僕は銀狼に噛みつかれた
僕を巡って2人の美少女が争っている。
普通ならシチュエーション的に嬉しくて困った展開だが、事情を知ると誰もが顔をしかめたくなるだろう。
まず、美少女たちの正体。
一人は死神のマリル、正式名はマリルー・グリム・リーパー。
猥雑なゴスロリファッション、僕の魂を予定より一年も早く刈り取った大バカ野郎だ。
もう一人は上級魔族吸血鬼、レティ、正式名はレーティア・ファルティーニ・ドラキ伯爵令嬢。
真っ赤なブラウスとフレアスカート、漆黒のストールをまとっている。
このコもなかなかの者で、僕はレティの下僕になる条件でアンデッドとして蘇らせられた。
で、僕は下僕として絶対逆らえない契約を結んだ。
彼女らの罵り合いの内容から、同級生時代から寄るとケンカ、触るとケンカ、離れていれば相手の事が気になり、近寄ればテンションMAXで罵倒し合いのケンカばかりらしい。
僕がケンカの仲裁に入ると、ふたりとも同じ言葉で、しかも同時に「すっこんでろ」とはじき出される。
不思議とレティは下僕である僕をケンカに参加させない。
レティいわく。
「マリルごとき叩きのめすのに私一人で充分。あなたと二人がかりで勝っても意味ないの」
ちなみに現在、対マリルの勝敗は、423勝422敗、753引き分けだそうだ。
このうち、昨日の城門でのクロスカウンター決着は1引き分け、マリルを広間のテーブルの上に沈めた1勝は当然カウントしている。
これは、昨夜、ベッドの中でレティから聞いた話なので秘密です。
口が裂けてもいえません。
で、いま、城門の外。
レティがお花摘みに出かけているところをマリルがリュートを連れて逃亡中。
「なあ、マリル、一応レティにはお礼とか挨拶しなくちゃまずいんじゃね?」
「あのねえ、その『じゃね?』ってのは、男が使うとイラッと来る言葉の第一位よ。それとレティは昨夜不意打ちであたしの大事な顔を、美の極致の顔面を、あろうことかグーパンチで汚したのよ」
僕は、急に頭が痛くなった。
マリルのナルシズム溢れる言葉でなく、マジで頭痛が、しかもかなり激しい。
ばさっ、ばさっと羽ばたく音が聞こえる。
一匹の大きなコウモリが城壁を超えて飛んできた。
僕らの行く手に降り立つ。
驚いたことにコウモリの顔は、レティだ。
「あははははは。リュートさん、あなたはわたしの下僕なのよ、絶対逃げられないわ。それと、そこの愚かな死神さん、昨日のわたしの華麗な一撃は、あなたの希望に叶えて差し上げたもの。そしてわたしの望んだもの。つまりその下僕の蘇りと、1勝というきらめく勝ち星ね。利害も一致してるし、感謝すべきよ」
「うぐぅ、おのれバカコウモリめ、汚い、汚すぎるわ」
「ふふっ、死神も不死族も不浄の存在。褒め言葉としてとっておくわ」
「リュート、こんなバカコウモリほっといていくわよ」
「ちょっ、頭が割れそうに痛いです……」
「リュートさん、わたしから逃げられないといったでしょう。わたしの意に背くのは契約違反ですわよ。もっと大変な目に合うわ」
なおも強引にマリルは僕の手を引っ張る。
レティはコウモリから人間の姿に戻る。
「リュート! レティはあなたを殺せないわ。だから行きましょ」
「リュートさん、確かにあなたを殺すことは出来ないわ。でもね、契約違反の呪いにより他の苦痛も味わうことになってしまうわよ」
「うう、レティさん、こんな苦痛以外にな、何が……」
「知りたい? なら、教えてあげる。頭痛のほかにくしゃみ、鼻水、鼻づまり、吐き気、腹痛、下痢、のどの痛み、咳、たん、発熱といった、地獄の苦痛よ」
「そ、それって、ほぼ風邪の諸症状じゃね?」
マリルはさすがに僕を哀れんだ目で見ている。
いや、頭痛はたしかに強烈につらいけど、ほぼ風邪の症状ですから。
「仕方ないわね、レティ、勝負よ。拳で解決しかないわね。あたしが勝ったらリュートの諸症状の緩和を要求するわ」
「あくまで拳で語るというのね。いいわ、受けて立とうじゃないの。その代わり、私が勝ったらマリルにも世にも恐ろしい病魔の呪いを掛けてやるわ。マリル、覚悟なさい。世にも恐ろしい白癬菌の呪いを受けるのよ」
「僕……ふつうに感冒薬がほしいです。それと、白癬菌って水虫ですから」
「「すっこんでろ、クソガキ『ピー』かいて死ね」」
ヒートアップした美少女たちは僕を蹴飛ばす。
マリルは回し蹴りで僕の尻を、レティは飛び膝蹴りで顔面をクリティカルに叩きこむ。
