マリルは取調べ中
マリルは、襲ってきた亜人間の盗賊の魂を刈り取り、この魂を助手に持たせて死神協会に提出させ報償金という名の換金をしようとする。
ところが協会の支部長であるマリルの兄、エンド・グリム・リーパー氏にマリルの助手はロープで簀巻きにされいた。
さらにマリル自身も不正の疑義が生じたと言い、連行されることになる。
マリル以外の僕、レティ、シルバーと4人? のオオカミ男たちは任意ということで、マリルとは隔離した状態で事情聴取を受けることに同意し、一緒に同行したのだった。
◆
死神協会オアシス支部。
死神協会支部は僕らがマリルの兄で死神協会支部長である、エンド氏と接触した池からすぐ近くにある。
屋台やテント、バラックづくりの多い町だが、協会支部はしっかりした泥レンガ造りの建物だ。
明らかに他の建物よりはしっかりしたものになっている。
周りを見ると、この協会のあるエリアは比較的泥レンガ造りの建物が集中していることから、町の行政的にも中心部としてと言っていいエリアだと思う。
扉を開けると数人の協会職員と思われる者達がエンド氏の元へ寄ってきた。
基本的に死神と称する種族は見かけの姿形は人間と変わらない。
エンド氏は、部下と思わしきものに指示し、先にマリルを小部屋に連れて行く。
マリルが入っていった部屋をちらっと見たが、机と椅子しかないシンプルな部屋である。
いわゆる取調室だと思う。
すぐに部下の手により扉は閉ざされ、以後、マリルが解放されるまで会うことが出来ないと思う。
マリル以外の僕ら7人は、広くて明るい客間のような部屋に招かれる。
僕とレティとシルバーは、促されるままソファーに座る。
ただし、4人のオオカミ男連中は僕が座っているソファーの左右に2人ずつ立ち、思い思いにポージングをしている。
様々な筋肉をビクビク動かしてアピールを際限なく続けていて、はっきりキモい。
しかし、僕以外は全く意に介せず、当たり前の風景みたいにさらっと流していた。
いやいや、誰か止めさせるべきじゃね?
エンド氏は女性職員にお茶と菓子なんかを持ってくるように指示してから、対面のソファーに座った。
エンド氏は僕達の緊張をほぐすためなのか、しばらく雑談を始める。
話の流れで、死神について教えてもらう事になった。
魂を刈りとるときは、死者の白装束に対し黒装束を纏い、刈り取りを執行するのが決まりであること。
死神によっては、死者に顔を知られるのを嫌い、顔をマスクで隠す事も多いのだとか。
死への神秘性や尊厳、恐れを表現するため、恐ろしいドクロのマスクを多用するのだという。
死への恐れを強めることでは忌み嫌われがちではあるが、むやみやたらに自殺や殺人などの殺生を犯さないための抑止力にもなっているという。
そして、自殺、他殺、寿命、病気、事故などで死んだ者の肉体と魂を切り離すのが職務で、職務のための殺しはしない。
女性職員がお茶とお菓子を持ってきたところで本題に入った。
事情聴取のことである。
「ご協力に感謝します。さきほど自己紹介しましたが、私は死神協会支部長を務めており、ここの責任者として訪れる死神諸君の職務執行の支援と監視、賞罰を行うのが仕事です。同時にマリルの兄であり、大事な妹を助けたい気持ちもあります」
エンド氏は、ゆっくり言葉を選びながら続ける。
「私は職務を遂行するにあたり、ささやかな嘘やごく小さな不正も許されませんし、不問にすることも出来ません。私は職務を遂行することしか出来ないことを先に宣言し、ご理解いただけた上で事情聴取を始めます」
エンド氏の口元は笑み含めた口調でほころばせてはいるが、目は真剣で笑っていない。
その目で僕をじっと見つめる。
