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長編プロローグ

最弱のイミゴは救いを求める

作者: 神埼あやか

「君はイミゴ落ちだね」

「は?」


 成人の儀式に望んでいた俺は、目の前の立派な服を着た神官が言った言葉が理解できなかった。

 なんだ? 今、彼はなんと言ったのだ?

 イミゴ──イミゴと言ったのか?


「イミゴだってェ。信じられな~い。きもちわる~い」


 俺の後ろに並んでいたヤツ──宿屋の娘が、甲高い声ではやし立てた。

 その言葉に反応するように、仲間達から声が上がる。それは、ほとんど──いや、全てが否定の言葉だ。

 イミゴを否定し、拒絶する悪意に満ちた言葉だった。


「おい、イミゴ! ここは人間様の大切な儀式の場だ。落ちたヤツはさっさと出ていけよ!」

「そーよ、そーよ! 出てけ」

「出ていけ。イミゴは出ていけ!」


 友人達の声に、胸が切り裂かれるようだった。


 人間の大切な儀式、とヤツらは言った。


 そう。これは一年に一度の成人の儀式だった。町の中央にもうけられた会場に十七歳の少年少女が集まり、祝福を受ける儀式だった。

 その中には、神官によって行われる"ギフトの確認"がある。ギフトとは神によって与えられた、特別な愛の事だ。

 "人"は生まれてから三度、ギフトの確認をする。


 一度目は誕生の時。

 二度目は成人の時。

 三度目は結婚の時。

 

 この時にギフトが"無い"者は、神の愛を受けられなかった"イミゴ"となる。

 イミゴは人ではない。人に劣った"人外の存在"──いわば、動物と同じ扱いをされるのだ。


 イミゴは劣等種族だ。そんな、家畜同然のイミゴなんかに、俺は、なった……のか?

 そんなわけはない!

 俺が、指導者(リーダー)のギフトを持っていた俺が、イミゴなんかになるわけがないんだ!


「違う! これは、これは何かの間違いだッ! もう一度、もう一度確認してくれッ!」


 目の前の神官に訴えようとした俺は、神官の護衛達に腕を取られてしまった。


「助けてくれ! おまえら。友達だろう!」


 俺の後方、祝福を受けようと並んでいる友人に声をかけるが、返ってきたのは嘲笑ばかりだった。


「やっぱりね。前から嫌なヤツだと思ってたのよ!」

「偉そうに口だけの奴! イミゴになったのも当然だわ」

「イミゴは出て行け!」

「違うんだ! 何かの間違いなんだ! 俺は、俺はイミゴなんかじゃない! 確認してくれッ!」

「やだ、気持ち悪い……」


(どうして? 俺達は、友達──じゃなかったのか?)


 俺はそのまま、屈強な護衛に押されるようにして、儀式の場から放り出された。


 俺がいなくなったとほぼ同時に、会場からは歓声があがる。

 それは、まるで、俺がいなくなった事を喜んでいるようだった。

 目の前が真っ暗になった俺は、笑い声に背を押されるようにして会場を後にした。




 どれだけの時間がたったのだろうか。

 すでに日は落ち、にぎやかだった町にも静寂が満ちていた。静まり返った町には、人っ子一人いない。

 いつもとは違う町の様子に、心が騒ぐ。


 早く家に帰ろうと──それでも周囲を探ってしまうのは、イミゴに間違えられたからだった。

 間違いとはいえ、人の目のあるところでイミゴなどと言われたのだ。

 どうにか撤回してもらわなくては。

 そう考えていた俺は、居間でかわされる家族の言葉に、再びの衝撃を受けることになった。


「まさか、あの子がイミゴ落ちするなんて……」

「お兄ちゃん、イミゴになっちゃったの?」

「あら。もうお兄ちゃんなんて呼ぶんじゃありませんよ。アレはイミゴ。人とは違うんですからね」


 居間の前で聞こえてきた声に、体が止まった。

 今のは母と弟の声、なのだろうか? 本当に?