僕は、そのまま手をついてへたり込んでしまう。
容赦の無い仕打ちと下品な言葉責めになってまいりました。
ご主人様、ご褒美ありがとうございました。
しくしく。
「レティ、よくもリュートを泣かしたな。不浄とはいえ、このマリル、一柱の神としてあんたに神罰を叩き込んでやる」
マリルは前置きを言い終えると同時に拳に気をためる。
「あなたのお漏らしパンツ程度の不浄など程度が低するわよ。あらゆる病魔の操る上級魔族のわたしのほうが不浄こそ格上、マリル、あなたの神罰という名の児戯、受けきってやるわ」
レティはガードの構えで気をためる。
気を十分溜め込み、息を静かに吐き出すマリル。
やってられないので離れて見てるだけの僕。
「コークスクリューパーンチ」
ぺしっ。
マリルの踏み込みが明らかに変。
右足で踏み込んで右で打つものだから甘く、重さの乗らないパンチになっていた。
「ぬるいわね。マリルのぬるさが拳に出てるわ。拳で語るってのは、こうするのよっ」
すかっ、すかっ。
すぐに反撃するが、マリルがすぐに間をあけており、まったく当たらない。
……この2人、いままで一千回以上ケンカをしているにも関わらず、上達しなかったのだろうか?
どうやら、ふたりとも、卑怯な不意打ちでないと当たらないのでは。
「「やるわね、はぁはぁ」」
息もセリフもピッタリ合ってる。
気合だけMAXにしていて、無駄なパンチを繰り広げているだけにスタミナが消耗しまくっている。
彼女らは互いに罵っては拳を突き合わせている。
僕は、巻き添えを喰らいたくないので、離れてみていることにした。
不意に後ろからケモノの唸り声が聞こえた。
振り向くと、20メートルぐらい先に大きなオオカミが僕を睨んでいる。
しかもこれ、僕の知っているオオカミとは違う。
まず大きさだ。
象のようにでかい。
白銀色の体毛、赤い目、ムダに長い牙。
どうみても敵意むき出しの魔獣ですね、わかります。
目と目が合った瞬間、とんでもない早さで接近し、僕の左腕をがぶり。
「うあ、腕が、腕がもげたぁ」
喰いちぎられた。
僕は急いで喧嘩中のマリルとレティのもとに走り始めるが、オオカミは容赦なく右足を噛み付き、頭を振りまくって食いちぎる。
「うぎゃああああああ、死ぬ、殺されるー、レティ、マリル、だずげでぐれ」
「「すっこんでいろ、クソ犬、はうす、はーうす」」
僕は犬じゃない、クソガ……いや、腕と足をもがれた哀れな少年だぞ。
いくら忠実な下僕でもそんな言い方はあんまりだよ。
と、思ってたら、オオカミがションボリしょげているようだった。
オオカミは頭を下げ、尻尾を股に丸めるようにしている。
クソ犬とは、このオオカミのことかぁ。
マリルとレティはいつのまにやらケンカをやめて僕のところへ近寄ってきた。
「リュート、あんたねえ、腕や足がもげた程度でギャーギャー騒がないで」
マリルはそういいながら、僕の腕と足を拾ってくる。
「あなたは死なないわ。わたしがあなたを不死にしたもの」
レティは、聞いたことのあるようなセリフでそう言いながらうなだれているオオカミの頭にげんこつを落とす。
「シルバー、主人であるわたしの大事な下僕に噛み付いたわね。覚悟なさい、きっついお仕置きよ」
レティの前で反省していた巨大な銀色のオオカミは、ケモミミ少女に変身し跪いている。
さっきのオオカミの時と同じ毛皮のブラとビキニ姿、髪の毛も白銀、肌は色白で瞳は赤い。
「レティ様の心を奪ったあの男に嫉妬をしてしまいました。どうか、この身に罰をお与えください」
いままで漆黒のストールで隠れていたので気がつかなかったが、腰につけていた乗馬とかで使うムチを取り出しケモミミ少女を打ちのめす。
「言うことを聴かないコはこうよっ」
ぴしっ。
「はうっ、申し訳ございません」
「反省なさいっ」
ぴしっ。
「はあっ、はぁはぁ、もう少し頂かないと、はぁ、反省が出来ません」
「そう、これでどうっ」
ぴしっ。ぴしっ。
「ああっ、反省できました。はぁはぁ、ありがとうございました」
この主従関係って、どうなの? 僕はなんか嫌だ。
僕とマリルの方はと言うと。
「ねえ、僕の腕と足、どうなっちゃうの?」
「いったでしょ、がたがた騒ぐなって。くっつけりゃいいのよ」
「どうやって?」
「くっつけるだけよ。何言っての? バカなの? 死ぬの? 死なないけど」
「だーかーら、意味分かんないっしょ」
マリルはめんどくさそうな顔をしながら、横たわった僕に腕をくっつける。
