僕は伸縮自在物干し竿で戦った
翌朝。
レティの城の大広間での朝食。
執事のディスモダスとメイド姿のシルバーが朝食の用意していた。
既にマリルが席に座り待っていた。
僕はマリルの殺気を感じながら、席に座る。
マリルは相当ご立腹のようだ。
き、気まずい。
イライラ感たっぷりのプレッシャー視線が熱い。
どうせ、汗がでるほど文句言われそうだけど、ここはしれっと様子見で。
「おはよ、マリル」
「リュート。あんたねぇ、その馬鹿コウモリと一緒の部屋で寝て、あたしは一人でいたのよ。どういうこと? ねえ、もしかして30歳になっても魔法使いになれないような、いかがわしいことでもしたんでしょ」
やっぱりか。
せめて、朝の挨拶ぐらいしようよ。
「そ、そんな。ぼ、ぼくはまだ……」
レティはニコッと微笑んで僕の唇に人差し指を押し当て制する。
「マリルさん、おはよう。あなたは、わたしにとって招かれざる客なのに、最高級の調度品を揃えたロイヤルスイート並みの部屋に泊めてさし上げたのよ。なぜ文句をいうのかしら。ここは感謝の言葉を言うべきじゃないの?」
「それは、ご丁寧に。その最高級品の数々にプレミア級の付加価値をつけてやったわ。あたしの渾身作の落書きとサインをね」
「ら、落書きですって!? あなた、頭の中ウジでも湧いて腐っているんじゃないの? 必殺アッパーで頭の膿を絞り出してやるから覚悟なさい」
「ふん、レティの低い鼻っ柱に、あたしの必殺右ブローで返り討ちにしてやるわ」
両者、顔真っ赤にして激怒している。
マリルは立ち上がり、ふーふー、と息を荒げながら、わし掴みで自分に配られたパンと大皿に盛ってあるフルーツをありったけランチョンマットに包み、僕のとこへ駆け寄る。
せ、せこいぞ、マリル。
「リュート、ケダモン娘の用事は済んだわ。とっとと帰るわよ」
「あらあら、仮にも一柱の神でもある死神がそんな浅ましいことをするなんて。パンや果物はいくらでも差し上げますが、リュートさんは大事なわたしの下僕。何でも持って行こうなんて道理が通りませんわ」
「あんたこそ、なに眠たいこと言ってんのよ。リュートはあたしの男だって最初に言ったでしょ。バカコウモリをやめて泥棒ネコにでもなったの? 寝言はあたしのパンチを味わってから言いなさい」
「あなたこそ、そのなんでも欲しがる姿はもはや、死神でなく貧乏神よ。び・ん・ぼ・う・が・み」
「だまれ、泥棒ネコっ」
「たわけ、貧乏神っ」
両者、同時に大広間の長テーブルに上がる。
互いに睨み合いつつ、ファイティングポーズを取る。
いつのまにやら、執事のディスモダスがゴングを持って構えている。
そして。
「ファイッ」
カーン。
ディスモダスの合図で両者が駆け寄る。
いやいや、ディスモダスさん、そこは止めるべきでしょう。
「リュート様。わたしは従順な黒羊の執事です。主であるお嬢様のお望みどおりにするのが私の務めでございます」
つか、あんたは羊だったんかい。
「ねえ、せめて朝食が終わってからにしてほし……」
「「DTはすっこんでろ」」
長テーブルの上から予想通り、レティのローキックが僕の顔面めがけて来るのはお約束。
当然、僕は華麗にスッとぎりぎりでかわす。
しかし、マリルの方は足元の皿を蹴りあげ、その皿が僕の頭で炸裂する。
さらに交わしたはずのレティの足は高く空を蹴りあげ、かかと落としが僕の頭蓋骨を割る。
おまけに、ピンヒールが折れ、ささくれたヒールのかかとが僕の顔を引っ掻いた。
「うぎゃあああああああああ」
僕はここで気を失ってしまった。
あとで聞いたのだが、この試合の行方はというと、マリルがテーブルクロスに足元取られ、顔面から前のめりに強烈にすっころんでそのまま顔面強打。
そのとき、マリルの頭がレティのスネを砕き、両者K.O.で、引き分けとあいなった。
◆
見知らぬ天井。
僕は意識を取り戻す。
上半身を起こし、周りを見ると。
僕とマリルは簡易ベッド、レティはソファーに寝ている。
マリルとレティもまだ、寝ている。
ふたりとも寝顔は可愛い。
悪態つかなければものすごくかわいいのにな。
執事のディスモダスは血染めのタオルでマリルの顔を拭いている。
ケモミミ少女のシルバーはナース服を着てレティを介抱していたが、僕が目覚めたことに気が付き、ニコリ笑って僕の傍らへ……。
かぷっ。
突然、巨大オオカミに変身し、僕の頭を丸かじり。
僕の頭がすっぽり口の中に収まっている。
シルバーちゃん、歯が首にくいこんで超痛いです。
暗闇の中で大きな舌が顔をべろべろ舐めてくる。
シルバーちゃん、苦しいです。
僕を嫌ってるのはわかりますが、そろそろ、解放してくれませんですか?
