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第八話

 好きな人、死なれたら死にたくなるほど好きな人……それは将来出会うかもしれないけれど、少なくとも17歳の私にはいないようだった。家族も友達も、後輩も先輩も、いなくなったら悲しいけれど、いつか何かが悲しみも埋めてくれる気がする。

 アサヒメ様は橋から飛び降りた……かに見えたが、浮きながら狐に近づき、拾い上げた。もう何でもありになってきた。

「二度と生贄を求めない。畑を荒らさない。星川郷の人間を困らせないで、できるだけ手伝いながら人間と共生する」

「む、無理だ……人間はみんな僕を怖がるし、昔だってマキくらいしか僕に近寄ってくれなかったじゃないか」

「何のためにあの腑抜け子孫にかけらを預けたか知らないんですか? 少しは良い方に考えなさい」

 アサヒメ様はイヅルを指さす。ずっと蚊帳の外で可哀想になってきた。何が起こっているかちっとも分かっていないに違いない。

 後で全部説明しなくちゃいけないのかなあ、あれ。

「う、うん……分かったよ、マキが言うなら」

「それと、もう一人のマキ……アザミさんはどうなったのか、彼にきちんと説明しなさい」

「あ、あぅ……」

「返事は『はい』でしょ」

「はい……」

 そうだ、アザミさんはどうなったんだろう。私を襲ってきたってことは、生贄にされていない……?

「あ、あの。細かい説明はええから、生きてるか死んでるかだけでも教えてくれへんやろか」

「生きている。あいつがマキではないことは最初から分かってたから、逃がした」

 私は胸に手を当て、大きく息を吐いた。よかった。アザミさんが帰ってくるかは分からないけれど、イヅルの心配が少しでも減ったなら本当によかった。

 その時アサヒメ様は眩しそうに目を細めて、大きなため息をつく。

「いけません。話し込んでしまったせいで月が沈みかけています。急ぎますよ。……最後に、こちらの麻姫さんを元の世界に帰してください。あなたなら時空の歪みくらいは改修できるでしょう?」

「もちろん。彼女にはそれくらいの誠意は見せる。本来なら関係のない人物なのだから」

「ふふ。果たして本当に……無関係でしょうかね? まあそれは置いておいて。麻姫さんは、お別れを言いに行きたい人はいますか?」

 イヅル以外好意的な村民に遭遇できなかったからイヅルくらいしかいない。多分私から話せることも少ないだろうし、細かい説明は狐がしてくれるだろう。

「あ、じゃあイヅルに少しだけ……。あの、よぅ分からへんけど、ここにロロナちゃんって子は迷いこまんかったやろうか?」

「さあ……私は検知しておりません。あなたは?」

「あの歪みから出てきたのはお前一人だった。保証する」

「そか……」

 なら、きっと無事にいてくれるだろう。心配かけただろうから、いっぱい謝らなきゃ。

 私は二人に一礼して、イヅルに駆け寄る。突然現実に戻ったみたいに、イヅルの顔は引き締まった。

「えっと、ウチ帰るさかい」

「え、ああ……」

「あの狐、悪い奴やないし、アザミさんのことも知っとるみたい。後で話聞いてやってや~」

「うん……」

「あと、今日までほんまおーきに。ぎょーさん助かったで」

 イヅルに向かって片手を差し出すと、何のことか分からない顔をされた。握手も知らんのかこいつは。

「これ、ウチの世界で、また会いたい人にするときのさよならの仕方やで」

 イヅルの左手を掴んで、私の右手に絡ませる。こんなに乾燥した人の手に触れたのは初めてだった。

「ばいばい」

 お互いに、涙は流れなかった。

 私は結んだ手をほどいて、背を向ける。振り返ったらもう帰れない気がしたから、まっすぐ前だけ向いた。

「まっ、待って! マキ! お前、なんでここの方言を!」

 言われてみれば、ここに来てからずっと地元の言葉で話していた気がする。上京してからずっと、慣れないお上品な言葉で話し続けて、窮屈だった。自分の口から出てくる言葉が、自分の言葉じゃない気がして気持ちが悪かった。かっこつけてたのかなあ、私。どんな言葉を使ってても、気持ちが伝われば誰とでも仲良くなれるのに。

「どっかでおーたことあるんやろ」


【TRUE END】偽らない私

「いてっ」

 星川郷に飛ばされた時と同じように私は尻もちをついた。もうお尻がマシュマロから煎餅だよ。尻をさすって立ち上がる。ここは見慣れた学園の敷地。私が星川郷へ飛ばされた場所。あそこは異世界だったのかな。それともタイムトリップ? また、イヅルたちには会えるのだろうか。

「結局帰ってもうた」

 ロロナちゃんは無事だろうか。とりあえず寮に帰ってみよう。この近くにはいないみたいだし。それにしても、学園から出ようとしていたのに、いざ戻ると落ち着くなんて皮肉な話だ。あと、姫抱きお兄さんとオカマのことも調べないと。何が原因で私があんな数奇な出来事に巻き込まれたのか、知らなきゃいけない。





