勇者は魔王に土下座した
初短編です!
よろしくお願い致します!!
荘厳なBGMの流れる、魔王城・謁見の間。
魔王城の最奥部に位置するそこに一人、魔王は鎮座していた。
その右手には、ブランデーグラス。
注がれているのは、りんごジュースである。
彼は今、一人の男を待っていた。
その男とは、神の加護を受けし人類最強の男・勇者である。
そう、魔王は今、来たるべき勇者との最終決戦に備えているのだ。
具体的にはイメージトレーニングをしている。
流石というべきか、勇者の侵攻は早い。
彼の侵入から1時間と経たずに、最終防衛ラインが突破されてしまった。
そこで、最終最終防衛ラインである、魔王の側近が出陣してから、もうすぐ10分。
恐らく、勇者は来る。
その瞬間、まるでゴングを鳴らすように、戦いの火蓋を切る様に、謁見の間の扉が開け放たれた。
勇者がここまで到達したのだ。
ドアの向こうに立つ少年に対し、魔王はイメージトレーニング通りに口を開いた。
「……貴様が勇者か……?」
勇者は、ズンズンと歩みを進め、謁見の間へと入室する。
主人公っぽいツンツン頭に、青と金色で彩られた鎧を纏い、山ごと切り裂く伝説の聖剣を提げる勇者。
見るからにハーレムを築きそうな整った顔つきは、どこか清潔感を感じさせる。
だがその凄みは、齢15にしてドリアン。
果物の王様。
それを受け止める魔王の胆力は、宛ら鋼。
折れはしないが傷つきやすい。
「見ればわかるだろ?
それとも、お前の目は節穴なのか、魔王さまよぉ?」
勇者の登場で、魔王城に流れるBGMが止まった。
魔王渾身の演出だ。
ちなみに、先のBGMを作曲したのも魔王である。
「ふふふ。
たった一人で此処まで辿り着くとは、大した奴よ……」
魔王と勇者、2人の視線がぶつかり合う。
光と闇、水と油、あるいは、きのことたけのこ。
相容れることのない2人……。
「して、魔王を前にどうする、勇者よ?」
「どうするもこうするもない」
そして勇者は――!
その場で、土下座した。
「魔王……いえ、魔王様!!
俺をあんたの軍に加えてくれ!!!」
「……え、え?
な、なんの真似だ……?」
想定していない勇者の行動に、狼狽える魔王。
彼はなんとか平静を取り繕った。
「見ての通りだ!!
やっぱりお前の目は節穴だろ!?」
「待て待て待て!!
それが人に頼みごとをする態度か!?
……ではなくて、戦わずして我が軍門に降ろうとは、気でも違ったのではあるまいな……」
流石は魔族のアドリブ王。
たとえ勇者が予想外の行動に出ようと、そう簡単にラスボスの貫禄は失われない。
「違ってねぇ!!
俺は最初から、魔王軍の一員となる為にここに来たんだ!!」
「マジ――。
わ、笑わせるな。
魔王である我が、貴様の術中に嵌ると思っているのか?」
魔王は焦っていた。
このままでは、彼の計画が台無しになってしまうからだ。
ここでぶっちゃけると、魔王はこの世界の人間ではない。
異世界から転移してきた人間なのだ。
そんな彼には、一つの夢があった。
それは、物語のラスボスとなって、主人公との最終決戦に赴くこと。
ただそれだけの為に、台本を用意した。
BGMも作曲した。
社畜ならぬ魔畜人生を送ってきた。
自ら鍛錬に励み、魔王軍を指揮し、いつか現われるであろう宿敵を待っていたのだ。
そして、ついに現れたのが勇者だったのだ。
もし彼が魔王軍へと寝返るとしたら、また新たなる主人公候補を探さなくてはならない。
また、魔族の為に身を削る魔畜人生に逆戻りだ。
「騙すつもりはねぇ!
俺は本気だ!!!」
勇者の目を見るに、嘘をついている訳ではなさそうだ。
「ならば、何故我が軍に?
貴様ほどの腕ならば、我から魔王軍そのものを奪い取るのすら難しくはなかろう?」
「そんなの決まってる……。
――浪漫だからだ!!!!!!!
闇落ちした元主人公!
光と闇の両方を備えた漆黒の騎士!!」
「ちょ、ちょっと待て!!!
さっき地の文でも言ってただろ!!
俺達――コホン。
我らは、きのことたけのこ。
決して相容れることはない……」
「だから浪漫なんだよ!!!」
悔しいことに、魔王は勇者のロマンを理解できてしまった。
何故なら、魔王も男の子だからだ。
誰が言ったか「男は黒に染まる」。
戦隊モノの合体ロボでも「ブラックバージョン」と言うものが発売されているレベルで、男の子は黒が好きなのだ。
それだけではない。
ダーク○○と言えば、バトル物のお約束。
それが先代主人公となれば、内包する浪漫は計り知れない!!
だが魔王にも浪漫はある。
主人公とラスボスの、命を削り合う最終決戦、と言う浪漫が。
出来る事ならば、部屋に入る所からやり直して欲しいと、魔王は思う。
だが、その思いは勇者には届かない。
「知らんな。
我らは魔族と人間。
殺し合う運命なのだ」
「……運命ねぇ」
「事実、貴様は我が同胞を殺した。
殺し尽くした」
勇者はキョトンと魔王を見上げる。
何言ってんだこいつといった表情だ。
「はぁ?
