第五話
「開きまへん。ウチは連れてかれへんで」
本当はすごく怖かった。でも気丈に振る舞わないと、すぐこいつに乗っ取られるような気がした。イヅルがどうにかしてくれる。だって私は、何も知らない普通の女の子なんだから。特別な魔法で狐を退治できないし、すごいバリアが張れるわけでもない。
「麻姫、あとちょっとの辛抱や……」
イヅルはというと、何かに悩んでいるようで、箱庭の前で何か考え事をしているようだった。
「なあ、ウチイヅルのとこ行ってええの?」
「ん? あー、まあ、あんまり動かんでほしいんが本音やけど、今は向こうもだいぶ静かになっとるし、いけるんちゃう?」
こっちの生死に関わることを気軽に言うな。
でも私は彼を信頼して、近寄った。ずっと正座していたから足が痺れて、いつもの5倍くらいの時間をかけて歩いた気がする。
「何を悩んどるの?」
「それが……」
イヅルは山を指さした。頂上には鳥居があって、よく見たらお稲荷さんも添えてある。ミニチュアなら可愛いのにね。
「文献には、これを壊せば狐はいなくなるって書いてた」
村人が押し寄せない時は、書庫に篭って何かを探していたみたいだったけど、成果がでたようでよかった。
「なんで昔の人は狐を追っ払う方法、知っとたんにせんかったんやろ」
「それなんよ」
いい質問ですね! と言いたそうにイヅルの瞳は輝いた。こんな時に何故はしゃぐ。
「狐を追っ払えるのがほんまやとしても、ここにまだ鳥居と狐が残っとる限り、誰もせんかったってことやん。壊しても消えんかったんなら、ここに鳥居も狐もいてないやろ」
「せやな」
その時強い風が襖に叩きつけられて、地獄の底から響くような声が、また何かを語りかけていた。
「ツライ……サミシイ…………モオヒトリハ……ヤダ…………」
同情したら、連れていかれる。
目が合ったイヅルは何も言わなかったけど、何となく伝わった。
「急いだ方がええ。どうするか、麻姫に任せる」
「それ、村に何かあったらウチの責任やん」
「地獄でまた会えばええやん」
あの世でも天国でもないんかい。
ウチが選択に失敗すれば、村は滅びてみんな地獄行き、か。
▼鳥居と狐を壊しますか
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