みるみる断裂した部分から血管のようなモノがワサワサ生えてきて互いにつながり、引き寄せあう。
粘度の高い気味の悪い体液がにじみ出て徐々に断面が修復され馴染んでいき、跡形なく綺麗にくっついた。
自分の体ながら……キメェ。
足も同じように断面を押し付けて修復される。
「これでわかったでしょ、あんたはアンデッドなの。不死族と書いてアンデッド、わかった?」
「お、おう」
お仕置きタイムの終わった、レティとシルバーが僕らのところにやってきた。
「シルバー、あなたリュートさんに謝んなさい」
「でも」
「でももヘチマもシモの世話もないの。犬は犬らしく服従しなさい」
「リュ、リュート、すまん」
レティの片眉がぴくっと動く。
「シルバー、バカなの? そんなのは謝ったうちに入らないわ。あなたはリュートさんより下よ、わたしが決定したことなの。リュート様と呼びなさい」
ケモミミを倒してうなだれている。
ケモミミ少女は腹ばいになった。どうやら従順を示しているようだ。
「リュート様、このとおりです。すみませんでした」
「いや、その、このとおり元に戻ったし、もういいよ」
「滅相もございません、ありがとうございました」
そう言うと、シルバーは起き上がり僕に近づく。
僕は手を差し出した。
彼女は一瞬戸惑ったが、にっこり笑って握手した。
そして僕にしか聞こえない小さな声で囁く。
「あとでシバく」
もう嫌だよ、このコ、こえええ。
僕がたじろいでいると、レティが駆け寄り、シルバーをムチ打ちする。
「シルバー、あなたはわたしの下僕なの。あなたの声は聞こえなくとも心の声はしっかり聞こえているのよ」
ぴしっ、ぴしっ。
「はうう、ありがとうございました」
「いい? リュートさんにも言うけど、あたしの見えているところでは全て隠し事出来ないの。いちいち怒ってられないから多少の不満は我慢して見逃すけど、我慢の限界を振り切るようなことは考えないことね」
「はい、分かりました」
「それと、リュートさんは男の子なんだから、いちいち、か弱い女の子に泣きつかないでね。戦うことも覚えないとだめ。武器や魔法を使うことも考えないと」
武器だと? 魔法とな!
うは、キターーーーーーーーー! これぞ、異世界モノ、英雄譚、俺TUEEEEEの醍醐味だ。
僕のすごい運命は、きっと振りかかる災厄をばっさばっさと切り捨てる無双乱舞の力を手に入れてハッピーな物語を展開するはずに違いない。
思わず、にやける。
「マリルどう? リュートに何か持たせたいわね」
「そうねぇ、武器ねえ」
おお、武器をくれ、はよ。
マリルのような神器級のものでいい。伝説の剣とか。伝説の剣とか。伝説の剣とか。
僕は想像を膨らましていると、レティがニヤッと笑っていた。
よ、読まれてる……。
「リュート、わたしのムチもなかなかのものなのよ。『レジェンド・マスター・トレイナー』というの。ムチの所有者の力量次第によるけど、力量が勝っていれば、どんな生き物も従属できるの。このバカ犬のようにね。さらにこのムチで調教すればするほど、忠誠度は向上するし、その身体能力は強化していく。
このムチをわたしに譲ってくれたおば様は、竜を4匹も従え、ドラゴンマスターの二つ名を持っていたのよ」
「えっと、僕はそのムチは初めて見るけど。レティさんと僕の主従関係は、シルバーさんのとは違うのかな」
「リュートさんは、本来の眷属としての契約で下僕になったの。あなたは人間としての下僕、シルバーは飼い犬の違いよ」
ちょっと、かわいそうと思いつつ、正直すこし優越感も感じてしまった。
「じゃあ、お仕置きの時にシルバーがハァハァ言いながら『ありがとうございました』といったのは、僕の知らない大人の事情ではないのですね」
「そうよ。そんな下品なSMプレイでなく、シルバー自身の主従関係と身体能力の向上するので感謝しているの」
ああ、レティ、S…プレイだなんてはっきり言った。可愛い顔してさらっと言っちゃダメ。絶対。
今度はマリルが質問してきた。
「ええと、リュートの武器のことだけど。あなたの適正はまだわかんないわ。不死族になったとはいえ筋力も人間並だし、シルバー程度で腕や足がとれてしまうほど脆い。いい武器が思いつかないわねえ。希望の武器ある?」
「ごほっ、聖剣エクスカリバーとか、聖剣デュランダルとかがかっこいいし欲しい」
我ながら無茶を承知で注文してみた。