 まさか! 二人は勘違いをしているのだ。

 神官の言葉を間に受けて、本当は違うのに──


「嘘だ。違う。家族は、家族だから……」

「なんだ、いたのかイミゴ!」


 父のどなり声に、体が震えた。

 俺と父は、嫌なものを見たかのように顔をそむけた。一滴の酒をなめとろうと、空になった酒瓶をひっくり返している。

 父の声に反応して、母と弟が俺を見て──父と同じように顔をそむけた。


「イミゴがいちゃぁ、酒もまずくならぁな!」

「まぁ、イミゴだわ……」

「おい、イミゴ! そこに突っ立てちゃぁ、邪魔だろうが! とっとと部屋──いや、イミゴにやる部屋はないな。外の馬屋にでも行きやがれ!」


 父が、顔を見るのも嫌だというように、そっぽをむいたまま声を荒げる。

 それに母も言葉を続けた。


「明日の朝には、お前は奴隷として売られるんですからね。逃げようなんて、考えるんじゃありませんよ」

「馬には俺の大切な旅道具がある。が、わかってるだろうな。絶対に手を出すんじゃない。

 連れて逃げようなんて、考えるんじゃないぞ!」


(売る? 今、母は──俺を、売る、といったのか?)




 もはや、信じてくれる家族もいなかった。

 売るといったのだ。彼らは、俺を──家族を──奴隷商人に売り払うと──

 どうして。どうしてそんな事ができるのだ!

 俺は、彼らの家族で! 自慢の息子で、尊敬できる兄であるはずだった!

 それなのに、それなのに──

 "ギフトが無い"ただそれだけのことで、イミゴと呼ばれて売られてゆく。


 は、ははは、と自嘲の声もこぼれ落ちる。

 その声に警戒したのか、馬達が体を揺らすのが感じられた。

 馬屋は湿っていて、なんともいえないすえた匂いがしている。鼻をつく糞尿の匂いに、口を押さえた。


(アイツら手抜きしやがったな。アイツがやってないから、匂いがひどいじゃないか。まったく、使えない)


 足元まであふれているワラを蹴ると、ふと壁にバックがつるされているのが目に入った。

 よく見ると、それは父が長旅に出るときに使っている物入れだった。

 パンパンに膨らんだバックに手を伸ばす。

 やけに重たいそれを開けると、中には服や食糧、当面の金まで準備されていた。


(どうして? なんだ、これは。これじゃぁ、まるで逃げろとでも言っているような……いや。でも俺を売ると言っていたじゃないか!

 これは──そうだ、きっと、旅に出るつもりだったんだろう。何事もなく成人の儀式が終れば、すぐにでも旅に出るつもりだったに違いない。

 まてよ──なら、もしかして……)


 暗い馬屋の中を見回す。

 月明かりでぼんやりとしか見えないが、馬具をつけたままの馬が混ざっているのが分かった。


(やっぱりだ。奴隷商人なんかに売られてたまるか。俺は──逃げてやる!)




 ○ ○ ○




「……つーわけでよ。なんだ、巫女様っつーのは、ありがたいモノじゃないか? ダロ? 巫女様にカンパーイ」


 酔っ払いが一人、酒をのんでくだをまいていた。

 どこから酒を手に入れてくるのか、こいつ──通称、トカゲは、いつも酒瓶を持っている。しかも、中にはたっぷりと美味い酒が詰まっているとくる。


 金もなければ食べる物もない。

 だというのにトカゲがどこから酒を調達してくるのか──それは、仲間達の七不思議の一つになっていた。


「昼間っから、夢ばっかり追ってもしかたがないだろ。もう。……あぁ、くさいよ! くさいから、向こう見てて!

 あのねぇ。"イミゴ落ち"ってのは病気じゃない。そう簡単に治るものじゃないだろ。それは、俺より先にイミゴやってる、あんたの方がよーく知ってるハズだろ?

 治せるっていうなら、まずはあんたが治してもらえって」


 トカゲが酒の肴に語るのは、噂話に与太話。真偽も定かじゃない物ばかりだ。どうせ、嘘八百をご機嫌よく並べ立てているのだろう。


「い~や。それがなぁ。いるんだわ、生き証人が。

 生まれた時からイミゴでなぁ。イミゴとしちゃぁ、オレよりセンパイ。大センパイてヤツさ!」


(この詐欺師(トカゲ)、見てきたように嘘をつき)


 だが、まあ。夢はある話──かもしれない。

 "イミゴ落ち"が治るという、そんな夢をみても良い。

 どうせ夢も希望も救いもない人生だ。与太話でもりあがるのも──まぁ、粋というものじゃないか。


「そいつがな、一命発起して白川の大神殿にお参りしたところ……なんと、巫女様に呼び止められちまった! 怒られるか、とそいつは身構えたね。そりゃキレイな服を着たキラッキラの巫女様だ。イミゴとは住む世界が違う。

 ところがだ、巫女様はそいつの前でお祈りを初めたんだと。なんちゃらかんちゃら~はい!」


 はい! と言いながらトカゲが酒瓶を振りまわすせいで、こちらに飛沫が飛んでくる。


「おい!」

「お祈り一発、効果はテキメン! そいつには立派なギフトがつきましたとさ!

