04. 事情
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綺花はイライラしていた。この上なくイラついていた。
「......、」
黒板の前でいつものように喧嘩が繰り広げられている。『空気砲弾』で女子高生(名は音無沙耶と言う)を吹き飛ばしたのが元川大輔。
元川は学年でも有名な不良グループもどきに属してる。
不良グループではなく。
ただの不良もどきだ。
「ったくよォ、無能なゴミ共が『超常使い』に勝てる訳ねぇだろォが」
けっ、と元川は唾を吐いた。
......、
不良になるような度胸もなく、ただただ自分は他人より優れているに存在だと、馬鹿な自尊心のために他人を見下すような態度を取っているのだ。
イライラする。
そんな馬鹿な野郎のために誰かが傷ついてたまるか。
たかが『超常使い』というだけで、誰かの上に立てるなどと思うなよ。
「......ないわよ」
「あァ?」
「ふざけてんじゃ、ないわよ」
いつの間にか、自分でも気付かぬうちに立ちあがっていた。
正面、元川を見る。
「たかだか超常が使えるくらいで、いい気になってんじゃないわよ!!!」
叫ぶのと元川に殴りかかるのは同時だった。
「ああああぁぁぁぁぁ!!」
「だからよぉ、」
それでも元川は余裕の表情を崩さない。
「お前が俺に勝てる訳ねぇだろ!!」
「!?」
『空気砲弾』が綺花に向けて放たれる。
バァン!! と、これまで以上に大きく空気の裂ける音が響いた。
だが。
「なっ!? 貴様なにしやがる!!」
確かに綺花は跳ばされていた。
「なぜって、女子に痛い思いをさせてはだめでしょう」
先程やって来たばかりの転校生が、綺花の身体を半ば投げる形で回避させたのだ。
「じゃあなんで貴様は吹き飛ばない!! 俺の『空気砲弾』は貴様に直撃しただろォが!!!」
元川は余裕などもう失っている。
あれほど頼って来た超常が、こうもあっさり否定されたのだ。
ざまぁ見ろ、だ。
「さぁ、なんででしょうね? あなたの能力が劣っているんじゃないですかね?」
「き、貴様ァァァァァァァ!!!!」
ドバァン!! と空気が爆ぜる。
五発。
見えない弾丸が白神に襲いかかった。
しかし。
「......、」
白神は、突然現れた『超常使い』の転校生は、無表情を貫いた。
「なっ!? なんでだ!! なんでなんだよォォォォォォ!!!!」
白神は、1センチたりとも動かなかった。
吹き飛ばされることはなかった。
「......憐れですね」
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァ!!!???」
元川は半泣きで絶叫し、教室から出て行ってしまった。
「......ふぅ。ええと、彼らを保健室? に連れて行った方が良いのでは?」
「ああ、うん。私は大丈夫だから。飯井沼くんは連れて行った方がいいかもだけど」
そうですか、と謎の転校生大宮くんこと白神はやはり無表情で頷いて、自分の席へと戻って行った。
「.......、なんなのよ、あれ」
綺花は最後まで、唖然とするしかなかった。
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あんなのはどうってことない、ただの有象無象だ。
『空気砲弾』は別に珍しい能力ではないし、例え『虚空爆破』並みの能力だったとしても、白神には傷一つつかなかっただろう。
そういう超常。
とはいえ、やはり目立ち過ぎただろうか。周囲の反応を見る限り、そう珍しい事ではないらしい。
もう少し転校生というイレギュラーな存在として自重すべきだったかと少し後悔する白神。
という訳で、授業も終わり、今は放課後である。
「ま、別にいいんじゃないの? お前が暴れるのは目に見えてたからな」
「止めてください。俺は係長と違ってそこまで乱暴ではありませんからね」
「で、何かわかったのか?」
はぁ、と一つため息を吐き、
「いえ、特に何もわかりませんでしたよ。他の学校がどんな感じなのかは知りませんけど、大体普通の学校なんじゃないですかね。ああいう不良もそう珍しくもないですし」
「そうか.......、私も似たようなものだっだよ」
