03. 超常
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「わかったか、百合姫。次からは気を付けるんだぞ!」
「はい......、すみませんでした......」
綺花は職員室を出てから、はぁ、と大きなため息を吐いた。
本当に、どうしたのだろうか。授業中に居眠りをしてしまった。
よりによって、居眠りの大嫌いな後藤先生の授業で。
やはり、この頃寝不足なのだろうか?
重い足取りで階段を上る。教室に戻る。
「あっ、綺花! まったくどうしたのよホント!!」
真奈美だった。彼女の両手には二つの弁当が握られていた。
「うーん、本当にどうしたんだろ......」
「はい! とりあえずお昼ご飯持ってきたからさ、一緒に食べよ?」
綺花は真奈美から弁当を受け取り、頷く。
そして、そのまま階段を上り、お昼ご飯の定番スポットである屋上へ向かった。
屋上は別に良い景色が見下ろせるとかそんなことはないのだが、真新しい橘ヶ丘の広い、何もない景色なら見下ろせる。
屋上で、他愛のない世間話をしていた時だった。ふと、大事な事を思い出したかのように、真奈美が言った。
「そういえばさ、お昼からウチのクラスに転校生が来るんだってさ!!」
「転校生?」
転校生。
なにかと高まるワードである。いるだけで教室の空気が変わる、不思議な力を持つ存在だ。
まぁ、結果的には何も変わらないのだろうが。
「ふーん、ていうか、なんで今?」
「さぁね。親の都合か何かじゃないの?」
親の都合。
そんなモノのせいで転校させられて、振り回されて悲しくはないのだろうか。綺花はそう思う。
「それでさー、聞くところによると一応男子らしいよ、転校生! 希望を持ってみるのも悪くないと思わないかね綺花くん!!」
「真奈美、それ高峯君の時も同じこと言ってなかったっけ?」
高峯君とは、二学期の初めてにやって来た転校生である。真奈美はどうやら成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能の完璧超人を望んでいたようだが、現実問題そんな人がそうそういる訳がなく。
「まぁ今回も肩透かしでしょうね。過度な期待は悲しいだけよ?」
「もー、なに格好つけてんのよ! 綺花はモテるから良いけどさ!!」
「モテるってそんなこと全然ないって。告白とかされたことないし」
えー、ホントー? という表情で、綺花の肢体を上から下まで舐めるように見定めようとする真奈美。
腰まである漆黒のストレートの綺麗な髪に、大きな瞳が可愛らしい。胸も標準より、いや結構大きいし、十分美少女に分類されても良いはずだ。というのが真奈美の見解である。
真奈美にじーっと見られたせいか、
「ほ、ほら! もうすぐ昼休み終わっちゃうから戻ろ!!」
綺花は少し照れてしまった。
▼▼ 6 ▼▼
「もう制服の話はこの際諦めますが、やぱっりこういう潜入系は雁泉さんに任せた方が効率的なのでは? 俺、そこまで高校生と上手く接する自信はないですよ」
と、すっかり男子高校生と化している白神は、言っている事とは裏腹にいまだ自分のプライドを捨て切れずにいるようだった。
「まぁゆーちゃんがいればゆーちゃんに任せるけど、別件に当たってもらってるんだから仕方ないわよ。それにアンタ結構顔いいから大丈夫だって」
「はぁ......、わかりました。行ってきます」
「へーい、頑張っておいでー。私は後ろから見てるからねー」
鬱陶しい上司から一刻も早く離れるために早足で廊下歩く。
大体、やっぱり大の大人が高校生役をするというのはいささか不自然ではないだろうか。大学生と高校生では誤魔化しきれない差があるのだ。
と、ここで。重大な事に気付いた。
「......、あれ? 俺は一体どの教室に行けばいいんだ?」
あの上司に聞くのを忘れていた。しかし、また来た道を引き返すのも面倒くさい。
どうしたものか。そう悩んでいた時だった。
「おお、君が大宮くんかな?」
「......?」
大宮くん? 誰だそれは。
ああそう言えば、今回の偽名は大宮真司だっけか。思い返して話しかけてきた先生(若干禿げ始めている中年のおっさん)に向かって尋ねる。
「はい、大宮です。よろしくお願いします。ところで、俺の教室はどこでしょうか?」
「ああ、心配いらないよ。君は私のクラスだからね。それにしても君、偉いね。最近の高校生はロクに敬語も使えないというのに......」
それは単にあなたが嘗められているだけじゃないのか、とそう思う白神だが、勿論そんな事は口が裂けても言わない。
長谷川と名乗った先生に連れられて、白神は潜入先に向かった。
二年一組。