言うことを聞かないコは、こうしてやるっ。
ぺろり。
「いやあああああああああああああああああっ」
速攻で暗闇&べろべろ地獄から開放され、僕は新鮮な空気を吸った。
シルバーちゃんから、ありえないシチェーションでのベロチュー頂きました。
ありがとうございました。
でも、「いやああ」はないでしょ、きみの方から来たんだよ。
シルバーちゃんは涙目で僕を睨んでいた。
僕とオオカミ娘の微笑ましいふれあいの最中にマリルが目を覚ます。
レティがまだ寝ているのを確認するとベッドから飛び起きる。
「リュート、城から出るわよ、はよ」
「また、呪いの頭痛が……」
「ちょっと痛いぐらいが丁度いいのよ、はよ」
人ごとである。
頭痛の苦しみをわかってくれない。
マリルさん、もう少しでいいから僕を気遣ってくれると嬉しいのですが。
「それに、ディスモダスさんやシルバーさんがガン見しているから無理だよ」
「レティの命令がない限り、なにもしないわ。はよ、はよ」
「はい、わたしはただの黒ヒツジですから」
ディスモダスさんは一礼をする。
「リュート、嫌い。早く何処かへ行け」
シルバーちゃんは刹那すぎる。
「ほら、問題ないでしょ。バカコウモリが起きる前に出るわよ」
「う、うん」
「マリル様、リュート様。これをお持ちになってくださいませ」
僕はマント、マリルはストールを受け取る。
どちらも色は黒、フード付きだ。
「これは、眷属のマントでございます。マリル様にはストールでございます。肌にダメージを与える紫外線を100%遮断するUVカットのスグレモノです」
なんと、この世界でUVカットとな。
つか、アンデッドは太陽光というより紫外線が弱点だったとは驚きだ。
「ちなみに裏地は、100%ウールで保温性、通気性抜群で、厳しい気候でも快適にお過ごし出来るかと存じます」
裏地はウール100%って……おい、裏地は黒いぞ。
ディスモダス、お前ってやつは。
泣けてきたわ。
「お察しの通り、このワタクシが夜なべして製作いたしました」
「あ、ありがとう。大事に使うよ」
「喜んで頂けるなんて光栄です」
僕はマント、マリルはストールを身につけた。
サイズもつけ心地も申し分ない。
ディスモダスは素晴らしい仕事するようだ。
「ディスモダスさん、お元気で。レティとシルバーちゃんによろしく言っといて」
「ありがとうございます。では、道中お気をつけて」
こうして、僕とマリルは、レティの城から出たのである。
◆
城の外、広がる暗い森の中。
マリルが少しさみしそうな顔で何か言いたそうだ。
意を決したのかようやく話しかけてくる。
「リュート」
「ん? なに」
「その、リュートはあたしのものだからね」
「うん、知ってる。それ、何回か言ってたよね」
「だから、その、一年後の7月7日までは一緒にいて、それまではリュートを死なないようにしなくてはダメなの。守らなくちゃいけないの」
「うん」
「だから、だから。レティや他のコでなくて、あたしだけを見ててよね。そうでないとモチベーションが下がってしまう」
「うん」
「あたしはレティみたいに優しく出来ないわ」
「うん、知ってる」
「あなたを癒やす言葉は言えないわ」
「うん、わかってる」
「でも、守るから。守らせてください」
「うん。お願いします」
潤んだ目で僕を見つめるところが可愛い。
いつも強気なマリルが初めて弱いところを見せた。
ひしっと抱き寄せたが、ここは敢えてキスはしない。
つか、できない。
だって、死神にキスするなんてどうなの? 愛し愛されるってヤバイっしょ。
言い訳しておいてなんだが。
僕はなんだかんだ、一生懸命でいてくれるマリルが好きだ。
僕は、ただのヘタレである。ただのヘタレである。
大事なキャラ設定なので一応、2度言いました。
森の中の道中は順調だった。
たまにスピリットイーター見かけるが、アンデッド化した僕や死神のマリルには興味が無いのか全く襲ってこない。
魔獣なんかは姿すら見せない。
マリルが言うには、この森はシルバーのえさ場だろうという。
恐るべし、ケモミミ娘、ぱねえっす。
◆
森を抜け、そこは見渡すかぎり、大きな岩と灌木の荒れ地。
湿っぽかった空気が乾いた空気にかわる。
