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第一話 

 今日の夕飯はカレー。わたしたちが「ママ」と呼び親しんでいる彼女が作ったカレー。わたしの実家で食べるご飯みたいに温かかった。いつもと同じ席で、いつもと同じ人と食べるごはん。穏やかなまま、今日も日常を終えるものと思っていた。だけど――。カレーを一口食べたとたん、誰かから脳をわしづかみにされ、ぶんぶんと揺らされる感覚に陥ってしまった。そして、揺さぶりながら、低い獣のような声が、わたしの脳裏に踏み入ってきた。


「目をさましなよ。このおかしくておもしろい幻術から」


その声に、はっと我に返る。目の前には、自分の今の状態をまるで鏡に映したかのような、真っ青になった蘇芳先輩がいた。


***

【備考】

※小日向は小柄な女子生徒である。本名小日向ロロナ。自分の世界に入りやすい。「小日」表記はすべて小日向のことである。

※蘇芳は関西弁を話し、小日向の一つ先輩にして、女子寮では相部屋。本名蘇芳麻姫。


***

小日「えっ……なに……なにっ!? せっ先輩!? 」(フルール友和学園一年の小日向ロロナは、一つ年上の先輩、蘇芳麻姫の向かいに座っていた。麻姫の顔色の悪さを伺うように、ばっと席を立ち上がった)


蘇芳「………! ……っ、やば、気持ち悪いかも…!」


小日「だ、大丈夫ですかっ……て、わたしも足が……」

(突如として視界がぐらつき、いすにへたり込んでしまう)


蘇芳「や……、ちょ、ちょっと待ちや、ウチ今、よ、養護室に…ロロナちゃん連れてっ、たる、あっ、無理。力入らへん」(麻姫はテーブルに両手をつき立ち上がろうとするが、力が入らず、がくっと肘が曲がってしまう。立ち上がれなかった)


小日「せっ先輩、な、なんとか歩けます」(体にしびれるような感覚を残したまま、ロロナは踏ん張って立ち上がった。麻姫の隣になんとかたどり着く)


小日「……肩につかまってください」


蘇芳「おおきに……」

(ロロナは麻姫と二人三脚のような格好で歩き出した。周囲に何人か気にかけてくれる人間はいたが、「大丈夫」の一点張りで通した。ロロナも麻姫も、体のしびれで確かに力が入りにくい状態ではあったが、養護室に行くまでもないと思った。部屋で休めば十分だろう。その程度の認識だった。食堂で生徒を監視する教員に事情を伝え、二人は食堂を出た)


***

蘇芳「ロロナちゃんおおきにな、ほんま」


小日「…………はっ!」(麻姫の声にびくっとするロロナ)

蘇芳「ど、どないしたん」


小日「いえ、ちょっと考え事してまして」

(食堂から女子寮に至る廊下を歩きながら、ある疑問がロロナの頭を離れなかった)

 なぜ、わたしはここにいるのか?

 今までに決して思い浮かばなかったはずの疑問だった。

フルール友和学園の一生徒だから。

確かにそうだ。それは正しい。でも釈然としない。変な違和感。正しいんだけど、それだけでは不十分、のような気がする。わたしは、何か大切なことを見落としている気がする。


……とくべつか。


なにそれ、変なの。ここには普通科しかないんだってば。ぱっと出てきた「とくべつか」という単語をすぐに打ち消す。しかし、どうも捨てきれない。気づけば、ロロナは頭の中で何度も「とくべつか」と唱えていた。


「とくべつか、とくべつか、とくべつか……」

 終いには声にも出してしまっていた。麻姫からの反応を気にしたが、麻姫は麻姫で、何か考え事をしていた。


 まあ、いいか。それより――

 自分のことだ。わたしは一体どうしてしまったんだろう。さっきのカレーで頭がおかしくなってしまったのかなぁ? ロロナは、少しずつ、自分の変化に不安を感じ始めていた。


 とくべつか……とくべつか……ふるーるゆうわがくえんとくべつか。

 フルール友和学園特別科。


 常識として、ここにそんなものはないとロロナは知っている。けれども、フルール友和学園特別科という響きに違和感を感じない、むしろその響きが好ましくさえ思える。


 どうして……。


 ふと、思いついたように廊下の窓から外の景色を見る。お月様と、それに照らされてなお、薄暗い鬱蒼とした森。そこを何ものかが歩いている。彼は、ドーベルマンを連れ、軍服のような丈夫そうな服を着ている。学園の警備員だ。森の中を巡回している。彼は、不審者の学園への侵入を防ごうとしているが、それだけではない。


「あっ」

 嫌な記憶を思い出してしまった。それも、鮮明と。


 ロロナが、フルール友和学園に入学してすぐのことだった。学園を抜けだそうと、女子寮からの脱出を試みたのだ。しかし、寮を出てすぐ、警備員に捕まってしまった。そして、学園のどこかの反省室に連れて行かれたのだった。


 でも……。


 考えながら、ロロナは首をかしげる。どうしてわたしは脱走なんてことを?


