マリルは堕ちた
死神協会オアシス支部の取調室。
マリルは、死神の職務で重大な背任行為の疑義でこの部屋にて取調べを置けているはず、が。
マリルは取調官である若い協会職員を前かがみの姿勢で立たせ、その職員の後ろから足を絡ませつつ腰の上に乗り、両腕を締め上げる。
伝説のアニメ発祥の大技『パロスペシャル』を華麗に決めていた。
「カツ丼大盛りとお茶、はよ、はよっ」
「そ、そんなものはここにはありま……いででで」
「取り調べってのはね、カツ丼一つで展開が変わるのよ。あんたがカツ丼なしであたしを落とそうなんて百万年早いわ。ほら、肩から変な音がして関節が急に緩んできたわよ。カツ丼、はよ」
「ぎゃあああああ、いでええええ。放して、お願いだから」
「ほうら、肩の関節がガバガバじゃないの。楽になりたいならカツ丼大盛り、はよ。お茶とお新香ダブルも譲れないわ。届くまであたしの必殺技を存分に味わいなさい」
「うぎゃああ、もう外れてるって……降りてください、お願いですから」
そこに、取調室のドアが開く。
三人の男。
入室してきたのは死神協会オアシス支部の支部長、エンド・グリム・リーパーだ。
この協会支部の最高責任者であると同時にマリルー・グリム・リーパーの兄でもある。
後の2人は部下の協会職員のようだ。
「マリル、いい加減にしなさい」
「あら、イケメン支部長さん、やっときたわね。レディーのいる部屋にはノックしてから入るのがマナーよ」
「ふむ、部屋の主が淑女ならばノックもするさ。だが、パロスペシャルを決めている者が、淑女とは到底言えないと思うがね」
「あら、言うわね。それは扉を開けて見たという結果じゃない? 着替え中だったり、大人のプロレスの最中だったらどうするの?」
「取調べ中の前提に着替えはありえないし、お前の裸なんぞ、目が腐るほど見てきたから今更見たいと思わないな。それとも、少しは恥ずかしくなるくらいには成長したのか」
死神オアシス支部長は、久々の妹との会話を楽しむように言葉を返す。
「し、支部長、助けてください」
「マリル、うちの職員を放してくれないかな」
「あら、それはまだ出来ないわ。あたしはね、この不条理な強制連行で空腹と眠気に苦しんでいるのと、このバカ職員の魂の侮蔑発言に怒りをこめて、肉体的苦痛にて訴え出ているの。今の事態収拾にはカツ丼大盛りとお茶、お新香ダブル、けんちん汁のニンジン抜きしか、ありえないわ」
「け、けんちん汁ニンジン抜き? 支部長、どんどん要求が膨らんで来てます。はやく助けて下さい」
「うるさい。あんたは人質、立場をわきまえなさい。ふんっ」
ぐきり。
「あああああああああ」
マリルは職員の腕を容赦なく締め上げ、また関節から変な音がする。
部屋には絶叫が響く。
「もう、おいたは終わりだ、マリル。取り押さえろ」
「「はっ」」
エンド支部長と部下2人はマリルの手首を掴みあげ、パロスペシャルを解く。
「は、放せ。バカ兄貴、あたしが何したのよ。痛い、手首にアザができたじゃない」
「いまから裁判を行う。なに、すぐ終わるから我慢しろ」
「なによ、カワイイ妹を地獄に突き落とすワケ? おにっ、あくまっ、そんなの高貴な死神の所業じゃないわ」
「無罪なら地獄はないから。いいから、とにかくこっちにこい」
◆
僕達のいる、応接室。
シルバーは、ケモミミ少女の姿で、大皿いっぱい積み上げてあるクッキーなどのお菓子をポリポリ、もぐもぐ食べている。
ケモミミ姿のときは口が小さいので少しずつかじりつつ咀嚼して飲み込んでいる。
かなり空腹の様子で絶え間なく咀嚼音がつづく。
オオカミ男4人衆は、相変わらずポージングを続行、互いになにやら筋肉について見せ合い、小声でなにか話しているようだがよく聞こえない。