「あはは、リュート、本当に馬鹿なの? 死ぬの? ていうか、聖剣なんて近づいただけで本当に死ぬわよ。不浄の存在の不死族が聖剣なんて持てると思うの? 近寄るとあんたの身体は激しく燃えるし、掴んだ瞬間、蒸発して本当に最後になるわ」
「そうよ。マリルのような汚れ神ならともかく、神の加護のあるものや、神の化身は今のあなたには不死身でいられないの」
「太陽とかもヤバイのかな」
「当然よ。熱いと感じる前に灰になって試合終了のホイッスルが鳴り響くわ」
こええ。僕はとうとう日陰者になったのか。
「リュートさんマリル、特別に城の宝物庫に来なさい。なにか役立つものがあると思うわ」
「ご主人様。わたしは……」
「はうすっ、はーうす」
ピシっ。
「はぅっ、ありがとうございました、ご主人様」
そのムチ打ちはご褒美なのかっ、と心のなかで突っ込んだ。
「そうよ、ご褒美なのよ」
レティはすかさず、返す。
やべえ、やっぱ筒抜けだわ。
◆
城の宝物庫。
レティは重い扉の鍵を外し、扉を開ける。
中は暗闇だけどすぐに目が慣れ、昼間のようによく見えるのに驚いた。
「我ら血族とその眷属は闇の住民、光は不要なの。マリルもきっと暗闇側ね」
レティはすかさず、僕の驚きと疑問に答えた。
宝物庫の中には、沢山の財宝や絵画などの美術品、武器や防具も沢山並べてある。
おお、これ、両手剣、かっこいいな。
「ふふっ、持てるものなら持ってみてもいいわよ」
心が読まれているだけにすぐに応えてくれるのは嬉しい。
レティは基本的に僕にやさしいし、マリルよりいいなあ。
「ふふっ」
おお、喜んでるご主人様。
おお、そうだ、この両手剣をだな、も、もちっ、持ち上げて、無理だ。
重すぎて持ち上がんない。
「コンナノ武器ジャナイお」
「「あははははっははは」」
レティとマリルは大笑いした。やっぱり、ピッタリ息が合ってるし。
この2人、一体どうなの?
「あったりまえじゃない、あんたは普通の人間程度の力しかないの。こういう魔剣は到底扱えないわ」
「リュート、分相応の武器を選ぶといいわよ、そうね、これなんかがいいわね」
箸程度の長さしかない、朱塗りの棒だ。
僕は素直に受けっとった。
おお、これも見かけ以上に重いぞ。
重さにして5kgぐらいはありそうだ。
さっきの両手剣よりはるかに軽いのだが重すぎて手に食い込む。
これは武器なのか?
しかも小さ過ぎる。
「うん、わかった、これはきっと投げる武器だな。この重さなら突き刺ささるだろうし、回転してあたっても相当痛い」
「「ぶー」」
この2人、仲が良すぎる。
レティは僕の手から朱塗りの小さな棒をもう一度つかみとった。
「これはね、こう、つかうのっ」
んごっ。
「うぎゃあ……おのれコウモリめ」
レティはその棒をマリルの頭に振り落としていた。
マリルの頭蓋骨からかなりヤバイ感じの音がした。
頭のたんこぶを手でさすりながら涙目で打ち震えている。
レティは、そんな彼女をお構いなしに解説を始める。
「リュートさん。単に重たい棒ならここの宝物庫に保管しないわ。この棒には伝説が語り継がれているの」
レティは目を閉じ、静かに語り始める。
はるか昔、天と地がまだ近かった時、
天界で大暴れしたエテ公がいました。
エテ公はある日、食べると長寿になる
桃をすべてむしりとって食べつくし
お腹を壊し悶絶しました。
神はここぞとばかりに
あまりにおいたの過ぎたエテ公を
地上に落とし、岩山に封じ込めました。
去り際に神はエテ公にいいました。
「いつかおまえの前にイケメンの坊さんが通る。
その時にこの封印が解けるだろう」
千年の年月が流れ、岩山の前にようやく
沢山の女の子をはべらしたイケメンの坊さんが
通りかかる。
エテ公は、いけすかねえがこのクソ坊主に
助けをもとめた。
「お坊様、どうかこの哀れなサルをお助けください」
イケメンのお坊さんは、哀れんだ目で言った。
「この猿、しゃべりやがる、キメエ。そして、クセエ」
そう言いながら女の子たちときゃっきゃ言いながら立ち去った。
エテ公、顔を真赤にして激怒し、自ら岩山の封印をとく。
イケメンの坊さんを全力で追いかけ、フルボッコにしたった。
途中で知り合ったカッパは、破産に追い込んだ。
ブタは、ゼネコンに就職しその会社の社長と釣り三昧だ。
そして、このエテ公、芸能界の大御所になって
いまでは「星3つです」が口癖になったそうだ。
「という、壮大な伝説があるの」
それ、いろいろツッコミどころがあるけど、西遊記じゃまいか?