白神が教室に登場した時は結構大きな歓声が上がった。主に女子から。男子は特に無反応だったというか、無駄にイケメンが増えて迷惑だ、といった感じだ。
女子からなら話を聞きやすいか。白神は今後の予定を決定。
「どうも、今日からお世話になります、大宮真司です。よろしくおねがいします」
自己紹介はこれで合っているのか? 少々不安だが、まあどうでもいいだろう。
「えーと、じゃ大宮くんは一番後ろの右端に座ってね」
「わかりました」
教卓から席までがやたら長く感じられた。すごく注目する目線を感じる。
とりあえず座って、隣の女子に挨拶しておくことにした。
「どうも、よろしくお願いします」
「別に敬語なんて使わなくて良いわよ、堅苦しい。ま、わかんないことがあったら何でも訊いて。私は百合姫綺花よ、よろしく」
ふむ、百合姫綺花、と。ごく普通の女子高生といった感じだ。化粧もそんなに濃くない気がするが、そこら辺のことは白神にはわからない。
まぁ適当にこの娘あたりから探るとするか。
この中にクローン人間はいないか。もしくは変に浮いている人間はいないか。
まぁ、自分に対しての殺害予告が大々的にメディアで放送されているのだから、欠席している可能性も十分あるが。
そもそも、この学年にいない可能性もあるし、この教室のメンバー全員に聞きまわったところで何も掴めない可能性もある。ていうか、掴めない可能性の方が高いと思うが、そこはもう運だろう。
白神が二年を担当しているのだから、荒川は一年もしくは三年のクラスに侵入してるはずだ。
そして、授業一コマ(数学だったが、高校などとっくの昔に卒業している白神にとっては、暇で無駄な時間でしかなかったので、今後どういう風に聞きこみをするのか考えていた)を終え、十分間の休み時間。
時間が惜しいので、さっさと聞き込みを開始する。
「あの、百合姫さん? このクラスについて色々聞きたいんですけど、いいですか?」
「うん、別に良いけど?」
授業中、ずっと眠たそうにしていた彼女だが、白神の質問に対してスラスラと答えてくれた。
今日休んでいるクラスメイトはいない。
『アンダーブラッド』の殺害予告について、話題になっていない。
別に特別浮いている人間はいない。
いつも通りである。
まぁ、結果的には有力な情報は何も得られなかった訳だが、このクラスがハズレだったとはわかった。
さて、次は他のクラスを当たってみるべきだろうが、一体どうやって尋ね回れば良いのやら。
意外と仕事の早い荒川が訊き回ってくれているか?
そんな他力本願な考えをしていた時だった。
「おい!! ふざけてんのかテメェ!!!」
怒鳴り声が教室に響いた。
どうやら、黒板の前で一人の男子生徒と女子生徒が言い争いをしているようだ。
「アンタたちがあんな馬鹿な真似をしたのが悪いんでしょ!!」
「ハッ! 無能なクソ野郎が俺に突っかかってきたのがワリィんだろうが」
良く見れば、言い争いをしている少し離れてたところで男子生徒が一人、うずくまって唸っていた。
あの様子だと、どうやら鳩尾に一発喰らったらしい。
「飯井沼くんに謝ってよ!」
「うっせぇな!! ザコは黙ってろっつってんだろ!!」
バン!! と空気が裂ける音がした。
「がっ!?」
女子高生の方が吹き飛ばされ、ドアに激突する。悲痛な声を上げる。
「あん、た......、超常、人に使っちゃ、ダメって.......」
バタン、とそのまま倒れこんでしまった。
なるほど。あの男子生徒は『超常使い』か。
『超常使い』。
その名の通り、超常を行使できる人間を指す言葉だ。
魔法だか超能力だかは知らないが、あらゆる法則を超える能力を扱う者。
超常にも様々な種類があり、例えば今しがた男子生徒が放った超常はおそらく『空気砲弾』。
直接人に傷を負わせるというより、人を吹き飛ばすことが目的の超常。
そう珍しくない超常だ。
ちなみに、『超常使い』はおおよそ十人に一人、つまりは10%の確率で存在すると言われている。
この教室なら三人。
百人いれば十人。
日本中なら一千万人。
全世界なら七億人。
10%というのは、少ないようで、実はかなり多いのだ。
白神も荒川もその一千万人、七億人の一人である。
「止めなさいよ元川!!」
「あァ? お前も俺とやりあうのかァ?」
「......っく」
勇敢な女子高生が立ち向かおうとしたが、最終的には身を引いてしまった。
いや、これで正解だろう。
その女子高生が『超常使い』かどうかなんて知らないが、『空気砲弾』結構厄介だし、痛いからな。それに避けにくい。
まぁ、白神の場合は避けなくて良いのだが。
結局、休み時間の十分間の半分は、高校生の喧嘩を眺めていた。
隣の少女はかなりイライラしていたようだったが。