第一話:2135
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リーシュ・ニコラウスは夢を見る。
といえば、多くは「あり得ない」と答えるだろう。人間ならともかく、サイボーグである彼女が夢など見るはずがない。
脳髄を持つ以上、サイボーグも睡眠はとる。だがそれは脳を休めるだけの、深いノンレム睡眠となる。当然、夢など現れない。
しかし、事実リーシュは夢を見ていた。
見知らぬ空間に、卓が一つ。その周りを、黄土色の人影が囲んでいる。砂嵐の只中にいるかのようなぼんやりとした像だが、その人影は笑っているように見える――
目が醒めた後、呆然と彼方を見上げ、そして呟く。虚ろな声で
「またか」
と。
――2135年 12月24日
百万の富の象徴、天を突くビル郡に煌びやかな光が灯る。繁栄と享楽の証、聖都“エデン”。
その中心部、“エデン”の陸標たる『バベル・タワー』がテロリストに占拠されたのがつい2時間前であった。
「状況は」
青いビルを幾重にも囲ったポリスの装甲車の一つから、リーシュが飛び出した。ほっそりとした肢体をタクティカルスーツに包み、整った面差しは、刃のように冷たい無表情である。
「テロリストはおよそ20名。収容されている政治犯の釈放を要求しています」
「で、彼奴らが好き勝手に騒いでいるのをお前たちは手を拱いて見ていたわけか」
ショートカットの黒髪を掻き揚げ、呆れた声を出した。
「いや、その……」
鋭い目でじっと睨まれ、年若い捜査官は硬直する。
「ポリスは、いつからテロ屋の苦情処理係になったのか? 面倒ごとがあるたびに『M・A・T』に回して給料もらえるなんて、いい身分だな」
「まあその辺にしとけ」
恐縮しっぱなしの捜査官に助け舟を出したのは、『M・A・T』を束ねるマイク・リーバーであった。
「お疲れ様です、チーフ」
「いや、こんな日に悪いね。だがいまは早期解決が望まれる。それで、君に来てもらったわけだ。君ならあとどれくらいで解決できる?」
「とりあえず」
ビルをちらりとみていった。
「7,8分もあれば十分です」
淡々と告げるリーシュに、マイクは苦笑で応えた。
「頼むよ。このあと妻と食事に行く予定なんでね。こんなことで、聖夜の楽しみを奪われたくは無い」
そういって、マイクは後ろに下がった。
目を瞑り、リーシュは短く唱える。
『飛行』
すると、タクティカルスーツを突き破り、リーシュの背中から左右3対、計6枚の羽が生えてきた。細長い三角形のフォルム、半透明で淡いオレンジ色の光を放つ。
特殊機甲兵の飛行形態である。擬似重力場を生み出す翼が眩い。
「奥さんに、よろしくお伝えください」
リーシュの体が浮上した、次の瞬間には音も無くビルの頂に飛んで行った。
22世紀、人類は新たな進化を遂げた。 サイボーグ技術の発達により、人は脆い生身の体を捨てて機械の体を手に入れた。全身を高度に機械化し、その器に自らの脳髄を納めた人類は、新たな境地に達した――。
『バベル・タワー』の内部に侵入したリーシュは、静まり返った闇に向かって呟いた。
『俯瞰』
眼球には、ありとあらゆる光学機器を仕込んである。赤外線センサーで敵の位置を探り、超音波で距離を測る。
(生身か。相変わらず古い慣習に縛られて)
哀れな、と呟く。
サイボーグを「不純」とし、機械の人間を破壊して「人類のあるべき姿をとりもどす」自然主義者。力と数では機械に敵わないから、こうしたテロ行為を時々行う。リーシュに言わせれば、野蛮で狂信的な懐古主義者たちによる自殺行為に過ぎない。
なぜなら――彼らは数秒後にはただの肉塊と化すのだから。
右手のオートマチック拳銃で狙いを定め、発砲。テロリストの一人が倒れた。
それを合図に、テロリストたちは一斉に射撃を開始した。SMGの不規則な銃声がこだまする。
リーシュは走り、銃弾の雨の中に身を躍らせる。
踊るようにステップ、泳ぐように宙を駆り、銃火を掻い潜る。リーシュの眼は、全てを見通していた。大脳に付加された電子脳で全ての弾道を見切り、避けながら発砲する。無駄弾は撃たないで、正確にテロリストを討つ。リーシュの放った弾丸は肉の体を貫き、絶命せしめた。
わずか5分。リーシュの周りには生身の骸が、折り重なって倒れていた。
「サイボーグ化していれば、死ぬ事も無かったろうに」
冷たく、その体を見下ろす。
その時。
バン、と短い爆音。青い火花を散らし、リーシュの右手が拳銃もろとも破裂した。
右を向くと、男が拳銃を構えていた。口から血を流している。
「対機甲弾か……」
もぎ取られた右手の切断面から、人工筋肉の繊維とコード類が覗く。リーシュは右手と男の顔を、交互に見た。
「この……化け物め」
男は床に這いつくばりながら、呻いた。
「貴様らは機械にすがり、人の体を捨てた……神に背いた貴様らは、悪魔だ」
「悪魔、ね」
男は再び銃を構えた。
リーシュは走り出した。
銃声が、響いた。
リーシュが発する。
『小太刀』
リーシュの左手が変形し、腕の先端から50cmほどの刀が伸びた。
電磁カッターと呼ばれるそれは、刀身に荷電粒子を這わせ対象を焼き斬る武器である。真っ直ぐな刃は、真紅の光を放つ。
右足で地を蹴りながら、リーシュは刃を突き出した。
銃弾はリーシュの頬をかすめ、刃は男の喉を貫いた。撃った格好のまま、男は絶命した。
「下らん仕事だったな」
と吐き捨て、再び飛び立とうとしたその時。
(……?)
視線を、感じた。
年のころ7,8歳の子供が、いた。
ボロ布を纏った、黒髪の少年。つぶらな瞳でじっとリーシュを見る。
――テロリストに、女子供は関係ない。
リーシュはその刃を振りかざした。
(せめてひとおもいに)
振り下ろそうとした、そのとき。
少年が笑いかけた。
その笑みに邪気はない。深い泉のように澄んだ目に、リーシュは怯んだ。
「お前……私が怖くないのか?」
少年は、ただ微笑んでいる。
リーシュは刃を下ろした。
用語解説
荷電粒子:電荷を帯びた粒子。兵器実用は、理論上は可能である。が、加速器の小型化が成されない限り難しい。
擬似重力:人工的に重力場を作り出す技術。これにより、宙を駆ることが出来る。