4話
お茶会を終えてメアリアン達は帰っていった。リナリアは軽く夕食を食べて湯浴みをした。夜着に着替えると寝室に向かう。窓からは青白い月光が差し込んでいた。一人でそれを眺める。
(兄上には困ったわね。アン様だけが頼りだわ)
ふうとため息をついた。リナリアは月を見つめてエドワードを思い出す。彼の笑顔が脳裏に浮かんだ。胸の奥にぽっと灯が点った(ともった)ように暖かくなる。湯冷めしてしまったらいけないとふと気づいてリナリアはベッドの中に潜りこんだ。眠気がやってきて瞼を閉じた。
『リリィ。あなたと婚約すると聞いて驚いた。夢かと思っている』
エドワードのそんな言葉も思い出す。私もよと言いたくなるが。深い眠りによってそれはかき消されてしまったのだった。
翌朝、リナリアはルミネによって起こされた。通常通り、身支度をして執務に向かう。が、今回は珍しく朝食を終えた後にエドワードが迎えにきた。
「エド様。今日はどうされました?」
驚いてリナリアがきくとエドワードは笑いながら答える。
「どうされましたって。リリィを迎えに来たに決まってるじゃないか。あ、サミュエル殿下には内緒だよ?」
「はあ。内緒ですか」
「うん。殿下にばれたらどうせ、お小言が待っているだろうから。リリィ、わかった?」
「わかりました。兄上には言いません」
リナリアが頷くとエドワードは満足そうに笑った。椅子を引いてもらい立ち上がる。
エドワードが彼女の手を取って歩き出した。
執務室にたどり着くとリナリアは手を放した。エドワードも無言で離れる。
サミュエルが既にいた。二人して胸を撫で下ろしながら席につく。書類の確認をしてから決済を始める。サミュエルやエドワードは手早く片付けていっていた。リナリアも負けずに決済をした。
しばらくして部屋にはペンを走らせる音と三人の息遣いしかなかった。リナリアも無我夢中で書類を片付けている。エドワードがふと顔を上げた。
「…殿下。今日はお昼をリナリア様とご一緒にしたいのですが。駄目でしょうか?」
「いきなり何だ。妹と昼食を一緒にしたいのか。駄目に決まっているだろう」
サミュエルが不機嫌そうに答えるがエドワードも負けていない。
「まあ、そうおっしゃらずに。わたしとリナリア様は婚約している仲ですよ。昼食を一緒にとるのも駄目だとはね。殿下もお心が狭いと言いますか」
「お前に言われたくない。リナリアと食事をしたいんだったら剣の稽古で俺から一本でも取る事だな。それからだったら俺も文句はいわない」
サミュエルの言葉にエドワードは口元に笑みを浮かべた。が、目は笑っていない。
「そうですか。殿下とわたしとでは実力に差があると思われますが」
「だから、お前は俺をおちょくっているのか。メアリアンと俺が結婚した時だって嫌がっていたと後で聞いたぞ」
「アンから聞いたんですか。だとしてもアンの相手に貴方が名乗りをあげるとは思いませんでしたからね。反対するのは当然でしょう」
「お前な…」
サミュエルがエドワードを睨み付けた。二人の雰囲気は一触即発状態になってしまい、リナリアはひやひやしてしまう。エドワードとサミュエルのにらみ合いはしばらく続いたのだった。
仕方なく、サミュエルがリナリアとエドワードの昼食での同席を許可したのはそれから一時間後の事だった。サミュエルはため息をつきながら「勝手にしろ」と言った。エドワードの冷たい睨みが効いたらしい。
「ふう。殿下のシスコンぶりには困りましたね」
「…シスコンって」
リナリアが呆れながら言うとエドワードは苦笑しながら答えた。
「まあ、自分の姉や妹に対する癒着が激しい事を言いますね」
「そうなんですか。聞いた事はありましたけど。意味は今、初めて知りました」
「そうですか。まあ、意味は詳しく知らなくても良いと思いますよ」
エドワードの言葉にリナリアは曖昧に頷いた。
昼食は皇族の使う晩餐の間ではなく役人達が使う食堂でとることにした。エドワードが先に入り、リナリアも続けて入る。入り口にお盆が置いてありそれを手に取った。皿やスプーン、フォークにナイフを乗せてスープやサイコロステーキ、サラダなどを入れていく。エドワードは鶏肉のスパイス焼きに黒パンなどこってり系でリナリアは空豆のスープなどあっさり系を選んだ。二人で隅の方に座り黙々と食べ始めた。
リナリアは空豆のスープに白パン、野菜炒めにキャベツやトマトなどが入ったサラダ、白魚のムニエルを食べていた。エドワードも鶏肉のスパイス焼きに黒パン、牛肉のダシの効いたコンソメスープ、ナッツが入ったサラダに牡蠣のバター焼きを食べていた。
二人は丁寧に音を立てずに食べていたので周りの注目を集めていたが。そんなことを気にせずに舌鼓を打ったのだった。