太陽は容赦なく照りつけ、この大地の水分を奪い取る。
肌を焼くような乾ききった熱い風もつらい。
僕にとって厳しい太陽光は大変危険なものであるが、眷属のマントを纏うだけで効果があるようだ。
しかも太陽光が僕の顔に時折当たるがなんともない。
ディスモダスさん、あんた、すげえよ。職人です。匠です。マエストロです。
「ただのヒツジです」とは言わせたくないですわ。
荒涼とした場所だけに、人通りはあまりないようで、道がわかりにくい。
マリルは、ひときわ大きい岩、と言ってもせいぜい3メートルぐらいの高さしかない岩に駆け上り、遠くを見渡す。
黙って目を細めたり、太陽光を手で隠しながら見渡してからおりてきた。
「リュート。これからの事だけど」
「どこへ行くの?」
「この世界の街にでも潜伏しようかと思う」
「どうして?」
「まずは現在のリュートの立場的に人間界には戻れない。今頃、あたしの家族が、あたしが行方不明になったのに気づいていると思う。あたしは重大な禁忌を2つ犯してしまっている。間違ってあなたを刈り取ってしまったこと。一度刈り取った魂は速やかに死神協会に持ち帰らないといけないのを無理矢理もとの肉体に戻してしまった」
「見つかったら僕とマリルはどうなるの?」
「リュートはもう一度、魂を刈り取られ、協会に連れて行かれてしまう。魂の天秤にかけられ、生前の功罪の重さにより、いずれかの世界へ転生させられる。あたしは禁忌を犯した罪を償わなくてはならない。まちがいなく地獄行きね」
マリルは悲痛で泣きそうな顔をしている。
「リュートごめんね。はっきり言ってあたしのミスと過ちが全てなの。自分の保身とわがままのために、あなたを苦しめているわ。リュートは人間界において早く命日を迎えただけでなにも悪くないの」
「やっぱり地獄はヤバイところなのか?」
マリルはうつむき、涙を見せないように続ける。
「地獄はいや。終わりのない時間のなかで、死ぬ苦痛を受け続けるなんて嫌なの」
「あたし、事実を曲げ修正しようと考えている。あなたの本来の命日に再度刈り取ることと、ジョーカーに会ってアカシックレコードの修正をしようかと思う」
2人は大きな岩の陰に腰を下ろす。
「本当はね、リュートと出来るだけ一緒にいたいなと考えている。ずっと、ずっとね。でも、来年の7月7日の命日は、絶対神の決めた変えられない日。あたしが刈り取らなくても、何かしらの力があなたを葬るわ。あたしはリュートには最後までやさしい人間の心を持って欲しい。魂の天秤にかけられるその瞬間まではね」
「僕は死にたくないな。その7月7日にマリルが僕を刈り取らなければどうなっちゃうの?」
「いろいろ想定できるので断言が出来ないけど。例えば、ここの魔界で朽ちれば心を失いただの魔物としてさまよったり、魂を悪魔に連れ去られて喰われたりする。いまの不死族のままで神族に見つかれば浄化され消滅してしまう。この場合は転生すらできない」
マリルは僕の目を見つめる。
「リュートをアンデッドにしたのは一時しのぎなの。残りのその日までに、あなたのアカシックレコードを書き換えるわ。また、あなたを死なせないように守らせて」
「うん。その日までよろしくな」
「まずは、潜伏拠点の街までいかないとね。さっき岩の上で見たけど、もう少し進んだところに街道があるわ。あたしの記憶が間違ってなければ、森のあった方を左手に見ながらその街道を進めば、オアシスがあって、その先に大きな街があったはず。オアシスは交易商人や冒険者などの旅人が集まる休息地点なのでそこで補給と情報集めしよう」
「うん」
いくらマントの加護でもこの厳しい日差しの中では、気温が高くて息苦しい。
死神のマリルも僕ほどではないが、太陽光は苦手らしい。
このままだと体力の消耗が激しいので日中は陰で休むことにした。
日が傾き、日差しが和らいだ夕方。
僕らは街道に向かう。
幾分弱まった風にまぎれ、どこか遠くで野獣の遠吠えが聞こえた。
オオカミかコヨーテかな。
一時間もしないうちに轍のあるまっすぐな街道に辿り着いた。
もう間もなく、暗闇になりそうだ。
まあ、僕らは宝物庫の時同様、夜目が効くので問題なく、道を進める。