 いや、メデタイね。巫女様にカンパーイ」


 俺の苦情なんかに構いもしない、すがすがしく無視をして、トカゲは話を締めくくった。

 だが、トカゲの話は本当なのか──いや──本気にする方が間違っている。

 そうだ──気にするな。気にしちゃいけない──


「で、ソレを俺に話したということは、何か理由があるんだろう。何だ? 何が望みなんだ?」

「……べっつにー。望みなんてネーヨ。もう今さら、まっとうな暮らしになんか、戻れないだろうしさ。

 でもなぁ、お前はまだ若い。人生これからダロ。だったら、巫女様にお願いしてみるのもいいんじゃないかと思ってな」

「巫女様……か……」


 つられてはいけない。

 ひっかかってはいけない。

 分かっているのに、俺は"白川の大神殿"について、トカゲに質問していた。




 ○ ○ ○




 白川の大神殿は通称だった。

 "シロ"と呼ばれるイミゴが川のように列をなす大神殿だから、"白川"と呼ばれている。

 その話をトカゲから聞いて、こいつは油断ならないと、認識を新たにした。

 興味を引く話で人を引きつけて、肝心の所は隠しておく──もうこれ本当にトカゲは詐欺師だろう、絶対。


 そもそも、"ギフトが無い"イミゴを"シロ"と呼ぶのも、トカゲに教えられた事だった。

 だが、イミゴは皆"シロ"というわけでもないらしい。

 他の呼び名をされるイミゴもいると言う事だった。詳しくは語られなかったけれど。


 とにかく、俺たちスキルが無い、シロのイミゴ達が集まりに集まって、数十人。それが一つの神殿に押しかけているのだ。

 俺達は皆、巫女にスキルを授けてもらおうとしているのだ。



 今朝は涼しく、神殿内の草むしりにも精が出るというものだ。



 巫女に祈り、すがることしか考えていなかった俺達を、神殿では友好的に迎え入れてくれた。

 そのかわりにと与えられたのが、この仕事──力仕事であった。


 ずっと座り込んでいるために膝は痛み、体を丸めているために背中が重くなった。

 それでも、町の隅でうずくまっていた時よりは、生きるのが楽だった。


「あ……お、はよう──ござ、い、ます……」

「おはようございます」

「あ、おはようございます」


 もごもごと口ごもるように挨拶をしてくるのは、"元イミゴ"の神官見習いだ。

 彼は生まれた時からイミゴで、ずっと奴隷として生活してきたという。

 それが、いきなりギフトを得て"人"になったのだ。生活もガラッと変化する。少しでも人になれるように、ちゃんと人と会話ができるようにと、彼は神殿でリハビリ中なんだそうだ。