彼らもたまにクッキーを一欠片食べるが、その様子はプロテインを摂取しているようにも見える。
僕はあまりの眠さにソファーにもたれかかり、目をつぶる。
「リュートさん、膝枕してあげる」
「あ、えっ、なんだか申し訳ないな」
「これは、主として命令よ」
レティーがやさしい声で僕を招く。
三人がけのソファーの端に座り、膝枕してくれた。
僕の頭を優しく撫でる。
時折、レティの細く冷たい指が僕の髪の毛を掻き分け、頭皮を触れてくる。
「ありがとう」
「リュートさんが頼ってくれるのは嬉しいの。もっともっと甘えてほしいわ」
僕は、レティから発する甘い香りの中で眠りに落ちそうになっていた。
だがすぐにこの部屋の中を支配する、安息の時間を破る瞬間が訪れる。
こん、こん。
ドアからノック音。
「どうぞ」
レティが返事する。
僕はというと、あまりの睡魔にぎりぎりのラインで意識が飛びそうになりながら、音と声のだけをぼんやり認識している。
ね、眠い。
レティの膝枕、最高だ。
このまま寝ていたいな、だれも話しかけないで……。
「休息中申し訳ないが、今からマリルー・グリム・リーパーの職務違反の疑義について裁判をここで行います」
男の声、ああ、エンド氏かな。
「くぉらー、バカリュート、いつまでバカコウモリ女の膝で何寝てんのよ。 馬鹿なの? 死ぬの? 起きろつってんの。はよ、はよ」
あっ、ああ。
「はい、起きました。目が覚めました。スッキリバッチリ覚醒モード突入です」
ソファーから飛び起き直立不動。
「ったく。あたしはむさい職員に性的拷問うけながら取調べを受けている最中に、コウモリ女と膝枕だなんて許せない。しかも菓子もたらふくむさぼって」
性的拷問ってのはありえないだろ、今のは間違いなく盛ってるよな。
手枷を掛けられているマリルは激怒してしていた。
数秒、だがもっと長い時間を感じさせるほどのマリルのジリジリ熱い視線を受ける。
飲み込まれそうな視線、数秒の見つめ合い。
不意にマリルが動く。
つかつかっと僕に近寄り、僕の首に手枷を掛けられた腕を掛け、キスをしてきた。
最初は唇を重ねるだけのキス。
次第に激しくなるキス。
僕の舌、唇を吸い、強く強く吸い、痺れさせ、突然噛む。
「って!」
「いいかげんにしろ! 引き剥がせっ」
死神職員たちに取り押さえられるまで長いキスだった。
マリルの口元に僕の血。
チロリと舐めとる。
「リュート、レティ、あんたらがいい思いした分だけの罰だからね。今のはご褒美じゃないんだから。いいコトするならあたしのいなくなってからにして。いい? 約束よ」
「いなくなってからって、おい、まさか」
「兄貴、開廷よ、速攻で終わらせるんだから。はよ」
「ふむ、覚悟が出来たようですね」
エンド氏は一人がけソファーに座る。
マリルは2人の教会職員に左右の腕を掴まれまま、エンド氏の前に立って対峙する。
僕とレティ、シルバーは3人がけのソファーに座る。
「それでは、死神マリルー・グリム・リーパーの重大な職務違反の疑義について裁判を執り行います」
エンド氏が開廷を宣言した。
「さて、マリルー・グリム・リーパーの職務違反の疑義についての真実を確認します。まず、マリルー・グリム・リーパー、あなたは火鳥竜人の魂を予定にない日に刈り取り、結果、殺しましたね?」
マリルはエンド氏を睨みつける。
「そうよ。あたしが刈り取ったわ。ついでに言うと、一年早く執行してしまったのよ」
「おい、ちょ……まて」
「本人の自供により事実が明らかになり、職務違反の罪が確定しました。次に、刑罰について審議します。量刑は罪の重さと被害者の心情、情状も勘案させていただきます。リュート殿、あなたは一番の被害者です。マリルに対するあなたの気持ちをお聞かせください」
