第五話:2140(4)
「守る、か。確かにかつてのNo.1が相手なら苦戦しそうだ。しかし、今のお前に守れるのか、そんな体で」
コウガは息を飲んだ。
リーシュの右半身は、炎で焼かれたようにただれている。人工皮膚が溶け、金属がむき出しになっていた。
「リーシュ」
「そこで見ていろ」
低く唸り、グレイを睨みつけた。
「なぜ、分かった」
「メリッサだよ」
「友人選びは、慎重にやったはずだが?」
「口を割ったわけじゃない。あいつの挙動がおかしかったからな、ぶっ壊して脳内のチップをいただいた。そこに、お前との会話が残っていたわけさ」
大方、メリッサにコウガのことを告白した日からだろう。あの感情豊かな友人のことだ、口には出さずとも態度で出てしまったのか。
(だから、感情なぞ邪魔だと……)
目を伏せ、リーシュは唇を噛む。友を巻き添えにした、己の愚かさを悔いた。
「ナイスタイミングだった。以前からどうも、お前のこといけ好かねえと思っていたからな」
「私も」
電磁カッターを、リーシュは水平に構えた。
「嫌いだよ、お前なんぞ」
両者、同時に動いた。
グレイが新たな銃で、発砲。対機甲弾だ。
一つがリーシュの右腕を穿つ。着弾と同時に破裂し、腕を粉砕した。
「終わりだ!」
さらに3発、撃った。
リーシュは目をむいた。
コウガが、叫んだ。
鉄の破片が、舞った。
赤く彩られた刃が、グレイの腹部を貫いていた。
「うぐ……を……」
口からオイルと血が混ざったものを吐き、グレイが呻いた。
「なぜ、なんでそんなガキ、ヲ……」
「さあ、何でだろうな」
放たれた対機甲弾は確かにリーシュに届いた。弾丸は腹部を貫き、顔の一部を削り取った。
だがリーシュは立ち止まらなかった。そこからもう半歩、踏み込んだ先の勝利。
「キ、サ、マ……」
もはやグレイの声は、ただの電子音と化している。
「母性、っていったかな。とにかく、理屈じゃないんだ」
突きたてた刃を上に向け、グレイの体を、縦に切り裂いた。
“エデン”の灯が、二つの影を浮かび上がらせる。
コウガは膝を抱えてうずくまっている。リーシュは睥睨するように眠らぬ街を見ていた。
二人とも、視線を合わすことは無い。背を向けあい、沈黙を守っている。
「人間だった頃の、夢を見た」
やがて口を開いたのはリーシュだった。
「私は幼く、顔も思い出せないが……家族がいた。小さな卓を囲み聖夜を祝う、そんな夢だ。唯一残った人間の時の記憶だ……」
空っぽの瞳で虚空に視線を泳がし、力なくうなだれる。独り呟くその声だけが、凛と涼やかに響いた。
「あの頃は誰かをいたわる心も、傷つく痛みも知っていた。でも……この体になってから、そんな気持ちも忘れてしまった。だからお前の父を殺すときも、何の感慨もわかなかった……」
左の掌を、見つめた。その奥には、全てを切り裂く刃がある。
「破壊のための『殺戮の天使』、それが私だ。私は――」
少し、間を開けてからいった。自分を、蔑むように。
「化け物だ」
「正直分からないよ、サイボーグと人間の戦い、とかって」
コウガもまた、語りだした。
「でも、一つ分かる――リーシュは化け物なんかじゃないよ。こうして来てくれたんだもの」
コウガはおもむろに立ち上がり、リーシュの後ろに立った。
「そういうの、全然興味ないリーシュが来てくれた。イヴを過ごそうって約束、守ってくれた。そんなリーシュが、化け物なわけがない」
ことん、と額をリーシュの背中につけ、コウガは呟く。
「だから、そんな風にいわないで……」
「だが私は、お前の父を」
「イヴの日に、家族といた夢をみた、っていったよね。なら……今日だけでもその夢、僕にも見させて」
右腕だけで、リーシュを後ろから抱きしめた。幼い力が体に掛かるのを、リーシュは感じた。
「父さんのことは寂しいけど、僕にとってはリーシュも家族なんだ。リーシュも、僕のことを家族だって思ってくれるなら」
さらに強く、力が加わる。
「これほど素敵なイヴはないよ」
コウガの言葉が、リーシュの中に深く入り込む。それは小さな灯となり、鋼を溶かす。それは一条の光となり、リーシュの頬を伝った。
(泣いて、いるのか私は)
血も涙もないといわれた自分が、壊すだけの機械が……。
いまは、ただ子供のように、泣きじゃくっている。
「コウガ」
流れる涙をそのままに、コウガの右手を握り締めていった。
「ありがとう……」
空を、黒い機体が飛行する。一体、また一体と増え、気づけば羽虫の大群の如くに戦闘用サイボーグの群れが飛び交っていた。
「追っ手か」
武装ヘリを自動操縦モードにする。
「まだ生身の人間が住む土地まで自動で行ける。光学迷彩だから奴らの目を欺けるはずだ。これに乗ってお前は逃げろ」
「リーシュ、リーシュはどうするの?」
「私は奴らを食い止める」
短く、発する。
『離脱』
直後、リーシュの左腕が肩から外れ地面に落ちた。
「そいつを預けておく。いつか必要になったら、使え」
「リーシュ、これは」
「今日はイヴだろう? プレゼントというにはあまりに粗末だがな……」
それを聞き、コウガの頭の中に数時間前の記憶が蘇る。
――オルゴール……さっき、襲われたときに!
「待って、リーシュ!」
コウガが叫ぶ。
「僕もあるんだ、プレゼント。でも、さっき落としちゃって!」
「いいんだ」
『飛行』
リーシュの背中からオレンジ色の羽が生える。橙の光が闇を照らした。
「もう、貰った」
光の中で、無手の天使がやわらかに微笑んだ。
飛来する戦闘用サイボーグの群れ。“エデン”上空を、人型の機影が埋め尽くす。
その中に、リーシュはただ一人飛び込んだ。
リーシュは後ろを振り返る。コウガの乗るヘリが、闇に消えたのを確認した。
――私はずっと独りだった。
リーシュを銃弾の雨が、襲う。
――そんな私を「家族」といってくれた。それだけで、十分だ。
短く、小さく、囁くように。リーシュは、唱えた。
『自爆』
リーシュの体が銀色に光る。
その光はサイボーグ達を飲み込み、やがて天蓋を覆った。
用語解説
光学迷彩:外壁を周囲の背景・色彩と同化させることにより機体の透明化を図る技術。