それと、その僕が想像している人をいくらなんでもエテ公と言うのはちょっと。
「で、あの、レティさん、その話のどこにこの棒が出てくるの? 僕の知ってる物語の如意棒かと思ったけど」
「にょ、尿意? トイレ行ってきなさいな」
「違いますっ、僕の知っている似た物語で出てくる魔法の棒で、太さや長さが自由自在の」
「あら、リュートさん、『ピー』ですね。それは既にお持ちになっているのでは?」
ああもう、またこのコったら、もう、何だから。
ああ、持っているさ。すでに魔剣クラスをね。
「小さくてショボイけどね」
ああ、そうだった。
僕は既に見られていたんだ。
一晩かけて僕の全てを見られつくされていたわ。
ああ、死にたい。
「えーと、伝説には後日談があってね」
「オチですか? オチですよね?」
レティは真顔だったが、僅かに片眉がぴくっと動いたのを僕は見逃さなかった。
ちっ、と舌打ちが聞こえたがかまわず、続ける。
「エテ公は決めゼリフ『星3つです』と言った収録後、気を良くしてスタッフ全員とラーメンを食べに行ったの。そこで使った箸の片割れがこれよ。エテ公は片方が重い箸を見栄のために涼しい顔で使っていた。バランスが悪く使いにくいのは承知の上よ。それでもメンマやチャーシューを落としながらも完食したの。そのいわくつきの箸がこれなのよ」
ああ、無理やりなオチだ。
強引なオチの残念展開という読みが当たり、すこし安堵感を感じたら、レティは涙目でムチを振り上げる。
「ああ、わたしじゃないの。わたしがオチを作ったんじゃないわ。言いたいことはわかってるわよ。死んだおば様も悔し泣きしながら、語ったわ」
ぴしっ。
「ああっ、ってええ。すみません、ごめんなさい」
ムチは容赦なく打ち下ろされる。
ものすごく痛いし、その痛みの余韻が長い。
ん? 痛みの余韻が体中を駆け巡り、熱くしびれるような感覚に変わる。
体中からエネルギーがみなぎり、力が溢れだす。
ああ、脳汁が、ドーパミンが、リビドーが、吹き上がる。
これが、ムチによる効力なのか。
ご褒美なのか。
「ありがとうございました」
わかる、わかるぞ、シルバー。
思わず、感謝したくなる気持ちが。
「ふふっ」
僕は朱塗りの箸を手にする。
うっほ、すっごく軽くなったぞ。
そうか、この棒は使い手として僕を選んだな。
おお、思い通りに長くなったり短くなったりするぞ。
斉天大聖孫悟空の如意棒だ。
「リュートさん、その棒に意志はないわ。わたしの愛のムチのおかげよ」
「でも、これすっげえ武器なんだよ。間違いなく悟空の如意棒だ。伝説の武器なんだよ」
「よかったわ、伸縮自在の便利な物干し竿だったけど、あなたにあげる」
物干し竿って……。
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僕のスペック
人間→霊魂→不死族 ←いまここ
装備:如意棒
能力:アンデッド属性(暗視、闇耐性、肉体修復)
M属性の素質(ムチ耐性、ムチによる打撃吸収)
弱点:聖属性、太陽光
ゆかいな仲間たち
マリル:新人の死神、僕を一年も早く刈り取った大馬鹿者
レティ:吸血鬼伯爵令嬢、僕のご主人様
シルバー:レティのペット。ケモミミ少女。レティに対する嫉妬のため僕を嫌っているようだ