僕の気持ち、だと。
僕は、僕は。
「マリルは、それはもう、ありえないくらい無茶苦茶で。僕を振り回しては困らせる。マリルのミスのせいで、僕はとんでもない所まで来た。もうね、なんかね、こんなコは今まで見たことないよ。わがままで、自分本位で。ヤキモチ焼きで、諦めの悪い。いや、諦めず、まっすぐで。憎らしいけど、かわいくて。正直で、一途で、決して折れない。わがままの中にも、僕をずっと見ていてくれて。僕も見ていたい。ずっと」
マリルは意地悪そうな目で僕を見つめている。
ああ、目から涙が。
「ひどい娘だけど、僕は好きだ。一緒にいたい。だから、連れて行かないでくれ、ください」
「ふむ、リュート殿。こんなでたらめな妹が好きなんだね」
「好きだ。嘘はない」
「被害者としての心情は理解しました。しかし、重大な職務違反についての罪に対して罰は執行されなければならない。では判決を言い渡す」
エンド氏はマリルの目を見る。
「焦熱地獄2週間、ただし、この2週間はこの世界の時間とする。2週間後、この世界の何処かに召喚され地獄の刑期は終了とする」
職員はマリルの足元に1メートル四方の紙を広げ、中央にマリルを立たせる。
紙には魔法陣が描かれていた。
「レティ、2週間後、必ず戻ってくるからリュートを貸してあげる」
「……わかったわ。必ず、取り戻しに来なさい」
「おい、まって、まってよ、マリル、もう少しだけ」
「じゃあね、バイバイっ」
エンド氏はスッと人差し指と中指を揃えて印を結ぶ。
「執行」
エンド氏は宣言し、印を切った。
マリルの足元の魔法陣が黒い穴になり、マリルは床の抜けた穴に自由落下して姿を消す。
魔法陣の紙はすぐに燃え上がり、灰と化す。
「さて、リュート殿。先ほど我々死神は一切、きみを干渉しないと言いいましたが、事情が変わってきました。きみの魂がもともともつ運命が稀有なこと、また、魂を切り離したマリルを含め、アンデッド蘇生したレティ殿、生前に自身のアカシック・レコードをリュート殿に開示したジョーカー殿など、およそ人間ではありえない者が干渉し始めたこともあり、今後も様々なモノがあなたへの干渉が起こると予想されます。あなたの命日を死守するため我々死神があなたを守り支援することを決定しました」
「ん? どういうこと」
「他種族の手前、表立って守ることは難しいが、各町の死神協会と死神族には保護、および支援するように通達しました。これは、死神協会トップと理事の方々の総意で決められたことです」
どうしてそこまで僕を重要視するのだろう。
「全ては話せません。未来のことは変わる要素が多々あるからね。自分の未来を知ってしまうのも色々と不都合が生じます。きっと、本来の命日である7月7日を知ったリュート殿は、生存に執着し、全力であがくでしょう」
「ただ、これだけは知って欲しい。きみの魂は、その強力な光に様々な人外が集まり、奪い合おうとするでしょう。魂を喰らう物の怪や魔族には放つ匂いに誘われる。魂を欲するものはその輝きに心を奪われ永遠に我のものとする。一部の神族や精霊族は魂を糧にするものさえいる。きみの魂を奪いたい者はゴマンとといるでしょう」
エンド氏はコーヒーを一口飲む。
「リュート殿。現状、あなたは自分自身を守りきれるほどの力を持ってません。レティ殿もお強いですが、それでもこの世界にはまだまだ強い者がいます。そして、彼らはリュート殿の魂に惹かれ何かしら干渉します。良き干渉なら良いのですが、喰らう者、持ち去る者は非情に困るのです」
「我々の最終目的は、7月7日、確実にきみの魂を刈り取ることに尽きます」