「先輩、一つ気になってることがあるんですけど」

「えーよ、一個でも千個でも訊いてやー。麻姫ちゃんに隠し事はあらへんでー?」

 私は図書館から借りてきた地図帳をパラパラ捲る。関西あたりに目星をつけながら、一心不乱に目的地を目指した。でも、自分の地元を見つけた時は、思わず愛しくてページを撫でてしまった。浮気者を許してほしい。

「どうして最近、ずっと関西弁? うーん、地元の言葉のままなんですか? 前までは、日常会話なら普通に話してましたよね? 標準語で」

 この本にもない。ポイ。したいところだけれど、ロロナちゃんが怒りそうだからやめた。ベッドサイドに綺麗に並べて置く。

 次に手に取ったのは、昔の日本地図だった。平安以前くらいの地域の地名が載ってある。もしこの本に載っていたなら、私はタイムスリップしたことになるのかな?

 関西のページを素早く開くと、京都から下へ、一つずつ、見落とさないようにしながら探した。

「先輩、答えてくれないんですか?」

「うーん、待ってー」

 ロロナちゃんの無事を確認した後、私たちはお互いにどういう経緯で今ここにいるのか話し合った。到底信じられない話を聞かされたが、ロロナちゃんだって同じ気持ちを私に抱いているだろうからお互い様である。でも今、私はどうしてもあれが夢ではない証拠を掴みたい気分なのだった。 

 オネエとお兄さんたちにも何かあったようだが、あまり深く話はしなかので、全貌はよく知らない。ただ、彼らが黒幕という誤解は解けたので良かったと思う。また何か機会があれば、仲良くなれるのかもしれない。

 大阪を通り過ぎて、奈良へ。どうかイヅルがいますように。アサヒメ様がいますように。狐が村人と仲良くなれていますように。アザミさんが、報われますように。手が震える。諦めかけたその時、控えめに載せられた故郷は、間違いなくそれだった。

 歓喜で口から息が漏れる。拡大した瞳に焼き付けた文字は「星川郷」だ。また会いたい人たちがいるところ。

「先輩、どうかしましたか?」

 ロロナちゃんが私を覗き込んでくる。溢れかけた涙を拭って、なんでもあらへん、と返事をした。それでもまだ彼女は疑わしげだ。

「質問! そう、質問。答えるな? えっと……なんや気恥ずかしいんやけど」

 興奮して質問どころではなかったけど、答えると言ったからには守らなければならない。でも顔を見て言うにはあまりに照れくさすぎる解答だから、ベッドに仰向けになった。

「ウチ、自分を演じるのに疲れたんよねー」

「は、はあ」

 呆れたような顔でロロナちゃんは続きを促した。それだけでは分からない、と。

「ずっと、都会で方言はかっこわるい、思うとったんやけど、言葉ってウチ自身みたいなとこあるし。なんていうか、合わんかった? 自分が自分やない気がしたんよ。窮屈な感じに近いんやろか。やから、まあ、訛りもウチのアイデンティティーっちゅーことで、解禁した! これで男の子にモテモテや~」

「相変わらず先輩は意味不明っていうか……う~ん、まあいいですよ。それに」

 ロロナちゃんは広げたまま置いてあった地図帳を手に取る。彼女もその地名を見つけたようで、にっこり笑った。

「私はその言葉、可愛いと思いますよ?」

「おーきに」

 照れくさくて蓑虫みたいに布団にくるまった。

「あっ、簀巻き!」

「やかましいわ!」

 手刀の代わりに布団から突き出た足で、軽くロロナちゃんを蹴る。

「先輩いたーい! 下級生いじめです」

「こわーい先輩からの洗礼や! 以後覚えとき」

 冗談はここまでにして、私は旅の準備をすることにした。学園から外出許可が貰えるかは知らない。でも、貰えなかったのならまた脱走すればいいだけのこと。もしまた変なことに巻き込まれても、もう一度星川郷に行けるかもしれないし。それなら万々歳だ。

「もう一個質問いいですか? ……行く気でか?」

「もちろん」

「でも、先輩が行った星川郷じゃないかもしれませんよ。時代が違うでしょうし……先輩が会いたい人だっていないかもしれないじゃないですか。全然違う景色がそこに広がってたら、どうするんですか? 行くだけ無駄では?」

 全くその通りだと思う。リスクを背負って確かめに行くことではない。とりあえず星川イヅルが在住しているのか、調べてから行くのがベストだと思う。でも私は、割に合わなくてもフィールドワークがしたい気分だった。

「うーん……まあ、ええわ。観光にもなるやろ」

「ええ……」

 ロロナちゃんは呆れを通り越した顔でため息をつく。ごめんね、世話のかかる先輩で。

「そこにみんながいてなくても、近代日本を感じても、狐もお姫様もいてなくても、きっと何かの痕跡があるやろ。……みんながそこにいてて、私に出会った記録が、絶対どこかにある」

 根拠なんてないけどね。

 窓から吹き込んだいたずらな風が、地図帳のページをパラパラ捲っていった。


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