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カンストキャラに憑依した少年が立てた避けられない死亡フラグ

「は、早く魔王を倒しに行くのじゃ!」


 そう一人宿屋の食堂でしわがれ声を張り上げ騒いでいるのはかなりの老人だった。だが一目見るだけでその老人はただの馬齢を重ねただけの老いぼれではない事が分かる。まるで銀の糸で織りあげられたような輝きを放つローブを身に纏い、持ち主の低い身長の倍はあろうかという曲がりくねった巨大な杖を手にしているのだ。

 いかにも偉大な魔法使いであると全身で主張している彼は、年齢と経験相応の落ち着きを見せるどころかその曲がった腰に火がついているのではと錯覚させるほど焦って魔王軍への突撃を主張する。


「ま、まあ爺さん落ち着いて」

「そうだよ、頭に血が昇りすぎると倒れちゃうよ」


 勢いに押されながら必死になだめる歴戦の戦士らしき姿の中年男性と優しげでおろおろしている少女神官に体を抑えられながらも、大魔法使いはなおも困惑している勇者に向かいすぐにでも魔王を打倒するべきだと口にする。

 そう彼には一刻も早く魔王を倒さねばならない個人的な理由があったのだ。

 具体的な期限を切れば後一ヶ月以内に。



 彼――大魔法使いと呼ばれている人物の正体は異世界人である。

 正確に記述すれば地球でこの世界を模したバーチャルリアリティゲームを楽しんでいた少年の意識が、ゲームキャラクターとして操作していたこの大魔法使いの体に宿った状態なのだ。

 ゲームを楽しんでいる最中に突然視界がブラックアウトしたかと思うと、次に意識を取り戻した時には今までゲームでしかなかったこのゲーム世界にプレイヤーである少年の意識が移っていた。その事に気がついた少年がまず感じたのはホームシックではなく驚きと喜びだった。

 なにしろ彼にとってはリアルよりも、ずっとこのゲーム中の世界が楽しいからこそ「廃人」と呼ばれるまでのめり込んだのだから。


 その喜びはゲームと同じように「ステータス」の一言で空中を画面に半ば透き通って表示された自分のステータスの数値を確認すると更に大きくなった。

 彼のステータスは成長させた通り、つまりゲーム上と変わらずに魔法使いとして必要な能力はほぼ上限に達していたからだ。このゲームではステータスにボーナスを振り分けられるのはスタート時とレベルアップした時だけで、後からこれまでに振り分けていたのをやり直しなどができないのが秒に古くさく難しいとネット上では叩かれていた。

 ゲーム開発者のインタビューによると「そうあっさりと力自慢の人間がいきなり頭脳明晰になったり手品師並みの器用さをもてるわけないじゃないですか」と妙なこだわりがあるらしく批判があるにもかかわらずバージョンアップの時もこの部分は変更はされていなかった。

 それでほとんどのプレイヤーはヒットポイントが心許ない序盤に死ににくくするために、まずは体力などにある程度割り振らねばならなかったのだ。


 しかし彼はその程度の縛りプレイを苦にするタチではなかった。

 気楽にパーティを組むリア充を横目に、大器晩成を信じてソロでは扱い辛いにくい知力や魔力といったステータスに極振りした大火力で紙装甲のキャラを育成していたのだ。

 おかげで出来たキャラは廃人の彼をしても満足がいくものだった。もしこのゲーム世界に彼以外のプレイヤーキャラクターがいたとしても、人類のみならず例えエルフや魔族であろうとも魔法使いのキャラクターでこれ以上に完成度の高い者はいないだろう。

 知力、魔力、共に999で隣にMAXとカンストが表示してある。スキルにしても炎魔法、氷魔法……といった有名所から闇魔法、重力魔法といったマイナーな物までスキルレベル99MAXとコンプリート済みだ。

 ――これ俺TUEEができるんじゃないか?