「はい、分かりました。一つ、お願いがあるのですが」
「僕の魂は、マリルの手でお願い出来ませんか」
「いいでしょう。きっとマリルも願っているだろうし、わたしもこの事件はこれで決着付けるべきだと思います」
「地獄からの解放後、出来るだけマリルと引きあわせてください」
「かなり難しいのですが、努力しましょう」
僕は、これからのことレティと念話で相談する。
『これからどうしようか』
『そうね、本当はジョーカーに会ってアカシックレコードの改ざんをする予定だったけどね。もうバレてしまったし、マリルの刑も執行されちゃったしね。しばらくこのオアシスの町に滞在してみない?』
『そっか、マリルに再会するにも、ここで死神協会に匿ってもらうにも都合がいいかも』
『とにかく疲れをとって、今後に備えましょう』
『了解です』
「あの、エンドさん。早速と言ってはなんですが、僕たちは休息を取りたいです。どこか、安全に眠れるところはありませんか」
「わかりました、ご用意します。この建物から少し移動しますが、そこへご案内します。どうかゆっくりお休みになって下さい」
エンド氏は僕らと協会職員5名をつれて3件隣りの建物へ移動した。
泥レンガと切り石を使った外壁と、色鮮やかな花を咲かす樹木が植えられている。
死神協会よりも大きく幾分豪華な造りだ。
「リュート殿、ここでお泊りになって頂きます。ここは小さいながらもオアシスの町で一番のホテルで、ここに訪れる各種族のVIPはここで泊まることになります。警備もサービスも充分に備えてますのでどうぞゆっくりとお休みください」
「支払いと部屋割りはどうなるのかな。僕達、お金なくて、マリルの報償金をあてにしていたのだけど」
「いえ、支払いは全て当協会が支払いますのでご自由に。部屋は他の宿泊されている客の都合で限りがありますのでひとり一部屋というわけにはいきませんが、4部屋程度まではご用意できます。いかがしますか」
『どうする?』
『そうね、一番大きな部屋をひとつ借りてそこで皆んなでいたほうが安心だわ』
『了解です』
「それでは、一番大きな部屋ひとつ用意して下さい。ここで僕ら皆んなで泊まったほうが安心なんで」
「わかりました。念のため、従者専用の小部屋に職員を常駐させます。何かあったら彼らに申し付けてください」
僕らはVIP対応で宿泊することになった。
キングサイズのベッドに僕とレティ、ソファーにシルバー、オオカミ男4人衆は絨毯の上で雑魚寝している。
布団やベッドを用意出来たのだが、シルバーとオオカミ男達の希望であり、彼らの楽な寝方でもあるらしい。
大部屋の隣には、従者専用の小部屋があり、そこに死神協会の職員が詰めている。
連絡役と言ってはいたが、どうやら監視役だと思う。
まあ、タダでVIP対応の宿泊できるのだから、甘えてしまおう。
いよいよ眠くなった。
マリルのことは心配だけど死ぬわけでもないし、レティは僕が眠るの待っているようでずっと見ている。
いまはゆっくり眠ってから、次のことを考えよう。
アカシックレコード:この物語では、タイトルに有る者の名前の人物の生い立ちから死ぬまでの記録書。過去は詳細に、未来はおおまかな予定が記されている。
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お読みいただきありがとうございます。
ヒロインのマリルが主人公より目立っているのは、キャラが確立してきたのが正直なところです。
彼女に関しては、キャラが勝手にひとり歩きするぐらいイメージがかたまりました。
したがって、物語ではマリルにはしばらく地獄で???してもらい、主人公とレティ、シルバーのターンを強化する予定です。