僕らは立ち止まった。
進行方向の先の街道の両脇に数人程度、人がうずくまっているのが見える。
夜目が効かない者ならまず見えなかっただろうが、僕らは真昼のように目が効くので様子がまるわかりだ。
「どうやら亜人間の盗賊のようね」
マリルは小声で囁いた。
「リュート、あなたの武器を試すチャンスだわ。ヤツらは頭の悪い亜人間、見た感じだと、ゴブリンが4匹、オーガが1匹いるわね」
「作戦は?」
「気づかないふりで近づくわよ。マントの下で武器を用意しておいてこのまま進んで、手前から叩きましょう。オーガだけは鬼族で力も強い。先にゴブリンをやっつけるわ」
「了解」
僕は城の宝物庫で貰った伸縮自在の物干し竿、いや、如意棒をマントの下でしっかり握る。
ここまでの道中にいろいろ試しながら来たので、少し反応が悪いけどある程度のイメージ通りに、太さと長さを調整出来るようになっていた。
もっとも、それは歩きにくい道のりだったので杖として使いながらだったが。
今回、僕は初めての戦闘になる。
マリルが言うには、オーガだけ気をつければゴブリンは数のうちにはいらないほど弱いという。
でも、僕は戦いになれていないので細心の注意をしながら慣れてね、という。
……レティとの茶番的なケンカをみる限り、マリル自体も大したことないような気がするのは、口が裂けても言ってはいけない。
僕らはさらに歩を進める。
盗賊の挟撃されかねない位置まであと少しのところで、マリルは右側、道端のゴブリンを強襲する。
手鎌で1匹、2匹続けざまに切り裂く。
僕も負けじと、左側の道端のゴブリンの頭を狙った。如意棒を5メートルぐらいに伸ばしつつ、野球のバットのようにスイングさせ、加速した先端をヒットさせる。
ゴブリンは脳しんとうを起こしぶっ倒れた。
僕の方も、長すぎた如意棒をスインイングしたせいで、その勢いを殺せずに振り回される形でコケた。
隙を見せヤバイと思ってた4匹目のゴブリンは僕を襲うことなくブッシュの方へ逃げていく。
ふう、助かった。
幸運を拾った気分だな。
あとは、マリルと対峙しているオーガのみ。
ゴブリンと違い、背が高くまた、超マッチョだ。
金属製のクラブを軽々振りまして威嚇する。
「リュート、オーガの金属棒は厄介よ。あれに鎌を当てられないわ」
いくらマリル自慢の神器である鎌でもあんなのと打ち合えば欠けるに違いない。
下手をすれば折れることもあり得る。
マリルはオーガの長いリーチとクラブの間合いに入れず、苦戦しているようだ。
僕はこの如意棒なら戦えると判断し、マリルに加勢する。
如意棒の長さを3メートルぐらいにして、オーガよりも長いリーチを確保する。
すぐさま、オーガの脇腹をめがけフルスイングで叩き込んだ。
「ナーイス、リュート」
「お、おう」
ウガァッー。
如意棒の先端が脇腹にめり込み、オーガは苦痛に顔をしかめ咆哮する。
オーガはとっさに脇腹の如意棒を掴んだ。
「やべ」
ヤバイと思って引っ込めようとしたがものすごい握力で掴まれていたので放れない。
両手でしっかりと掴み抗うが、オーガは片手ですさまじい腕力で振りまくる。
僕は如意棒をとられまいと必死で放さないように頑張ったため体ごと振り回された。
「うわあ、とられそう、助けて」
サクッ。
マリルは素早くオーガの背後に回りこみ背中を切り込む。
オーガは振り向きざまにもう片方の金属のクラブを振りマリルの腹を打つ。
「きゃあ」
マリルはよろめきながら、離脱する。
激痛に悶絶し、戦意が削がれてしまっているようだ。
「りゅ、リュート、ご、ごめん。しばらく身動きとれないわ」
マリルは体全体で息をしている。
打たれた腹を手で激痛を押さえこむように当てていた。
オーガは背中からかなりの流血しているのにもかかわらず、もう片方の手の如意棒は放してもらえない。
「放せっ、放せ、放せー」
オーガは予想外の行動に出る。
片手で掴んだ如意棒をめがけ、もう片方の手のクラブで叩きつけた。
「っでぇー」
如意棒から僕の両手に強烈な打撃が伝わる。
めちゃくちゃ痛い。
掴んだ指の骨が砕けそうだ。
「ご主人様、細く短くなりますので決して離さないように」
おお、了解。
てか、誰?