「ホント、雁泉さん呼べないんですか? あの人いたら大分楽なんですけど.......」
「仕方ない、あっちも仕事だからな」
「そうですか......」
白神と荒川はというと、橘ヶ丘高校から少し離れたところにあるコンビニにいた。
時刻は午後六時前。部活組がちょうど下校している頃だろうか。
「これからどうするんですか。一回新宿に戻りますか?」
「いや、めんどくさいし、近くにホテルあるし、このまま情報収集だ」
「え、嫌ですよ! 係長とホテルなんて!!」
ズガーン、と雷に打たれたような表情をする白神。
「ホント、お前上司に対するリスペクトはないのか!?」
「ないですね」
「ないのかよ!」
とそこで、彼らの視界に二人の少女が映った。
片方は確か、百合姫綺花とか言ったか。
いろいろと学校のことを教えてくれたお返しに、白神が助けてあげた少女だ。
「ああ、あの娘か? お前がフラグを建てたのは」
「建ててませんよ、そんな物。一緒にいるのは確か同じクラスにいた......確か、折沢真奈美だったはずです」
普段他人にあまり関心を持たない白神にとって、折沢真奈美という名前を覚えていたというのはほぼほぼ奇跡だろう。
別に誰もそんな奇跡必要としていないが。
「この時間にまだ学校の近くにいるってことはこのあたりに住んでるのか?」
「ただ部活組だという可能性もありますけど」
ともあれ、生徒に出会えたのはラッキーだったので、早速聞き込み調査開始である。
勿論白神は顔を見られているため、コンビニの中で隠れて待機。
「クローン人間? ウチの学校にですか?」
そう訊いてきたのは、折沢という少女の方だ。
「いや、まだそう決まった訳じゃないんだがな、いくつかの候補の中に橘ヶ丘高校が含まれていたのよ」
「そーなんですか......」
しかし折沢はイマイチ実感が沸いていないようだった。
まぁ、いきなり「あなたの学校にクローン人間がいますよ」なんて言われても反応に困るだろう。
「何か心当たりがあるのなら言って欲しいんだが、何かない?」
二人はうーん、としばらく唸った後、
「やっぱりわかりません」
そう答えたのだった。
▼▼ 9 ▼▼
突然女の人に絡まれて、一瞬カツアゲされるか!? と身構えた綺花だったが、その正体はなんと警察官だったようだ。
それも、捜査五課の刑事。
世間からはいまだ『アンダーブラッド』を逮捕することができずにいることに対して、非難の声が浴びせられている、超常犯罪特化の部署。
しかも訊かれた内容が、『アンダーブラッド』に直接関わるようなことだったのは、さらに驚いた。
「誰か殺されちゃうのかな......」
自分たちの通う、橘ヶ丘高校のメンバーが一人殺されるかもしれない。
じゃあ誰が?
誰が『悪人』なんだ?
クローン人間は誰なんだ?
私ではない、とは決して言いきれない。
自分が知らないだけで、実は自分はクローン人間なのかもしれない。
普段なら馬鹿みたいな妄想だと笑い飛ばされるようなことだ。
だけど、それが今は、現実となっていてもおかしくはない。
「身近になってから、やっと気付くのよね......」
「ん?」
「ううん、なんでもない。早く帰ろ? どこかに『アンダーブラッド』が隠れてるかもしれないし」
綺花がそう言うと、真奈美は周囲をきょろきょろと見回し、
「いや、それはさすがに......、ない、わよね?」
綺花は答えなかった。
わかっている。
真奈美にもそんな自覚はないのだろうけれど、やはり彼女も『アンダーブラッド』の殺戮を、どこか遠い国の出来事だと思っていたのだろう。
だからこうして、自分にその恐怖が襲いかかって来た時、何もできなくなる。
「早く行こ? 電車来ちゃうから」
「......綺花?」
真奈美が綺花の顔を覗き込んできた。
不安な表情で。不穏に対しての表情で。
「ん? どうしたの?」
「い、いや、なんでもない。 早く行こ」
真奈美は半ば綺花から逃げるように、駅へと歩き始めた。
「......、」
綺花は少しの間動かなかった。
動かず、真奈美の背中を見ていた。
彼女は無表情で、されど冷徹に、真奈美を睨みつけていた。
わかっている。
自分は、『善人』ではない。