 そう。元イミゴ(・・・・)なのだ。

 巫女の奇跡は本物だったのだ! まあ、正直うらやましいと思う。思わないわけがない。


「あーあぁ。おまえさんは良いよなぁ。人間になれて! オレだってなぁ、せっかく巫女様に会いに来たっていうのに、どうして奉仕活動なんて……」


 びくびくする神官見習いを睨みつけて、シロが文句を言っていた。

 彼は、自分がギフトを貰えない事が納得できないのだ。ここにきてからずっと、同じ文句をばかり言っている。

 でも、まあ──正直、気持ちは分かる。

 分かるけれど、言っても仕方がない事だと、あきらめているのだ。


「まぁ、そう悪いもんじゃないだろ。俺達みたいなのが巫女様に会おうと思ったら、こんなテでもないとやってられないしな。

 それに、ご飯も食べれるし、巫女さんも美人ぞろいだし。追い払われたり、町人から逃げたり……そんな事しなくて良い分、気楽だしな。

 それだけで、大神殿にきて良かったと思うけどな」


 ここでは、三食に朝昼のおやつまで、ちゃんと食べさせてくれるのだ。

 巫女さん達はみんな奇麗で、遠くから見るだけで幸せな気分になれる。

 服だって洗い替えを貰えたし、沐浴の許可も貰っている。

 何より、"人"から逃げなくていいのが幸いだった。

 イミゴは人ではなく、家畜だ。だから、町や村に隠れているイミゴを見つけたら、捕まえた者の物になる。

 そのまま飼育されるか、奴隷商人に売られるか──どちらにせよ、ろくな未来にはならないのは分かりきっていた。


「だが。こんなのってないだろう。せっかくギフトをもらっても、こうして奉仕させられるだなんて。これじゃぁ、まるで奴隷と変わらないじゃないか」

「そうかなぁ。なんだか、久々に体を動かすとイイ気持ちになれるんだけどな」

「あーあ。まったく、巫女様が本物だっていうのなら、早くギフトをくれないかなぁ。そうすれば、こんなとことはオサラバなんだけどな……」


 心底つまらなそうに、シロは言う。すでに彼の手は動いておらず、やる気もなく庭に座り込んでしまっていた。


(一緒にされるのは嫌だな。ちゃんと仕事してるのに……)


 そっと俺がシロに背を向けた時、視界のすみに白い服がゆれていたのに気が付いた。




 ○ ○ ○




 バン! と大きな音を立てて、テーブルの上に腕が打ちつけられた。

 その音の大きさに俺は肩をすくめるが、周りのシロ達は平然と食事を続けていた。

 怒りの収まらない男は、周囲を見回して──


「不心得者がいますね」

「申し訳ありません。小官の不徳のいたすところと──」


 男は、神官達に守られながら部屋に入ってきた巫女を睨みつけた。

 俺を含めた他のシロ達は、みな一行に向かって頭を下げる。それが、男には余計に気に入らないようだった。


「なんでだ! なんでだ! なんでだ! どうして、オレはイミゴなんだ!」

「なぜ、とは? 何が聞きたいの?」

「オレは。オレは指導者(リーダー)なんだ! リーダーだ! 愚者を導いてやることがオレの役目なんだ。

 それなのに、どうして──嘘だ! オレがイミゴだなんて、嘘だ──!」


 なんということだ。俺と同じギフトを持っていた人が他にいたとは、驚きだった。

 それにしても、いくらリーダーだったとはいえ、今はイミゴである。そんな立場で巫女様にくってかかろうとは──勇気があるのか、バカなのか。


「オレはイミゴなんかじゃない!」

「わたしは、かつてあなた達と同じ"シロ"と呼ばれる者でした」


 信じられない巫女の告白に、下げていた頭が上がった。

 じっと──凪いだ海のような青い瞳をした巫女を見詰める。金の塊のような髪がさらりと頬を流れていた。

 この、目の前の、奇麗な女性が──手入れされた肌と、美しく結われた髪。巫女にふさわしい、美しい刺繍のはいった豪華な服──それを手にしている巫女が、かつてシロだったと、イミゴとして差別される者だったというのだ。



「ゆえに。かつて同じ者であった、わたしが告げます。


 あなたが落ちたというのならば、それはあなた自身がそうしたのです。

 あなたは傲慢(ごうまん)ではありませんでしたか。

 他人を妬み、嫉妬し、その差に怒ってはいませんでしたか。


 人は怠惰に、堕落に流されるものです。

 水が高いところから、低いところに流されるように。

 春を告げる星(シリウス)が川を潤し、大地に恵みをもたらすように。


 己が手にあるものを、理解していましたか?

 ギフトとは、神の愛。神の祝福。

 それは、あなたの運命であったのです。

 かくあれかしと、神が、運命が、あなたに道を示していたのです」



「運命なら! 神はそう定められたのならば! どうしてその道が閉ざされる!