「さて、最初に伝えるべきことを申し上げます。まず、黙秘は認めます。答えたくないことは答える必要はありません。ですが、黙秘については疑われる余地があることを覚悟してください」
僕は無言で頷く。
「次に知らないことは、知らないと答えて結構です。ですが、知っていることを知らないということは許されません。また、知らないことを知っているかのごとく捏造して答えることも許されません」
これも頷いておく。
「事情聴取中に間違いに気づいたら訂正を申し出てください」
当然、頷く。
「私は死神に対しての裁判を行う権限と義務があります。そしてどんなささやかな罪でも、厳罰に処する方針です。そして、もう一つ、君たちに対しては一切の拘束や罰を与えることはありませんし、出来ません。君たちの供述により、関わった死神には一切の責任と罰を負うことになります」
やばい、なんだかめちゃめちゃ緊張してきた。
「あの、質問してもいいですか」
「どうぞ」
「回答する前に、ここにいる仲間で相談したり確認してもよいでしょうか?」
「それはかまいません。より、精度の高い回答を期待しています」
◆
マリルの方の取調室。
ばん、ばん、ばん。
苛つかせながら机を叩き、暴言をはき、相手を吊るし上げる者ひとり。
涙を必死にこらえ、取調べ中じっと耐える者ひとり。
当然、取調べをうけているマリルが後者はずだが、逆である。
取調べを受けているものが、取調官を吊るしあげている、これが今の現状であった。
「ほらっ、なんか言いなさいよ、はよっ」
マリルは、下っ端の死神協会職員に対し、わがまま無双中。
ヘコんでいるどころか、いつも通りの平常運転中である。
マリルは机の上に亜人間どもの魂の入った袋を開け、大きめのオーガの魂のをつかむ。
色味、形は決してよくはなく、ドドメ色のぶよぶよした気持ち悪い物体だ。
魂は生前の生き様や運命により、色、つや、形、大きさ、においまで様々。
盗賊をやっていた魂は当然、見た目もすごく悪い。
ンコ? レベルの気持ち悪さだ。
「だーかーら。この魂は、亜人間の盗賊どものものよ。この色、ツヤ、臭いでわかるでしょ。わかんない? この魂をぺろっと舐めればわかるわよ。ほら、口を大きく開けなさい。はよ」
マリルは目を吊り上げて取調官である死神職員の胸ぐらつかみ、オーガの魂をわし掴みで、職員の口元にグイグイ押し付ける。
職員は、マリルのありえない暴挙に屈しまいと毅然とした態度をとろうとするが、さすがに目に涙をにじませている。
当然、マリルはそれを見逃さない。
「どう? ねえ、はよ。口を開けなさいってば。よく味わって吟味しなさいって、言ってんの」
「ちょっ……まっ、この手を放してください。うっ、ぷはっ、クサっ」
「クサって?! なによ。あなた死神のくせに崇高な魂を汚物のように言うわけ? あなた、今のは重大な侮蔑発言よ。あんたをクソ兄貴ともども協会本部に過剰で違法な取調べに対する異議と魂の侮蔑発言を申立てするわ。覚悟なさい」
マリルは勝ち誇ったドヤ顔で高らかに宣言する。
魂の侮蔑発言。
死神にとって魂の侮蔑発言は重大犯罪に匹敵する行為である。
魂は等しく崇高で尊いものという概念である。
死神の責務は魂は出来るだけ回収すべきものとされており、放っておくと悪霊になったり、魔族や物の怪などに喰われたりする。
生前の善行や悪行、周囲への様々な影響度などを審査し、様々なしかるべく世界へ送り出すものと教えられている。
実際には魂ごとに対する報奨金の金額に格差が違っているため、今では全くの理想論ではあるが。
言い換えになるのが、行いの良かった者の魂が餌食になるのは浮かばれない。
また、悪霊などがはびこるような状態も良くない。
そういった事のないように死神や死神協会は責務を負っているのだ。
