているみたいで怖かった。けれど、お兄様の話をしているようだとわかった私は、慌てて聞き耳を立てた。


「病気のクリストファーに、そんな重荷を背負わせるわけにはいかないよ。今、あの子には療養が必要なんだ」

「だからって、ロザリアに婚約者なんて……。ロザリアだって病気なのよ?」


 お兄様の話だけではなくて、私の話もしているみたい。私は跳ねる胸を押さえながら、固唾を飲んだ。


「私達はそろそろ決断しなくてはいけないんだよ。病気のクリストファーを後継とするか、ロザリアの婚約者に跡を継がせるか」


 お父様の苦しそうな声がこだまする。意味が分かるまで、私は何度も頭の中でお父様の言葉を反芻した。


 私の婚約者?


 一人の男の子が脳裏に過ぎる。小さな頃、「結婚しよう」と言ってくれた王子様。けれど、彼は将来王様になるのだと後に聞いた。ウィザー家を継げる人ではない。


 私は目の前に両手を広げた。婚約者の手を取る私の姿が全く想像できなくて、私は自身の肩を抱きしめる。


 もしも、私の婚約者が跡を継げば、お兄様はどうなるのか。何よりも、私に婚約者ができるかもしれない。不安ばかりが頭を支配する。


 お部屋の中ではまだお父様とお母様が言い争っていたけれど、私の耳にはそれ以上何も入ってこなかった。


 その後、どうやって部屋に戻ったのかよく覚えていない。お兄様の寝顔を見て、更に怖くなった。


 今思えば、お父様も苦渋の決断だったに違いない。けれど、あの日の私はお父様とお母様の苦悩まで頭が回らなかった。


 私だってこの小さな世界での生活がずっと続くと信じていた訳ではない。けれど、頭の片隅できっとどうにかなると思っていたのだ。その考えがガラガラと崩れ落ちた。


 私は触れることもできない婚約者を与えられ、お兄様は居場所を失う。私の目の前に突きつけられた現実はあまりにも残酷で、とても苦しいものだった。


 真っ暗な部屋の中で、私は何度も何度も考えた。お兄様も私も幸せになる方法を。


「私が病気だったら良かったのに……」


 そうしたら、お兄様は跡を継げる。病気の私に婚約の話など降ってこない。


 もしも私がお兄様なら、きっと全部上手くいった筈だ。


「そっか、私がお兄様になれば――」


 私は次の日の夜、殆ど見えない月の下、お兄様に私達が入れ替わる計画を話した。お兄様は瑠璃色の瞳を溢れるかと思うほど見開いて私を見る。その日から、何度も何度も話し合いを重ねながら、私達は満月の晩を迎えた。



 ◇◇◇◇



 馬車がアカデミーに向かって走る。私の話を聞いていたアンジェリカは、腕を組んで難しい顔をしていた。


「よーく分かったわ。貴方は兄の居場所を残すと同時に、自分の居場所も用意した」


 アンジェリカは、納得したように頷く。


 アンジェリカは馬車に乗って早々、私に「なぜ二人は入れ替わる必要があったの?」と聞いてきた。私はあの日のことを思い出しながら、掻い摘んで説明をすることになった。


「そういうこと。私達にはそれ以上良い案が思いつかなかったからね。私はお兄様を守るという名目で、自分を守った。そして、お兄様はそれを知って、私の計画を受け入れてくれた」


 あの日のお兄様の悩ましげな顔は忘れない。お兄様は満月の夜まで、何度も「もっと良い方法はないのか」と考えを巡らせてくれた。


「これは誰にも秘密。あの日の夜、ロザリアは部屋で寝ていたことになっているから」


 もしもお父様やお母様に知られてしまったら、きっと悲しんでしまう。だから、これは二人にはこの先もずっと秘密だ。私は人差し指を唇に当てた。


「……うまいわね」


 アンジェリカは眉を寄せる。私は意味がわからなくて首を傾げた。


「何が?」

「秘密の共有は人の心を縛るのよ。まあ、いいわ。どうせ貴方のそれは天然ものだろうし。貴方達の秘密は誰にも話すつもりもないし、助けられることがあれば手を貸すわ」

「ありがとう。助かるよ」

「いいのよ、友達ですもの」


 アンジェリカは腕を組んだまま、フイッと顔を背け、窓の外に目をやってしまった。私も窓の外の景色を一緒になって眺めた。


 彼女が仲間になることは心強い。最後の日まで私は『クリストファー』としてしっかりと前を向こうと心に決めた。何より、『友達』という短い一言に、胸が暖かくなって、緩む頬を抑えることができない。