 

 つまらない現実世界から逃れられしかも人間としては最強の魔法使いになれたと喜ぶ彼だが、ステータス上で一つだけ気になる表示が目に止まってしまった。

 そこの数字だけがまるで警告されているかのように赤く点滅していたのだ。

 年齢――999歳MAX、と。

 

「あ、キャラ設定の時に大魔法使いはやっぱ爺さんがいいよなって考えてたっけ。ついでに年齢もカンストしておこうと年齢を上限にして外見も渋い爺さんにしたんだったよな。でも実際に自分がキャラになるなら爺さんよりも完璧美青年にでもすれば良かったかなぁ」


 いや高望みするなと彼は首を振る。この魔法使いキャラは外見も含めて気に入っていたんだ、そのキャラクターの能力と容姿の全てを引き継げるなら文句を言ったら罰が当たるだろう。


「それにしてもエルフなんかならともかく、人間でこの年齢なのに体は現実世界よりもキレキレで動くってのが凄いよな。流石ファンタジー」


 知力や魔力が3桁でおしまいのように、年齢設定も3桁までしかなくそれ以上にしようとしても絶対に4桁にはならななかったんだよなぁ。彼はそう何気なく呟いた後、ピタリと動きが止まる。


「年齢がMAXってことはもしかして……これ以上はどうしても上がらないって事か?」


 震える指先でステータス欄を操作し年齢の数字を上げようとしても4桁にはならない。ならば自分の年齢を下げようとするが、ガンとしてその999という数字と赤い点滅は変わらない。

 

「ちょっと待てよ、じゃあこれ以上年をとったら……」


 慌ててキャラクターの誕生日を確認すると、現実世界の彼と同じ日付だった。つまり後3ヶ月後には誕生日が来てこのキャラクターはめでたく1000歳に――なれるのだろうか?

 そうは思えない。

 何しろ年齢の欄が赤く点滅しているのだ。間違いなくシステム上の警告と見て間違いないだろう。

 もしこのまま誕生日を迎えるとなす術なくキャラが――いや彼の命が消滅する危険性が高い。  


「じ、自分で自分に死亡フラグを立ててしまったって事か……」


 あまりの事態に思考がフリーズしかける。しかし固まりかけた体をある発見が電流のように走り抜けた。

 年齢の隣に小さく「特殊イベント」と文字が浮かんでいたのだ。

 その文字に触れると「転生クエスト」と変化する。


「こ、これならば死なずに、いやこのキャラクターが転生する事ができる!」


 その転生クエストの第一段階からして「まずは魔王を倒してみよう」というものだからその後に控える第二・第三クエストの難易度の高さは伺えるが、他に選択肢はないのだ。これを残り三ヶ月でこなすしかない。


「そうと決まればすぐに勇者を見つけて魔王退治にいかねば」



 大魔法使いらしくゲームで手に入れた貴重な装備を持っている彼は急いで旅立った。しかしこの世界で唯一魔王を倒せるスキルを持つ勇者と出会うまでにまさか二ヶ月もかかってしまうとは思っていなかった。


 この世界の行方や人類対魔王軍といったマクロな問題はさておき、大魔法使いによる自分が転生するためだけのエゴに満ちたクエストはすでに始まっているのだ。

 

「あと一ヶ月以内に魔王を倒さねば、世界が終わってしまうぞ!」


 終わるのは彼の世界だけであり、またその死因はおそらく老衰ということになるであろう。この世界においては死因としてはかなり恵まれたもので大往生のはずだが、彼の発言に勇者パーティーはおののく。


「くっ、そこまで切迫していたなんて」

「まさか魔王を倒すのにタイムリミットがあるとは……!」

「そうじゃ、ワシの誕生日が1ヶ月後にまで迫っておるのじゃ! それまでになんとかせんと」

 

 続く彼の言葉に勇者たちはかなり気が抜けてしまう。「なんだ誕生日に間に合わせたいだけなのかよ」と。

「爺さん誕生パーティーは開いてやるから無理すんな」

「そうそう、その年まで家族がいなくても私たちが祝って上げるから」

「そんなんじゃないわー!」

「またまた、無理すんなって」


 勇者パーティーの仲間は誤解するが、「ワシは1000歳になれないからその日までに魔王を倒さなければいけないんじゃ」と言っても説得力がなさすぎる。というか999歳でこれだけ元気だったのかよとそっちの方で驚かれそうだ。


「もう、いっそ誕生日なんぞ来なくていいのに」


 まるで年齢が気になるお年頃の女性たちのような愚痴が食いしばった歯から漏れる大魔法使いだった。

 そんな間にも魔王より手強い彼の寿命というタイムリミットは着々と近付いている。だから更に必死さを露わにして彼は叫ぶ。


「ええい、勇者がワシと一緒に戦ってくれれば大魔王だろうが超魔王だろうが目をつむっても三秒で倒してみせるわ! だからワシの誕生日が来る前に急いで魔王を倒すのじゃ!」 


 と。

 たとえ魔王を倒しても転生クエストをクリアするのに大魔王・超魔王を倒さねばならないフラグをまたも自ら立てているようだが、彼はそのことに気がついていないようだった。

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