死神にとって魂は、責務の象徴なのである。
「ちゃっちゃと世界図書館に問い合わせればわかるでしょ、こいつらの薄っぺらい人生なんかはアカシック・レコードのページも2、3ページしかないはずよ。はよ」
「で、ですから、もう少しで支部長が直々に尋問しますのでもう少しお待ちください」
「ここで、じっと待たせるわけ? あたしら、一晩中歩いてきたのよ。眠いし腹も空いてるわ。こんなところで待たせるなんて耐えられない。あんた、あたしを取調べてるのでしょ、あたしの行っていた人間界は、取調べ中にカツ丼というご馳走を差し出すものよ。あーあ、お腹すいちゃった。カツ丼大盛り、はよ」
マリルはさっきパンを食べたばかりなのに、まだ足らないらしい。
「カツ丼なんてものは、この町にはありません」
「だったら、はやくバカ兄貴様を呼べっていってるの。言葉わかる? ああ、もう、おそ-い。カツどーん、はよ、はよっ」
「静かにしてください。いま、呼びに行かせますので」
「それと、提出した魂の報奨金、はよ、はよ」
「事務方に計算させてますから後で精算します」
「丹精込めて刈り取ったんで、値引きは応じないわよ。ていうか、迷惑料を上乗せしなさい」
「それは、出来ません」
「あなた、面白いことを言うわね。あたし、あなたが魂の侮蔑発言したことの申し立ては、絶対とり下げないわよ」
「そ、それは、しかし」
「今日の日付と一緒にあなたの名前を申し立てすれば、後はあなたのアカシック・レコードに発言内容が記載されているのを確認するだけ。いい? これは脅迫よ。警告なんてぬるいものじゃないわ。これは正義の死神として、一ミリたりとも譲れない脅迫よ。かつドーンはよ」
「そんな無茶な」
「無茶でなーい、そうだ、お茶だ! お茶とカツ丼出せ。はよ、はよっ」
「てっ、手に負えない……。はっ、早くエンド様をお呼びして。あっ、お茶も早く、大至急で」
◆
僕らのいる応接室。
「ではリュート殿、マリルの不正について、あなたに質問します」
ごくり。
一応頷く。
「リュート殿あなたは見たところ、アンデッド系魔族のようですが、つい最近まで人間だったのではないですか」
僕は思念でレティに相談する。
『どう答えたらいいのかな』
『無理に隠すことないわ。リュートはわたしの下僕の契約したことでいいと思うわ。私に任せて』
「リュートさんは、わたしの下僕として契約したのでアンデッドの呪いをかけたのよ」
「レティ殿。ふむ、あなたはどうやら上級魔族の方ですね。下僕化の能力ですか。闇の眷属、つまり、吸血鬼の血筋のようで。なるほど、他種族のものを下僕化するのはあなたの所業ですね」
「あら、詳しいのね」
「魂の観察はその為人の観察。アカシック・レコードを見ずともある程度の人物鑑定能力は必須でございまして。死神協会職員の職能の成せる技でもございます」
「それで? 人間だったリュートさんを下僕にするのはダメだったかしら」
「いえ、その部分は全く問題はございません。魔族であるあなたの生存と権利に関わる能力ですからね。問題なのは、いえ、これは質問で確認とさせていただきます」
エンド氏は、目を細めた。
「リュート殿、単刀直入に聞きます。あなたは一度、マリルに魂を刈り取られたのではないのですか」
『まずい。バレてるよ。どうする? 僕としてはマリルを地獄送りにしたくない』
『リュートさん、顔色に出てるわよ。マリルが地獄に落ちるのは構いませんが、リュートさんが悲しむのは耐えられませんし』
『レティとマリルはいつもケンカばかりしていたので、そう言ってもらえるとは嬉しいよ』
『な、なにを言ってるのかしらっ。マリルなんてナマイキで大っ嫌いよ。わたしはただ……』
「どうですか、念話での相談は、うまくまとまりましたか」
