序~before mythology
「こっち来んなってばああああああああああああ!」
背中には白く輝く翼,頭の上には光る環。絵に描いたような天使である。
その天使が今,
「でしたらその杖を渡してくださいなあああああ!」
対照的に黒い蝙蝠のような翼,先端の尖った尻尾を持つ,絵に描いたような悪魔に追われている。
既に日が落ち,月の綺麗な夜。上空1万メートルで追いかけっこが行われていた。
「これ悪魔が触ったら消えちゃう杖だから渡せないんよ~~!」
「そんな分かり切った嘘が通じると思っているのですかあ~!」
追いかけっこ開始から早1時間程。お互いに逃げきれず奪い取れずの状況が続いている。
(カミサマのお使いっちゃそうだけど,宅急便とかだーるいし,というかなんでこの悪魔サンはこの杖ねらってくんのさぁ)
(魔王様から杖奪って来いって言われたけど,正直けだるいですし,早く渡して下さらないかしら・・・というか奪い取るって何か罪悪感湧きますわね)
とお互いが隙を突こうとにらみ合いを続けていると…
「「あっ」」
天使の腕から杖がするりと落下してしまった。
自由落下した杖はその速度をぐんぐん上げていく。
「何をしてるんですか!」
「手がすべったんよってあああっ!」
天使が全速力で追いかけているものの,悪魔もほぼ同じくらいの速度で追いかけてくる。
「くぅっ…しぶといっ!」
「そちらこそっ…!」
と杖に追いついた両者が手を伸ばした次の瞬間―――――
パリンッ,と音を立てて杖が光の粒子となり霧散した。
「なっ…」
「えっ…」
天使も悪魔も,キョロキョロと周りを見回しているが,杖は見当たらない。
「ほーらいったじゃんか!悪魔が触ったら消えちゃうって!」
「私は触れていませんわ!あー…これは魔王様に報告しなければ…」
「ワタシも報告しなきゃ…あぁ~雷おちそう…」
お互いにしょんぼりしながら帰還していく。
―――――その頃杖は光の粒子から再生し,とある学園の屋上に転がっていた。
「…何これ,いつの間に」
学園の屋上で趣味の天体観測をしていた図書委員長,刀祢 彩香は,近くに急に現れた杖に驚きを隠せないでいた。
「何かで見たような…図書館で調べてみましょうか」
彩香は杖を図書館に持ち帰り,形を調べ始めた。
「これじゃない…あった,これだわ,カドケウスの杖にそっくりだわ」
形はその本のカドケウスの杖の図と類似していた。
「ずいぶん精工ね…美術部がつくったのかしら,とりあえず明日聞いてみましょうか」
既に午前1時半を回っていた。そろそろ帰ろう,そう思い彩香は図書館を後にした。
その数時間後,杖が図書館のとある本に吸い込まれていったのだが,それを誰も見ていなかった。