 わからなかった。しかし、さっきから頭を離れない、「特別科」というワードと関係はありそうだった。


 あくまで仮説だけど、そう前置きをした上で、ロロナは自らが置かれた状況を考えてみた。


 ――この学園には、わたしとか蘇芳先輩の普通科だけじゃなくって、特別科なんてものが実は存在してる。で、わたしは普通科からそっちにどうしても転入したくて、普通科をぬけだした。けれど、捕まって反省室に連れて行かれた。そしてわたしが、普通科を抜けだした事実は、今の今まで忘れていた。記憶を封じられでもしていた?人の記憶を封じることなんて普通だったら考えられない。でも、魔術をかけられていたのだとしたら? 人の記憶や特定の考えを思い出させなくする魔術「幻術」。


 ……って。

 ロロナはそこで一人突っ込みを入れる。魔術ってなに? それに幻術って。わけがわからない、と言いたいところだが、それらは誰かから聞いた言葉のような気がした。


 ――ミロナ、レオナ、パパとママ。


 ロロナの家族全員がしょっちゅう口にしていた。魔術とか、そういったたぐいの言葉。


 ミロナもレオナもパパもママも、魔術を専門に扱う仕事をしていた。


 小日向家は、魔術師の家系であった。


***

 ロロナと麻姫は部屋に戻った。先に口を開いたのは麻姫の方だった。

蘇芳「なぁロロナちゃん、おかしいと思わへん?」


小日「やっぱり、先輩も」


蘇芳「さっきから違和感しかあらしまへんやん! なんなんやなんなんや! なんでウチここにいてはるんかってことばっかりやわあ。ロロナちゃん、なんでなん? わかる?」


小日「これはあくまで仮説ですけど、わたしたちは何ものかによって、記憶や考えを操作されていたんじゃないかと……。今の今まで、なんの疑いもなしに学園生活を送っていたのはそのせいじゃないかと……」


蘇芳「なんなんやそれ!! わけわからん……こんなん洗脳やんかあ!! なんで、ウチあんなに、頑張ってっ! 上京してっ! 慣れへんくても頑張って! ここで生きようしとったのに! こんなんモルモットやんかあ!!……」


小日「蘇芳先輩落ち着いて!」


蘇芳「せやけど、せやけど……!」


小日「わたし、聞いたことがあるんです! 幻術……人を意のままに操れる術式の存在を……!」


 術式……? ああ、ここまで来て気づいた。わたしは知っている。小日向流古式魔術……。ふと思いついた、小日向家に代々伝わる基本術式。わたしは、わたしは!


小日「あっあ、あああああああ! 頭が……!」(頭がパンクしそうになるほど、次々と魔術に関する知識が蘇ってくる)


蘇芳「は……? ど、どないしたんやロロナちゃん! 術式!? 幻術!? 頭おかしなったんか? しっかりしてやロロナちゃん! 深呼吸して! ロロナちゃん! ロロナちゃん!」


小日「くっ……。幻術が解けたんですよ……。氷解、です」(なにもかも思い出していた。自分が何ものか。自分にとって特別科とは何なのか)

 特別科、そこは、自己実現の場。行かないと。今すぐにでも。


蘇芳「げ、げんじゅ……?? ん、よー分からんけど、なんかヤバイんやろ? これからどないしよ。ちゅーか言葉戻ってしもた。ワハハ! 恥ずかしいわあ」


小日 「とりあえず、あたしが落ち着いた方がいいですね。いきなり取り乱してしまい申しわけありませんでした」


蘇芳「かまへん、かまへん。うん、うん。ちょっと私も落ち着いてきた 大丈夫、大丈夫、大丈夫……」


(ロロナは一度深呼吸をした。仕切り直しだ)

