第二話:2140(1)
――2140年 12月3日
特殊部隊『M・A・T』――『Machinery Assault Team』の特徴の一つは、隊員が全て戦闘用サイボーグであることだ。
かつて時代を分けた、人間とサイボーグとの戦争。勝った機械は地上の9割を統べ、敗れた人間達は地のはてに追いやられた。
テロを繰り返す人間に対し、先の大戦で大量導入された戦闘用サイボーグたちにより対テロチームが組織された。
リーシュもその一人であった。
世界中に点在する国際経済都市、通称『聖都』。その一つ“ソドム”よりリーシュが帰還したのは夜も更けた頃であった。
「地元のポリスが手を焼いた、『10月党』をたった一人で潰したそうだな。チーフも大喜びだったぜ」
着いた早々、同僚のグレイ・ガンが出迎えた。銀髪をオールバックにし、夜でもサングラスをかけたこの伊達男は、その見た目に適ったような軽口を叩く。
「お手柄だなリーシュ、昇進は間違いねえよ。いまや、同期の中じゃ一番の出世株だなおい」
「興味ないな」
やたら大仰に振舞うグレイと対照的に、リーシュは淡々と帰り支度をすませる。
「もっと嬉しそうにしたらどうだよ。何をしても無反応、それでいて実力はNO.1ってか」
リーシュは、沈黙を守る。
「仕事はこなす! 無駄口叩かない! 飽くまでクールに! ってか。そういうのなんていうか知っているか? 『可愛げがない』または『調子こいてんな、クソアマ』てんだよ」
「誰かに好かれるためにやっているのではない」
粘着質な嫌味を吐くグレイに対し、リーシュは素っ気無く答えた。
「私は任務をこなすだけだ。他のことはどうでもいい。それが、私たちの存在理由……」
「あーそーかい、そーかい」
手を振りながら、グレイは話を遮った。
「無理な話か。冷酷無比の『鋼の天使』、そいつに戦闘以外を要求するのは」
本部から20分、車で走った先の“エデン”中心部。その一角にリーシュの家がある。黒い箱をそのまま置いたようなマンションには、窓一つついていない。つける必要がないからだ。
天然の光を重宝する者など、この街には存在しない。サイボーグにとって太陽光と人工の光も大して違いはない。
ただ一人――608号室に住む、リーシュの同居人を除いては。
「お帰り、リーシュ」
オートロックの玄関を開けるなり、12,3歳の少年が駆け寄ってくる。灰色の瞳を潤ませて、リーシュを出迎えた。
「コウガ、家から出なかっただろうな」
「うん、出なかったけど……なんで出ちゃいけないの?」
「なんで、ってまあ……外は危険なんだよ」
リビングに入ると、部屋一面の立体映像が、リーシュを迎えた。
「今日の映像は、なんだ」
足を踏み入れるなり、リーシュは眼を凝らす。
古い山荘のようだ。まず目に付いたのはレンガ造りの暖炉。中では薪が、オレンジ色の炎を上げながら燃えている。もちろん温度は感じないが、部屋一面が暖色系の色に染まっていた。
壁は、丸太を組んだログハウス風。決してあるはずのない窓の外は、雪景色に染まっていた。
そして部屋の中央――針葉樹を思わせる、樹木が鎮座していた。その葉の一つ一つに、赤や金に彩られた装飾がぶら下がっている。
「それだけは実体だよ」
「なんだこれは」
「クリスマスツリーだよ」
にこりとコウガが笑う。
「クリスマスというとあれか。キリスト教の祭典……」
「その日には皆でケーキ食べたり、プレゼント交換したりするんだよ。リーシュはあまり好きそうじゃないみたいだけど」
「まあ好きにやればいい。別に私は困らん。ただし、このゴテゴテした映像は好きになれん」
そういってリーシュはスイッチを切った。映像が霞のように消え、たちまち白い壁と白い蛍光灯の部屋が蘇る。
「このほうが落ち着く」
「え〜だってこれだとつまんないよ。窓もないから、なんか息がつまるし」
と、コウガは口を尖らせた。
「窓なんか必要ない」
キッチンに行き、リーシュはコーヒーを淹れる。
(そんなものがあったら、コウガの存在がばれかねない)
マグカップに口をつけながら、目の前の少年を眺めた。
5年前、壊滅させたテログループ『白い風』、そのただ一人の生き残り。それがコウガだ。そしてリーダー「タイガ・ヤマモト」の一人息子でもある。リーダーの方はリーシュ自らが葬ったのだが……。
(なぜ、こいつは殺せなかったのだろう。こんな危険を冒してまで)
テロリストの息子を匿う、なぞ国家反逆罪ものだ。しかし、リーシュは上官に嘘の報告をし、まだ幼いコウガを自分の家に秘匿した。そして5年間、ずっとこの家に置いてきたのだ。
「ねえ、リーシュ」
ふと、コウガが顔を上げた。
「リーシュもやらない?」
「なにをだ」
「だから……クリスマスをだよ」
「意味が解らん」
コウガは無邪気に笑いながらいった。
「イヴの夜にね、ツリーの下でプレゼントを交換するんだ。そしてね、二人でケーキを食べるんだ。きっと楽しいよ」
「いや、私は……」
一瞬、言葉に詰る。そして溜息。
(本当に、なぜこんな子供を……)
「それは、いわゆる“母性”ってやつじゃないかしら?」
同僚のメリッサ・リューがそういった。
本部に隣接するバーで、カクテルを傾けてとろんとした目でリーシュを見る。
「なんだ、それ」
「あなたも私も、もともとは人間だったんだもの。なんか子供を守ってあげたくなるような、そんな本能が目覚めたのよきっと」
「馬鹿な」
手にしたウイスキーを流し込む。
「人間時の記憶は、改造するときに消去したはず」
「だから本能なんだって。無意識のうちにそういう欲求が出てるのよ」
メリッサはそういって、柔らかな栗毛を指で弄びながら笑った。
リーシュと同型の戦闘サイボーグであるのに、感情表現は人間並に豊かである。明るく笑顔を振りまく様、ふっと見せる表情の翳り。会話も、必要最低限のことしかいわないリーシュと違い時折冗談を交えて話す。
改造する際、人間時の性格パターンを残した結果「感情豊かな」サイボーグになった。今、流行の「人間くさい」サイボーグの典型である。
(感情なぞ、邪魔になるだけだ)
実用主義のリーシュには、理解できない所業である。
だが、そのことを差し引いても信頼に足る友人である。だから、話した。
「でも、どうするの? こんなこと当局に知れたら……」
「確かに、私のやっていることは国家反逆罪に値する。それは、分かっている」
「ならなぜ」
「さあな……」
それっきり黙り、残りの酒をあけた。