俺は一人も殺しちゃいないぞ?」
「……なんだと?
嘘に嘘を重ねるなど……」
魔王は、その言葉を信じられなかった。
いくら勇者とはいえ、魔王軍の精鋭部隊を殺さずに仕留めるだなんて……。
魔王軍の統率力は、新人研修中の新入社員。
そう簡単に突破できるわけがない。
「だからほんとだって!!!」
「なら側近はどうなのだ!!
彼の結界は、命尽きるまで解かれることはない!」
「え!?
そうなのか!?
なんか歩いてたら突破できたぞ!?」
バカな!? と、魔王は胸中に叫ぶ。
奴の結界をそう簡単に破るだなんて……。
ならば側近もまだ生きているということ。
「そっき~ん!!
そっきぃぃぃぃぃぃん!!」
魔王は、ダメもとで側近を呼んだ。
その瞬間――。
「魔王様、只今!!」
側近は、魔王の傍らに現れた。
「側近!!
生きているなら、何故戻らない!!」
「いや~。
因縁の対決に水を差すのは無粋かと」
「因縁も糞もあるか!!
もうこんなん戦いにならん!!」
魔王の中にあるのは、夢をぶち壊された怒りだけだった。
「魔王様。
口調はよろしいのですか?」
「もういい!!
威厳を保つだけ無駄だ!!!」
魔王にとって計算外だった。
勇者が強いということは把握していたが、まさかこれほどまでに俺TUEEEEEだったとは。
「いいか勇者!!
俺はお前を仲間とは認めん!!
叩く気がないならとっとと帰れ!!」
「帰らん!!
魔王が認めてくれるまでな!!」
すると勇者は、懐から一冊の本を取り出した。
分厚いハードカバーの本だ。
流石に広辞苑ほど厚くはない。
彼はその本を開き、高らかに掲げた。
「『あの剣は間違いない……聖剣だ……!』
聖剣……かつて勇者のみが抜くことが出来たと言う伝説の剣……。
それを持っているということは、奴は……!
『先代……勇者……!?』
黒く塗られた鎧に、もはやかつての面影はない。
彼のその瞳は、血に塗られ、魔力からは黒よりも深い闇を感じさせる。
まさか……先代勇者は、闇に心を売ったのか!?
『ありえません、勇者様が、悪に染まるだなんて……!』
『気付いたんだよ……綺麗事だけじゃ、世界は救えない……。
魔王様が夢見た世界こそ、理想郷だとな!!』
『先代勇者……気でも違ったか!!』
勇者は、剣を向ける、もう一人の勇者へ――!」
「だああああああああああ!!!
わかったから!!
話くらいなら聞いてやるから、自作小説を読むのはやめろ!!!
恥ずかしい~~!!??」
魔王は小説のあまりの痛々しさに耐えきれず、声を荒げた。
「恥ずかしい!?
俺の輝くべき未来予想図だぞ!?」
「そんなもん、押入れの黒歴史BOXにでも仕舞っておけ!!
後側近!
お前からも何か言ってやれ!!!」
側近は、顔色一つ変えずに、淡々と語り出す。
「お言葉ですが魔王様。
勇者が魔王軍の軍門に降るというのでしたら、それ以上を望むのは罰当たりとは思いませぬか?」
「これ、軍門に降るって言っていいのか……?」
「それは置いておいて。
ここは一つ、お互いに譲歩すべきかと。
勇者の渇望に答えながら、魔王様の念願を果たすのは、決して難しいことではございません」
魔王は、腑に落ちないながらも、理解は出来た。
確かに、お互いの主張を押し付けるのではなく、折り合いを付けることが、問題解決への第一歩だ。
「わかった……。
では勇者、こうしよう!
勇者と魔王は、死力を尽くして戦った。
その戦いの末、勇者は苦勝。
しかし、魔王の野望にも、賛同できた。
これまでの旅で、世界の闇を見てきた勇者は――。
――闇に心を売った……。
……どうだ?」
勇者は、俯いたまま動かない。
納得がいかないのか?
いや、違う。
咀嚼しているのだ、魔王の描いた未来図を!!
そして――!!
「乗った!!
最高じゃねぇか!!
魔王を倒す力を持ちながら、世界に絶望した勇者……最高だ!!」
「よし、それでは、ここに入る所からやり直してくれ」
「おうよ!!」
そして勇者は、扉の向こうに姿を消した。
――そして、時は流れ……。
次世代勇者たちの前に、先代勇者が立ちはだかった!!
「あの剣は間違いない……聖剣だ……!」
聖剣……かつて勇者のみが抜くことが出来たと言う伝説の剣……。
それを持っているということは、奴は……!
「先代……勇者……!?」
黒く塗られた鎧に、もはやかつての面影はない。
彼のその瞳は、血に塗られ、魔力からは黒よりも深い闇を感じさせる。
まさか……先代勇者は、闇に心を売ったのか!?
「ありえません、勇者様が、悪に染まるだなんて……!」
「気付いたんだよ……綺麗事だけじゃ、世界は救えない……。
魔王様が夢見た世界こそ、理想郷だとな!!」
そして勇者は、先代勇者に対して――。
「お願いします!
俺を、俺をあなたの弟子にしてください!!」
「……は?」
「俺、夢だったんです!
師匠が、敵として立ちはだかる展開が!!」
そして、時代は繰り返す――。