 オレは何もしていないのに! 神にそむくことなど、何もしていないのに!」

「何もしない事も、また神にそむく行いなのです。

 目の前の愚行をあざけり、心の中であざ笑う──己は違うとでも思いましたか?」


 ここにきて、ようやく気が付いた。

 巫女の言葉は、目の前の男にだけではなく、俺にも──俺達にも向けられていたのだと。

 矛先を逸らされた男が、拍子ぬけたように巫女と──俺達を見た。

 聞き流していた巫女の言葉をたぐりよせ、記憶から引きずり出そうとする。数日──いや、数か月使っていなかった頭を回転させ、必死に巫女の言葉を繰り返した。


 巫女は男から視線をずらし、無言で立ち続けるシロ達を見た。

 静かな巫女の目を受けると、体が震える。全てを見通すかのような瞳に、心の全てを暴かれるようだった。



「あなた達は、本当は気がついているのではありませんか。

 あなた達を取り巻く世界の優しさに。


 あなた達を傷付ける人は多いでしょう。けれど、あなた達を助けてくれる人も多くいるのです。

 そうやって助けられて、今、ここにいるはずです。


 では、あなた達は?

 あなた達は何ができますか?

 世界に、困った時に優しくしてくれた人々に。あなたは何を返せるのですか?」


「巫女、様……」


 問いかけるような、神託のような巫女の言葉だった。いや、彼女は巫女だ。ならば、それは本当に神託なのかもしれない。

 返そうとする言葉は、ただかすれた音を響かせるだけだ。


「考えなさい。悩みなさい。そうして己を知るのです。

 己を知り、己の為すべき事を知り、選び取りなさい。

 それが──それこそが"人"の道なのです」




 ○ ○ ○




 自分は何か──俺は俺だ。成人の日にギフトが消えて、イミゴに落ちた。友人も家族も失った、一人ぽっちの俺。

 けれど、聖女の言葉に、疑問が生まれたのは確かだった。


 あの日、イミゴに落ちたあの日──

 母が、わざわざ『明日の朝に奴隷商人に売る』と告げてきたのはなぜなのか?

 父が、馬屋に追い出した事。そこに都合よく準備されていた、旅支度ななんだったのか。どうして、馬には馬具が取り付けられていたのか──

 どうしてあんなに何度も『逃げるな』と繰り返したのか──まるで、逃げろとでも言うように。


 イミゴ落ちをして数か月。恨みに恨んでいた両親への憎しみが、小さな綻びをみせた。



 友人を失ったと、そう思っていた。

 イミゴに落ちたから、友人が離れて行ったのだと。けれど──


『前から嫌なヤツだと思ってた』

『偉そうに口だけの奴。イミゴになったのも当然』


 あの時は動揺していて気が付かなかった友人の言葉が、今になって胸に突き刺さる。


(俺は、嫌な奴だったのか? 口先だけの、何にもできない偉そうな奴だと思われていたのか……)


 思い出せば、正直へこむ。

 思い出したくないと拒否する頭と胸を無理やり動かして、かつての言動を思い返した。


(思い出さなければよかった。俺……何にもしてなかったのか。そうか……そうだったのか)


 うわぁ、と過去の所業に驚くばかりであった。

 草むしりをしていた時に体が痛くなったのも当然だった。今まで一度もやっていなかったのだから。

 それまでは友人──という名の下僕に命じてやらせていた。

 長年、使わなかった筋肉をつかったのだから、体も悲鳴をあげるというものだ。



『あなた達は何ができますか?

 世界に、困った時に優しくしてくれた人々に。あなたは何を返せるのですか?』


 巫女の言葉が胸につきささる。

 優しくしてくれた人──家族や友人達には、今は会えない。会えば彼らにとっても俺にとっても、辛い事になってしまうから。

 家族にも友人達にも謝りたいけれど、それは今ではなかった。


(過去を謝るためにも、人にならないと──でも、今の俺に何ができる? 何も持っていない、何もできない俺に──?

 いや。どうせ、すぐに答えが出るわけでもないしな──)


 そう結論付けて、俺は一晩ゆっくりと考えることにした。



 翌朝──


「あの! おはようございます」


 俺は、俺から神官見習いに挨拶をしてみた。

 おどおどしている神官見習いはびくっと体を震わせて──


「あ、ああおおおはよよ、ございいいますうう」


 いつも以上にどもった声で、それでも笑顔であいさつを返してきたのだった。

 それは、俺が始めて見る神官見習いの笑顔だった。

 いや──じっくりと神官見習いの顔を見たのもこれが初めてだった。

 そして、神官見習いがかわいい女性だったことに、俺はようやく気がついたのだった。


イミゴ=忌み子で、先天性と後天性の二種類があります。

本文でささっとスキルがついた神官見習いは、先天性でした。

主人公達は後天性のため、苦労しています。

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