「何にやにやしているのよ」


 とうとうアンジェリカに呆れられてしまった。物言いたげな目で見られて、私は誤魔化すように微笑んだ。彼女はため息を一つついただけで、それ以上言及はしてこなかった。


「それにしても、本当に女だったなんて。驚きだわ」

「えっ?」


 私はあまりの驚きに目を丸くした。先程まで、あんなに自信満々に推理を見せていたではないか。あれは全てはったりだったというのか。私は頬をひきつらせる。


「本当のところ、半信半疑だったのよ。貴方に笑い飛ばされたら冗談にするつもりだったわ」


 あっけらかんとアンジェリカは言った。彼女の言葉に私は数度目を瞬かせることしかできない。あんなに悩んだというのに、まさか当てずっぽうだったとは。私が何も言えずに彼女を見つめていると、彼女はケラケラと笑った。


「だって、貴方、男臭さはないけれど、歩き方とか仕草は男っぽいのよね。演技の練習の時もそう。女役なのに、どことなく男らしさがあるっていうのかしら。公爵家の令嬢には見えないもの」

「そう、かな?」


 上手く『クリストファー』としてやっていると褒められているような、女らしくないと(けな)されているような、複雑な気分だ。


「安心して。クリストファー様には明日から私がみっちり女の仕草を仕込んであげるわ。だから、私にも男らしい演技、教えて頂戴ね」


 アンジェリカの笑顔が恐いと感じたのは何度目だろう。私は危険な人を友人に持ったのかもしれない。「何事も完璧を目指さないと」と笑う彼女に私は苦笑を浮かべる他無かった。


 アカデミーに着くと、すぐさま王室専用サロンに向かって走った。アンジェリカには「先に行く」と伝えて駆け出した。背中からアンジェリカの声が追ってきたけれど、振り返ることもしなかった。すれ違う令嬢達に、体を心配され声を掛けられるけれど、私は「大丈夫」とだけ伝えて走る。


 サロンの入り口を担当する護衛官達は、私の姿を見て驚いた。ここでも体を心配されてしまった。けれど、私の気持ちはサロンの中だ。


「アレクは中にいるかな?」

「いらっしゃいます」


 護衛官は、頷くとすぐに扉を開いた。慌てて部屋に入ると、部屋の隅からぐるりと見回す。何人か芸術祭の準備の為に仕事をしていたけれど、どこか重い雰囲気だ。私の顔を見て、少し驚いたように目を見開く者もいれば、ぱっと嬉しそうに笑顔を咲かせる者もいる。


 殿下は椅子に座って難しい顔をしていた。眉間にはくっきりと浮かぶ二本の皺。刻まれた皺が彼の機嫌を物語っていた。きっと、また一人で抱え込んでしまったのだろう。


 私は真っ直ぐに殿下の元へと歩いた。私にも気づかない様子で、彼はずっと書類にかかりきりだ。どれ程集中しているのだろうか。けれど、このままではいけない。私は彼のすぐ隣まで寄って、書類を持つ手を掴んだ。


 殿下は驚いたように顔を上げた。


「……クリス? もう良いのか?」


 不安そうに紫水晶の瞳が揺れる。安心させるように微笑むと、ほんの少しだけ眉間の皺が緩んだような気がした。


「ええ、随分ゆっくりしました。それより、少し話があります」

「すまない。今は忙しい」

「いいえ、駄目です。今でなくてはなりません。一緒に来てください」


 掴む手に力をこめる。殿下は困ったように瞳を揺らした。けれど、私は何度でも首を横に振る。


「ここでは駄目なのか」

「駄目ですね」

「しかし――」


 なかなか動こうとしない殿下に痺れを切らした私は、力いっぱい彼の腕を引っ張った。勿論私の力では殿下には敵わない。それでも、「動いて」と願いを込めて、何度だって引っ張ろう。


 すると、彼は観念したのか、眉間の皺を深くしながらも立ち上がってくれた。ホッと胸を撫で下ろす。


「大丈夫、すぐに済みますから。少しだけ貴方の時間を貸して下さい」


 にっこりと微笑むと、私は殿下の腕を引いたまま、サロンを後にした。長い廊下を歩く。私は殿下に逃げられないように、しっかりと手を掴んだままだ。彼は大人しく私の後を着いてくる。けれど、突然彼は力いっぱい踏みとどまった。


 殿下の力には勝てない。私は彼に引っ張られるように、仰け反った。振り返ると困惑した彼の瞳とぶつかった。


「どこに行く気だ?」


 難しい顔で、殿下は私の手から逃れるように、手を振り解いた。私は少し考えた後、にっこりと笑う。


「良いところ、でしょうか」


 殿下の目が大きく見開かれた。私は彼の手をもう一度掴むと、廊下を進んだ。

























いつもお読みいただきありがとうございます。


祝本編100話!

100話もお付き合い頂き、誠にありがとうございます。

記念すべき100話はもっとアレクの良い所を見せてあげたかったのですが……!


明日も更新予定です。

よろしくお願いします。

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