『うへ、お見通しみたいだな。どこまで知られているのだろう?』
『そうね、嘘はつかないという原則を貫くわよ。建前も重要な要素だから、ノーコメントで押し通すしかないわね』
『了解です』
「エンドさん、その質問には答えられません」
「ふむ、懸命な回答だね。では、リュート殿、ご自身の魂が一度刈り取られている事実はご存知でしたか」
「その質問にも答えられません」
「ふむ。わたしも少し手の内をお見せしましょう。わたしにはあなたの魂は、死神の鎌で刈り取られているのが見えてます。死神の鎌特有の切り口と言いましょうか。そして、リュート殿の肉体と魂は切り離されたまま強引に繋ぎ止められているとお見受けします。その手法は、闇の眷属の能力のアンデッドの呪いにて行われたと推察します。これは、レティ殿とリュート殿の主従関係を見るに、レティ殿の術で間違いないでしょう」
「そ、そうね。わたしの術でリュートさんを下僕にしましたわ」
「そして、肝心なのは、リュート殿の魂を死神の誰が刈ったのか。この事実が知りたいのです。僭越ながら、リュート殿のアカシック・レコードの確認申請を先ほど行いました。しかし、リュート殿の命日である先日の7月7日の記載部には死神の名前が記載されていません。きっと、その時点ではマリルの存在、あるいはマリルの名前を知らなかったのでしょう」
「あの、質問ですが、マリルが刈り取ったという事実が判明した場合、どうなるのでしょうか」
「リュート殿。これはあなたに教えるべきことではないのですが。……マリルは処罰のため地獄に送ります。リュート殿の未来に関わるので詳細は伏せますが、あなたはまだ死んではならないのです。それを刈り取ったとなると重大な規約違反、刈り取りによる殺人行為になるのです」
「二度と会えなくなるのですか?」
「再び会える可能性はごく僅かと思います。マリルが有罪の場合、初犯であることと、刈られた者の刑罰の減免要請があれば刑期が数週間から数ヶ月程度まで短縮されると聞き及びます。刑期終了後、元の世界に戻れますが、地獄での処罰というものは想像を絶するものとされております。短期間とは言え、苛烈を極める責め苦により、マリルの魂に変化を生じます。地獄を見ただけで価値観が変わったり、別人のように精神が変わったりするといわれます」
応接室のドアをノックする音が聞こえる。
「どうぞ」
エンド氏は会話を止め、入室を許可すると困り果てた顔をした職員がエンド氏のもとに駆け寄り、何やら耳打ちする。
「なるほど、マリルが……ね。あと1、2分程度でマリルのところに行くから、もう少し相手をしてやってください」
「ええっ、しかしですが……。はあ、なんとかしてみます」
エンド氏が小声で職員に支持を出し終えると、困り顔の職員が退室する。
「失礼。マリルには困ったものだな。どうやら別室でわがまま放題だ。ははは」
『少し安心した。もっと深刻な状態かと思ったよ』
『そうね。マリルには数週間、地獄に行ってもらおうかしら。少しはおとなしくなるかもよ』
『それって、逆恨みされそうじゃね?』
『でも、この取調べとマリルへの処罰の落としどころじゃないかしら』
僕とレティは、念話でマリルの無事と方針を確認し合った。
「ええっと。そういったわけで、地獄から帰ってきても価値観の変化により、積極的に会うことすらしない可能性が高いのです。さて、それでは、一旦休憩にします。どうぞ、お菓子とお茶を召し上がっておくつろぎください。わたしはマリルの取調室に行って参りますので、しばらく失礼します」
どうでもいい話だが。
、この応接室に一緒にいるはずのシルバーは終始退屈そうに頬杖ついて菓子を食べ、オオカミ男4人衆は、しっとり汗をかきながらポージングをずっと続けていた。