小日 「食事中、低い獣のような声、しませんでしたか?」


蘇芳「した! した! 気味が悪かったね……」


小日「目を覚ましなよって、幻術から……。声は、確かにそう言って、あれからわたしたちはおかしくなった」


蘇芳「うん、私たちだけが聞こえてるみたいだったね。周りはみんな、黙々と…………ロボット…みた、うえ、思い出すだけで気分悪い」


小日「わたしは、今日嫌味なこと言ってきたクラスのあの子のこと、悪い意味で考えてたんですけど、今はもうわたしのことしか考えられない……。先輩もでしょ?」


蘇芳「うん……っ、もう嫌……明日が来るのが怖い! また明日、また、また…授業受けて、ご飯食べて……無理、出来ない! もう出来ない!」

小日「落ち着いて、ください。きっと、幻術が解けたって、いいことだと思うんで。なにか……感じません? 心の底から沸き立つような!」(立ち上がり、蘇芳に顔を近づける)


蘇芳「校長でも理事長でもええ、いっぺん殴ったる!……ってとこやけど、あんまり現実的やないなあ ロロナちゃん、さっきなんたら魔術の使い手〜〜みたいなこと言いはったやん?なんかこう、ハイパーウルトラスーパービーム!ズババババ!とかできへんの?」(めっちゃヘラヘラしてる)


小日「小日向流古式魔術ですね……。あれは、小日向家に伝わる基本術式……。触媒とか使わなくて、ただ印を結ぶだけ……こんな感じで。でも、わたしには風を吹かすことすらできない……」


蘇芳「うーーん、なんか忍者みたい! 落ち込まなくても大丈夫だよ、見て! 私なんて何もできないからさ!腕力も体力もないし……できることと言えば逃走くらいで、逃げ足なら……ん? 逃げ足?」


小日「もしかして、先輩、学園の外に逃げたいんですか? 偶然、ですね。わたしも外のこと考えてました……」


蘇芳「ちょっと待って、廊下見てくる。人いたら、まずいよね?」(ドアを開け左右を確認する)


小日「大丈夫そう、ですか?」


蘇芳「誰もいないね……当たり前、なのかな。幻術が……ある証拠、なのかな…? どう思う?」


小日「もうきっと食事の時間は終わってますから、幻術にかかったままの生徒たちは、おとなしく部屋にいるんでしょう……。チャンス、ですね…………失礼してっ!」(蘇芳の脇を通り抜け、一人廊下に飛び出す)


蘇芳「えっ!!!! 待って!! ちょっと!! ズルい!!!!!」(追いかける)


小日「今度こそは、今度こそは!」(小さくつぶやきながら、廊下を足音も立てず走る。小日向の顔がだんだんと活気に満ちてくる)


蘇芳「はやっ……マジ忍者やん……」(息切れしつつも何とか後ろ姿を確認できる位置をキープして追いかける)


小日「わたしにだって魔術の道に進む権利はある……! お前はハンターに向いてない? 嘘だっ。それを今から証明してやるんだからー!」(相変わらず、ぶつぶつつぶやきながら走る。と、突然足を止める)

小日「止まって!」


蘇芳「ギャ!!!!!」(止まるも突然のことによろめく)


小日「ご、ごめんなさい……。でも、あれ見てください」(数十メートル先の女子寮の出口を指差す)


蘇芳「なに…?? え、…どういうこと…??」(硬直します)


小日「あそこの扉は、今はもう鍵がかかってますけど、もう少ししたら、開きますよ。女子寮を巡回するために、警備員さんがそこから入ってくるんです」一回目の脱走時に知ったことだ。「開いた、その一瞬を狙って、外に出るんですよ……」


蘇芳「あー、あー、ok じゃあ待機ってことね」


小日「午後八時ジャスト……。今来てもおかしくないはずです。開いたら一気に押し倒す勢いで……!」


蘇芳「来た!」


小日「……っ、」(全速力で駆けていく)


(小日向は警備員との距離を一気に詰め、袖から細かく砕けた水晶を放つ。それが警備員の目に入り、痛がっているうちに外に脱出)


蘇芳(走りながら)「えっ、すご…! ロロナちゃん、すごいね! なに、それ…っ! 一体いつから…」


小日「あー、これは……触媒です。使い方、百八十度間違えてますけど、これでいいんですよー!」


蘇芳「んー、分かんないけどありがとーー! ところでどこまで走るんだあああああ!!」


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