女の子の声だったが、マリルでないぞ。
レティもシルバーもいないし。
オーガがまたクラブを振り上げた。
如意棒を掴んでいるもう片方の手の力がわずかに緩む。
如意棒は箸のように細くなり、オーガの握力が効かなくなる。
そして短くなると同時にオーガの支配から放れた。
「ご主人様、打ったらすぐに引かないとまた掴まれたり、カウンターもらっちゃたりするよ」
お、おう。
アドバイスありです。
僕はオーガに如意棒を打ち付けてはすぐに引き、また打ち付ける。
連続で打つと1回の打撃は弱まるが、それでもダメージを累積させているのがわかる。
また、オーガ自体、反撃もままならずストレスも蓄積しているのか、動きが横柄になっている気がする。
大ぶりが出来ないので決定打が決められないので膠着状態が続く。
僅かの隙。
僕が隙を作ってしまった。
慣れない如意棒を振っているため、疲れが溜まり集中力が欠けた。
ほんの僅かの遅れで、また如意棒を掴まれる。
「やっば」
また振り回されると思ったら、今度は掴んだまま突進してくる。
必死に掴んでいたので体ごと後ずさる。
がっ。
岩にぶつかって、僕は岩に押し付けられる。
僕は脇で抱えこむように掴んでいたので如意棒に挟まれなかったがのが幸いだ。
オーガの怪力で如意棒が押し付けられているので取り返そうとしてもびくともしない。
細くしてみたけど学習していたようでしっかり掴まれて放さない。
短くすることもできない。
オーガが近づき、あの金属製のクラブに殺られるだろう。
「ご主人様、伸ばします」
また、誰かの声が。
誰? と周りを見回すが。
びゅううううういいん。
「うひゃ」
不意に如意棒がものすごい勢いで伸びる。
如意棒は僕の後ろの岩に固定し、オーガに掴まれた先端がオーガの腹を突く状態で伸び続ける。
オーガの姿がドンドンと遠ざかり4~50メートル先の岩に激突し突きささった。
当然、そのまま絶命した。
はあはあ。
「マリル、大丈夫か?」
「折れた骨はなんとかくっついたけど、まだ痛いわ」
不死族化した僕はとんでもなく早く回復する。
身体が切り刻まれ、骨がバラバラになっても数分程度で完治する。
マリルの場合、僕ほどでないけども、死神だけあって、それなりに人間を超越した回復力がある。
生きてさえいればどんな重症でも半日から一日程度で完治すると言っていた。
僕は軽傷ということもあって既に完治している。
「なあ、マリル。後どのくらいで回復しそうかな」
「あと、10分、いや5分あれば完治するわ」
僕は周りの異変に気づく。
「うは、どうやら囲まれたね。戦えるか?」
「痛みは残ってるけど……出血もないし、なんとか。でも、絶望的にピンチね」
僕らの周囲にはブッシュに隠れていたのであろう、亜人間の盗賊が囲んでいた。
20、いや30匹はいるのであろうか。
ゴブリンはともかく、オーガが10匹はいるように見える。
やけに近い場所でオオカミと思われる咆哮も聞こえる。
もしかしたら、先ほど倒したゴブリンやオーガの血の匂いを嗅ぎついたのかもしれない。
「あはは、生き地獄になりそうね」
「ああ」
周囲の亜人間どもは警戒しつつじりじり近づいてくる。
更にその周りを多数のオオカミが取り囲んでいる。
魔界のオオカミだけあってどれもデカい。
2~3メートルはありそうだ。
飛んでいかない限り逃げられそうにない。
「ははっ、神様ってのはいないのかな」
「ばかね、あたしも一応神様よ」
「じゃあ、お願いしとくか。僕の最後はマリルにお願いするよ」
「あたしも逝くから無理ね」
「そっか」
マリルは僕を抱き寄せて、震えながらキスをした。
そして、胸の音のしない笛を吹く。
どんどん可愛らしいスカルのお面を被った黒パーカー姿のマリルの助手が現れる。
その数、20人ぐらい。
「おお、なんとかなるかも」
「いや、あたしの助手は戦闘には向かないわ。でも、ゴブリンの足止めぐらいにはなるかも。絶望なのは変わらないけど、最後ぐらいは悪あがきしましょ」
「了解」
僕達2人を中心に、最内にマリルの助手たち、その外に亜人間どもの環、大外にオオカミの大群の環が広がっているのであった。




