第四話:2140(3)
――2140年12月24日
イヴの“エデン”は、いっそう輝きに満ちている。白銀に塗られた街の灯が、人々を照らし出していた。
「サイボーグにクリスマスなんか関係ない、だなんて。結構にぎわっているじゃないか」
メインストリートに、コウガの姿があった。
「絶対に家を出るな」とリーシュに釘を刺されていたので23日まではおとなしくしていた。がここにきて重大なミスを犯していた事に、コウガは気づいた。
――プレゼントがない。
自分でプレゼント交換を提案していながら、何たる不覚。というわけで、そのプレゼントを物色せんがために街に飛び出したのだ。
言いつけを破るのは心苦しい。だが、今年ははじめてリーシュと過ごすクリスマスだ。せめて、プレゼントはまともなものを選びたい。
(ちょっとだけなら……)
コウガは、5年ぶりの街の灯を、拝み見た。
「ダメだ、こりゃ」
ストリートを、肩を落として歩くコウガ。店先を見て回っても、予算に見合うものは見つからない。
(今日、帰ってくるっていたんだ)
それまでに何とか購入しなければ。
「……あ」
ふと、小さな雑貨屋の店先に飾られている、小さなオルゴールに目がいく。
長方形の、木製の箱。装飾も何もなく、一見するとただの箱にしか見えないがなぜかひきつけられた。
コウガは店に入り、そのオルゴールを手に取った。
箱を開けると、耳に心地よい旋律。
(『クリスマス・キャロル』か……)
遠い昔、聞いた事があった。母と囲んだ、食卓の風景が頭に浮かぶ。もう、その母の顔も思い出せないけども。
「これ、ください」
オルゴールを持って、カウンターに硬貨を置いた。
その時、店の主人が訝しげな目を向けていたことに、コウガは気がつかなかった。
(これで、プレゼントは手に入った)
コウガは意気揚々と、家路を急ぐ。
――急がないとリーシュが帰ってくる。リーシュは怒ると怖いしな、いいつけ破ったと知ったら大目玉だ。それに、パーティーの準備がまだだし。だから急がなきゃ――。
笑いながら歩く、その足取りは軽い。
メインストリートを外れた頃である。
「坊や、ちょいといいかい」
黒いロングコートを来た男に、呼びとめられた。
銀髪の、黒いサングラス。
グレイ・ガンの姿が、そこにあった。
「なに? おじさん。僕急いでいるんだけど」
「ほう? それはなぜ」
冷たい相貌に、やや笑みを含ませながらグレイが聞く。
「今日、僕の家でクリスマスパーティーをするんだ。もうすぐでリーシュが帰ってくるからその準備を……」
「残念ながら、パーティーはキャンセルだ」
「え?」
「キャンセルだ、といったのだよ。リーシュは来ない」
「……なんでリーシュを知っているの? おじさん一体」
「あの世で」
グレイは、懐に手を突っ込みそして
「開くんだな」
黒光りする、リボルバー拳銃を取り出した。
銃声と共に、左腕全体に熱い鉄の塊を押し付けられたような感触が走る。
「あ……」
左腕が、肩からもぎ取られていた。
痛みよりも、驚き。
そして、悶絶。
銃弾が、腕を破壊した。絶叫よりも、苦痛に喘ぐ呻き声がコウガの口から漏れた。
血は出ない。熱せられた対機甲弾が肉を焼き、図らずも止血した。
「やっぱ生身だな。すぐにぶっ壊れちまう」
グレイが歩み寄り、コウガの頭に銃を突きつけた。
「次は脳か? いやすぐに壊すと面白くねえ。もう一本腕、いっとくか」
サングラス越しに、碧眼でコウガを見下ろす。銃口を、残った腕につきつけたその時。
コウガの起こした行動はすばやかった。腰に取り付けた、スタンガンをグレイの足に思い切り押し付けたのだ。
ばちり、とスパークする音。電流が、鉄の体を走りぬけた。
グレイが思わず膝を落とす。その隙に、コウガは走った。
「一体誰だ」
かつての仲間の残骸の中で、リーシュがクリスを問い詰める。
「誰が、コウガの存在を」
「俺は……知らない」
半分に破壊された体から、クリスが答える。
「しかし、そのコウガというガキは……今頃は」
「くそ!」
クリスを放り出したリーシュは、そのまま武装ヘリに乗り込む。
(間に合うか)
エンジンをかけ、離陸した。
「しぶといガキだ」
“エデン”の港、倉庫街の一角。
逃げるコウガを、いち早く回復したグレイが追う。
行き止まり。追い詰められた。
「諦めろ、くそ生身が。どうせリーシュは来ない。今頃は海の藻屑と化しているさ」
ゆっくりと、歩をつめる。
「来るよ、絶対」
肩を押さえながら、コウガはいった。囁くような、しかし強い口調で。
「約束、したんだ。絶対に戻ってくるって。リーシュは約束を破らない。だから絶対!」
が、っとグレイの靴がコウガの顔面にめり込む。血と歯を撒き散らしてコウガは吹き飛ばされた。
「だから人間って嫌いなんだよな。無力な自分を棚に上げ、ありもしない希望にすがりつく……ムカつくんだよな、そういうの」
グレイはコウガの頭に銃をつきつけた。
「興ざめだ。思いっきり自分の非力さを呪いながら死ね」
引き金に、徐々に力を加える様をコウガは見た。
『小太刀』
天空より響く声。
それと共に、コウガの体がつき飛ばされた。
「ほう、本当に来たよ。さすが『鋼の天使』。並み居る強豪を跳ね除け、たどり着いたか」
「密告したのはお前か、グレイ」
コウガは目を開く。その声の主は……
「リーシュ!」
コウガは、リーシュの右手に抱えられる形となっていた。
「すまんコウガ。訳あって遅れた」
背中を向けたまま、リーシュが答えた。一瞬、胸をなでおろすが
「リーシュ、その腕は」
リーシュの左腕の先端から、赤い刃が伸びている。
そして足元に転がる、鉄の残骸。左手の刀が、銃を切り刻んだのだ
「見ての通りだ、坊や」
グレイがにやりと笑った。
「そいつはな、俺たち『M・A・T』のNo.1だ。今までその刃で何人もの人間を切り殺してきた」
「人、間?」
「なんだ、知らんのか坊や。俺たちの目的はな……」
グレイは、最大級に顔を歪ませて告げた。
「貴様ら人間を根絶やしにすること。そのために造られた戦闘用サイボーグ、それが俺であり、リーシュなんだよ」
残酷な宣言。リーシュは、グレイが喋るのを止めようともしなかった。
いつか話さなければならない、そう覚悟していたから。
「う……そ」
「そのとおりだ、コウガ」
リーシュが同意する。
「5年前、自然主義者のお前の父を殺したのも私だ。本来、人間を殺すために作られた私はお前も殺すはずだった」
「そんな……じゃあ」
「すまない、コウガ。だけど、お前だけは必ず守る」
しばし待て、と背を向けたままグレイに相対した。