第三話:2140(2)
「そういえばもうすぐクリスマスね」
電光に彩られたメインストリートを歩きながら、メリッサが弾む声でいった。
「楽しみだわ」
「興味ないな」
無感動な瞳で、リーシュは街のイルミネーションを眺めた。
「サイボーグは不死だ。だから宗教にすがる必要もない。なのに、なぜ前時代的な宗教の祭典をわざわざするのだ? 理解できない」
「そんな理屈抜きに、楽しんだほうがいいわよ」
「そうか?」
「固いわね、相変わらず。そんなんじゃモテないわよ」
顔はきれいなのに勿体無い。そういってメリッサは笑った。
「私には関係な……」
ふと、大通りの巨大なツリーが視界に入った。雪のような白い葉に、寒色系の電飾が施されている。
途端、ぐらり、と視界がゆれた。
(なんだ?)
猛烈な眩暈が津波のように押し寄せる。堪らず屈みこんだ。
瞼の裏に、卓が見える。
いつも夢で見る卓だ。しかし、今ははっきり見える。
その周りを、人が囲っていた。
笑っている。会話は聞き取れないが、談笑している。
窓の外は雪景色。卓の背後にレンガ造りの暖炉が見えた。赤々と燃える、その傍らには――
(クリスマスツリー?)
コウガが、喜々として飾っていたツリーにそっくりである。
その光景にリーシュは、奇妙な概視感を感じた。
(これはもしかして……私の記憶の断片か?)
「リーシュ? どうしたの?」
メリッサの声に、我に返る。 同時に映像は消え、街の喧騒が耳に蘇ってきた。
「大丈夫?」
メリッサがリーシュの顔を覗きこんでいた。
「あ、ああ……すまん」
幻影を振り払うようにリーシュは頭を振り、乱れた息を整える。
(今のは一体……)
「メリッサ」
天を仰ぎながら、リーシュが訊いた。
「なに?」
「その……子供が喜びそうなものってなにかな」
――2140年 12月17日
「中東、ですか?」
『M・A・T』本部、マイク・リーバーの前でリーシュは難色を示す。
「向こうの部隊が苦戦している」
マイクが、おもむろにパソコンのキーを叩く。卓上にホログラムで地図が表示された。
「敵はかなりの武装でノーマルサイボーグだけでは歯が立たない。そこで」
マイクは言葉を切り、リーシュを見上げた。
「……私のような、戦闘に特化した特殊機甲兵が必要、と」
「理解が早くて助かる。じゃあ、行ってくれるな」
大げさに腕を広げ、相好を崩した。
「……少し、家に帰ってもよいでしょうか」
少々考え込んでから、リーシュがぽつりといった。
「ん? 構わんが何かあるのか?」
「いえ、一旦帰って身支度を整えたいのです」
「身支度……」
今度はマイクが黙った。しばらくして
「いつも任務に赴くときは装備以外、着の身着のままでいくじゃないか」
どうしたのかね、と訊く。
「なんでもないです。ただ、一度家に寄りたいのです。すぐに、戻りますから」
リーシュにしては歯切れ悪く、言葉を選ぶようにいった。
「仕事?」
コウガは飾り付けの手を休めて聞いた。
「そうだ。少し遠いから一週間ほど家を開ける。その間、絶対に家を出るなよ」
リーシュはそう告げた。
「それはいいけど、ねえイヴには戻ってこれる?」
「何?」
「いったでしょ、イヴに二人でケーキを食べたり……」
顔を上げ、グレーの瞳でリーシュを真っ直ぐに、見た。
「プレゼントを交換、したり」
その顔は真剣そのものだ。
「コウガ……」
ふっと、リーシュは口元を緩めた。
「大丈夫だ。きっと間に合わせる」
「ってことは……」
「まあ、たまにはいいだろう。24日にはお前の言う、クリスマスとやらを祝っても」
しょげ込んだ顔から一転、コウガは満面の笑みを弾けさせた。
「絶対だよ、絶対戻ってきてよ?」
嬉しそうに、コウガは何度も念を押した。自然、リーシュの表情も綻ぶ。
「ああ、約束だ。だからおとなしく待ってろ」
「うん!」
そういってコウガは頷いた。
「そうだ。もし何かあったら、これを使え」
リーシュが思い出したように、懐から黒い箱のような物を取り出した。
スタンガンである。コウガの目の前でスイッチを押して見せれば、青白い火花が先端部に輝いた。
「外に出なければこんなものは必要ないがな。サイボーグ一体を一時的に機能停止させるくらいの出力は持っている」
「サイボーグ……」
コウガは手渡されたスタンガンを、物珍しそうに見つめた。
「ねえ、リーシュもサイボーグなんだよね?」
「そうだが」
「僕、サイボーグの話もリーシュの仕事の話も、聞いた事ない。一体何やっているの?」
(人間を狩る仕事、さ)
アサルトライフルを撃ちながら、リーシュは思う。
コウガには何も話していない。自分の任務も、世界の構造も、そして――5年前の事も。
(このまま、黙っていてもいいのだろうか)
視界に映る、生身のテロリストたちを撃ちながらそんなことを考えた。
この世界の理。それすなわち、コウガの生きる術がないという事実を伝えることとなる。そして、リーシュの立場はコウガと対極、つまり敵対関係。話した瞬間、今までどおりとは行かなくなるだろう。
(そうなれば……)
懐に入れたマフラー。メリッサに見繕ってもらった、コウガへの贈り物。それを固く握り締めた。
(そうなれば、コウガと過ごすことはできなくなる)
そこまで考えて、ふと自分の思いに愕然とする。
「なんてことだ……」
今まで殺すことしか考えていなかった自分が、初めて自分以外の者を気にかけている。
任務以外、何にもとらわれなかった自分が。
――私は、コウガを失うことを恐れている?
リーシュは自嘲った。自嘲いながら撃った。
(彼にあんな仕打ちをしておいて、なんと都合の良い……)
胸の辺りが疼いた、気がした。
「完了です、サー」
焼け野原に、生身の体が累々と転がる。リーシュは返り血を拭いながら、若き下士官を振り返った。
「ご苦労だった。それでは今より帰還する」
「いえ、まだ仕事が残っています」
「? どういうことだ」
リーシュが聞いた、刹那。
その下士官が、いきなり発砲したのだ。撃った弾は、サイボーグをも殺す対機甲弾。
「なにをする!」
リーシュもまた、銃を構える。そこでふと、辺りを見回した。
どういうわけか、先ほどまで味方として殲滅に当たっていた同士達が一斉に銃を向けている。
「これはどういうことか、クリス・マクガイン!」
「申し訳ありません。ただいま、貴女に向けて『コード403』が発動されました。これより貴女は我々の敵です」
『コード403』――それは国家に仇なすものにつけられる認識番号。
――まさか
コウガの顔が、脳裏に浮かぶ。
「残念です、『鋼の天使』。最後に貴女と組めて、光栄でしたよ」
そういってクリスは、引き金を引いた。